第二十九話 公開の場
公開の場は、王宮の小会議室で行われた。
王家の仲裁という形だった。
出席者は限られていた。王家の代理人、ヴァルモン侯爵とその側近、公爵とクロワ、そしてリリエラ。
リリエラが出席することを、ヴァルモンは知らなかった。
入り口で顔を合わせたとき、ヴァルモンの目が少し動いた。
驚いている、とリリエラは読んだ。
予想していなかったのだろう。
「ライムブリュレ嬢が——なぜここに」
「同席します」
「これは公爵家と我が家の問題で——」
「私も関わっています」
ヴァルモンが公爵を見た。
公爵は何も言わなかった。
ただ、静かに——リリエラの隣に立っていた。
それだけで、答えだった。
会議室は、思ったより小さかった。
長いテーブルが一つ。椅子がいくつか。窓から秋の光が入っていた。
王家の代理人が中央に座った。五十代の、落ち着いた男性だった。
「では、始めましょう」
公爵側から話した。
クロワが書類を出した。
三年前の水利権の記録。
ヴァルモン側の申告数値と実際の使用数値の差。
圧力をかけようとした記録。
全部、公式なものだった。
ヴァルモンの側近が書類を見て、何か耳打ちした。
ヴァルモンの顔が、少し固くなった。
「この記録は——」
「公式なものです」
クロワが言った。
「王都の水利管理局に保存されていた原本です。写しではありません」
「それは」
「お疑いなら、管理局に確認していただいて構いません」
ヴァルモンが黙った。
「さらに」
クロワが続けた。
「先日流れた噂——ショコラオランジュ公爵が不正を働いたという話の発生源も、調査いたしました」
「……」
「パンナコッタ家の取引商会を経由して広まったとき同様、今回もルートの追跡が可能でした」
ヴァルモンの顔が、青くなった。
「発生源は——ヴァルモン侯爵家と取引関係にある商会です」
「それは状況証拠に過ぎない」
「はい。ただ」
クロワが書類をもう一枚出した。
「その商会が噂を広め始めた日と、夜会でライムブリュレ嬢に声をかけた翌日が——一致しております」
部屋が静かになった。
王家代理人が書類を手に取った。
ゆっくりと、読んでいた。
ヴァルモンが口を開いた。
「公爵、これは——個人的な恨みから仕立て上げた証拠では」
「ヴァルモン侯爵」
公爵が言った。
静かだった。
でも——底があった。
「三年前、私はあなたに一つ機会を与えました。不正を認めて、正式に訂正するという機会を」
「……」
「あなたはそれを選ばなかった。揉み消すことを選んだ」
「公爵——」
「今回も、機会があった。夜会で私に声をかけた後、引けばよかった。でもライムブリュレ嬢に声をかけた。その翌日に、噂を流した」
「それは」
「機会を、また使わなかった」
ヴァルモンが黙った。
公爵が続けた。
「今が——最後の機会です」
「……最後」
「この場で、三年前の件を正式に認めてください。それから、今回の噂についても」
「認めたら——どうなる」
「王家の記録に、正式な形で残ります。それ以上のことは、求めません」
「それ以上は求めない、とは」
「公爵家として、訴えは起こさない」
ヴァルモンがしばらく黙っていた。
テーブルの書類を見た。
代理人を見た。
公爵を見た。
それから——リリエラを見た。
「……ライムブリュレ嬢」
「はい」
「あなたが、この証拠を集めたのですか」
「兄と、一緒に」
「なぜ」
「公爵を——守りたかったので」
ヴァルモンが少し目を細めた。
何かを言いかけた。
言わなかった。
「……わかりました」
静かな声だった。
「三年前の件、認めます。今回の噂についても——私の指示で広めさせました。認めます」
部屋が静かになった。
代理人が書類を出した。
「では、正式な記録として——」
手続きが始まった。
リリエラは震えていた。
足が、少し震えていた。
でも——立っていた。
隣に、公爵が立っていた。
ずっと、そこにいた。
会議が終わったのは、昼過ぎだった。
王宮の廊下に出たとき、秋の光が入ってきた。
「終わった」
クロワが言った。
珍しく——少し、声が弾んでいた。
「終わりましたね」
リリエラも言った。
「疲れたか」
公爵が聞いた。
「疲れました。でも——よかったです」
「震えていたな」
「見えていましたか」
「見えていた」
「格好悪かったですか」
「格好よかった」
「また同じことを言う」
「本当のことだから」
リリエラは廊下の窓から外を見た。
秋の王都が、光の中にあった。
「レオンハルト」
「なんだ」
「公爵を守れましたか」
「守ってもらった」
「私が?」
「あの証拠がなければ——時間がかかっていた。あなたとフランシス殿が動いてくれたから、今日で終わった」
「……よかったです」
「よかった」
「私も、守れることがあるんですね」
「最初からそうだ」
公爵が言った。
「数字で、言葉で、存在で——最初から、守ってくれていた」
リリエラは俯いた。
目が、少し熱くなった。
こらえた。
今日は——こらえた。
「リリエラ」
「はい」
「今日は、本当に——ありがとう」
「……こちらこそ」
「礼はいい」
「受け取ってください」
「ふっ、受け取った」
クロワが少し離れたところで、書類を整えていた。
整えながら——眼鏡を直した。
ずれていなかったと思うが、直した。




