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アオハルな恋とウラらかな復讐  作者: 春野ひなた
2章 操り糸のアオハル
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16/20

16話 本当の自分を、見失わないで

 真っ暗な舞台上に、プロジェクターの明かりだけが煌々と光っている。

 巨大なスクリーンに映像が映し出される。


 赤い幕が下ろされた人形劇の舞台。

 『糸の街』

 タイトルが浮かびあがる。

 緩やかで落ち着くBGMが流れ、幕が開くと同時に、タイトルは消えた。


 異世界ファンタジーのような石造りの家の絵を背景に、老若男女の村人の人形が並んでいる。人形たちの背後に、細い糸がきらめく。


『ここは平和な街。誰もが笑って、誰もが自由に生きている』


晴のナレーションに合わせて、人形たちがそれぞれの方向に体を揺らす。

 客席から、かわいいと声が上がる。


『……そう、思っていた』


BGMが不穏なものに変わる。


 澪の眉がわずかに動く。


「どんな表情を見せてくれるかな」


晴が舞台袖で、澪の顔を見据える。喉の奥でくつくつと笑った。


『彼らは、気づいていない。自分たちが、糸で操られていることに』


人形たちの動きが止まる。

 右へ、左へ、コミカルな動作で、バタバタと動き回る。


「BGMと人形の動き、合ってなくない?」

「それはそれで、ありでしょ」


首を捻ったり、笑ったり、観客たちの反応は様々だ。

 舞台全体を見渡せる後方では、恒一と理事長が静かにスクリーンを見ている。恒一は一瞬、探るような視線を舞台袖に向けた。


『あれ?』

 

一体の人形だけ、動きを止める。


『動けない。何で……?』


人形の糸が、太くなる。

 他の人形もピタッと動きが止まる。


 プツン。


 人形たちの糸が、切れた。

 

『その瞬間、世界が崩れた』


人形が倒れ込むと同時に、BGMが途切れた。


 ピキピキ。


 背景にも、人形にもひびが入る。


 パリン。


 鏡のように割れて、ガラガラと崩れ落ちた。


 場内がしんと静まる。

 澪の口角が上がる。


 画面が歪む。

 モノクロのアニメーション映像に切り替わる。


 人々の首や腕から、糸が伸びている。

 色のない世界でただひとつ、糸だけが赤い。


『誰もが笑っている。しかし、誰も糸には気づいていない』


全員、同じような笑顔。

 石畳の街を同じ方向に、歩いている。


 麗に似た顔の人物が、画面の端から歩いてくる。反対側から、葵を模した人物が歩いてくる。


 2人は足を止め、お互いを指差す。


『なにか、ついてるよ』

『なんだよ、これ』


腕や足、首に絡む糸に気づく。

 2人の右腕、左足が上がる。

 兵隊のような動きで、他の人が集まっている場所へ動く。


『な、なに、これ。体が勝手に……』

『違う、そっちじゃない!』


その瞬間、糸が一気に増殖する。

 2人の全身に絡みつき、縛りつける。


『気づいたときには、もう遅い。逃げられない——』


ナレーションの声が一段低くなる。


「なんか、怖くない?」

「ファンタジーじゃなくて、ホラー?」


客席がざわつく。


 ——いいえ。これは、現実。私へのあてつけかしら。


 澪が眉をひそめる。


 2人をがんじがらめにする赤い糸が、上へ上へと伸びていく。


「あれ、糸、浮いてない?」

「本当だ」


スクリーンの上に赤い糸が垂れ、わずかに揺れている。


 ゆっくりスクリーンが上がる。


 舞台の上で、糸が絡みついた校舎を背景に、制服姿の麗と葵が現れた。


「アオさまー!」


客席から歓声が上がる。

 人形のように棒立ちで客席を見下ろす2人の体にも、糸が絡まっている。


 舞台の下手にスポットライトが当たる。

そこには、女子の制服に、長髪の黒髪ウィッグをつけた晴がいた。


「キャーッ!」

「ハルちゃん!」

「美しい!」


女子の黄色い歓声が響く。

 腕を組んで斜に構えると、澪に向かってウィンクをする。

 その姿に、澪は若干の焦りと高揚が混じった表情で、息を呑んだ。


「生徒会長に似てないか?」

「寄せたんじゃね? ウケ狙いっしょ」

「度胸あるなあ」


澪にちらちら視線が向けられる。

 澪は他の生徒の視線など、まったく気にならない。その目に映るのは晴だけだ。


 ファンとしてのときめき。

 野望を妨害する敵への嫌悪感。


 相容れぬ感情が、澪の中で渦巻く。

 手のひらに目を落とす。

 まるで糸を掴んで離さないように、ぎゅっと手を握りしめる。

 顔を上げ、余裕の笑みを見せた。


 晴は真っ赤な口紅をひいた唇を舐め、にんまりと口角を上げた。

 手のひらを観客にむける。

 10本の指に赤い糸が結び付けられている。それらは全て、葵と麗に繋がっている。


「人は操られる。弱いから。周りと同じ方に、流されるのよ」


晴が糸を引く。

 葵と麗が、同じ方向に傾く。


「誰も気づかない。いえ、気付かないふりをしている。ひとりだけ、違う方を向くのは、怖いから。周りに合わせた方が、楽だから」


上下、左右に糸を引っ張る晴に合わせて、葵と麗も腕と足を動かす。


「自分で考えること、選ぶことを放棄している。そうよね?」


晴の顔が、観客に向けられる。葵と麗の首が、がくんと前に倒れた。


「これって……」

「私たちのこと、言ってる?」

「やめてよ。まさか……」


不安な声音があちこちから聞こえてくる。


 麗は勢いよく、顔を上げた。

 鋭い眼光で、澪を射抜く。

 

「違う!」


力強い麗の声が、場内に響く。

 葵がはっと顔を上げる。気味悪そうに体に絡みついた糸を見た。


「こんなの、おかしい!」


麗は腕に絡みつく糸を引っ張る。

 

「なんだよ、この糸! 気持ち悪いな!」

 

葵は顔をしかめ、糸を引きちぎろうとする。


「無駄よ」


晴が片手の糸を、思いっきり引っ張る。麗が晴の傍に引き寄せられ、片手で抱き留める。晴が唇をわずかに動かす。


「もーらい」


観客には届かない小さな声。挑発するような勝ち誇った顔で、葵を見た。


「触んじゃねえ!」 


走ってきた葵が、晴から麗を引きはがした。


「こいつに触れていいのは、俺だけだ」


そんなセリフ、あったっけ?

 葵の大きな手が肩を包み込み、晴から守るように強く抱き寄せた。


 ドキン、と心臓が飛び跳ねた。

 ……こんな時に!


「ずいぶんな言われようね。私は何もしてないわ。ただ、囁いただけ。どう動くか、選んだのはあなたたちよ」


不敵な笑みをこぼす。


『選ばされていることに、気づきもしないで』


晴の心の声が、スピーカーから流れる。

 客席が静まった。

 澪の顔から表情が消える。


「あなたはそうやって、私たちを思い通りに操ってきた。でも、もうそれも終わり。私は、自分で選ぶ!」


麗はスカートのポケットからハサミを取り出し、掲げた。


「あなたに糸が切れるの? 周りと違う選択をすれば、悪目立ちする。陰口を叩かれ、いじめの標的にされる」


晴は観客を見回す。


「それって、とっても怖いことでしょ。…‥本当の自分が、壊れるくらいにはね」


晴のセリフに、観客たちが神妙な面持ちで頷く。

 

「……怖いよ。みんなと違うって、怖い。嫌われるのも、ひとりになるのも、怖い」


麗がハサミを持った手を、力なく下ろす。

 その手を、葵がきゅっと握る。

 熱い体温が伝わる。

 麗は唇を噛みしめ、足を一歩踏み出した。


「けど、自分の意思を失くして、操られる方がよっぽど怖い!」


澪と目が合う。

 体温のない冷たい瞳。

 麗は正面からそれを受け止めた。

 

 ステージの明かりが落ちる。

 そして……。


 バチバチッ。


 スクリーンに稲妻の映像が映り、再び明かりが灯された。


「そうだ! おまえに操られて流されちまったやつらは、善悪の区別もつかなくなる。他人を傷つけていることにすら、気づけない!」


葵の真っすぐな瞳が、観客席を向く。

 生徒たちはいたたまれない様子で、身を縮こまらせる。

 

「私は、自分で選ぶ! 糸を、断ち切る!」


シャキン!


 麗と晴を繋ぐ糸が、切り離された。


「おまえの操り人形は、もうごめんだ。俺の糸も、切れ!」


麗が葵の糸も切る。絡みついていた糸が、静かに床に落ちた。

 客席に向って、ハサミを高く掲げ、切る真似をする。

 

 ……あれ? いない。


 澪の姿が、見えない。


「これ以上、おまえの好き勝手はさせない!」


葵が晴に殴りかかろうとする。

 その時——。

 舞台の両端から、幕が閉まり始めた。


「な、何で?」

「まだ終わってねえぞ」


麗と葵は慌てて、幕を見上げる。

 客席がざわつき始める。


「誰かがボタン押したんじゃ……」

 

晴は視線を感じて、ふと2階を見あげた。笑顔でリモコンを振る澪の姿があった。


「やってくれたね。あと一押しだったのに」

「あの女っ」


葵の顔が歪む。

 その間にも、幕はどんどん閉まっていく。


 こんなんじゃ、終われない。

 

 ハサミの刃先が、キラリと光る。


 もう、誰からも支配されたくない。

 誰の影にも、隠れたくない。

 ——自分のことは、自分で決める。


「観客の注意は、私が引く。私にスポットライト当てて。早く!」


麗は閉まりかける幕から飛び出す。


「はあ? 何言ってんだよ」


伸ばした葵の腕は、届かない。


「分かんないけど、今は麗ちゃんの言う通りにしよう」


葵は怪訝な顔で、晴と舞台裏に向かった。


 幕は下ろされ、暗転する。

 暗がりの中、観客たちがざわめく。

 

 パッ。


 幕の前に立つ麗に、左右からスポットライトが当たる。

 麗は何も言わず、ハサミを顔の前に持ち上げる。

 長い前髪の束を指で挟む。


 そのまま——

 前髪を、切る。


 さらり、と髪が落ちた。

 薄茶色の瞳がライトに照らされ、輝く。

 

「これが、本当の私」


麗の手からハサミが落ちる。

 2階にいる澪と、目を合わせる。


「次は、あなたの番」


麗の目線は、観客へ移る。


「選べるよ。誰にも決められなくていい。惑わされないで。本当の自分を、見失わないで」


深く頭を下げる。

 ライトが消え、麗は大きく息を吐き出して舞台袖に戻った。


「お父さん譲りの、いい目ね。……頃合いかしら」


澪は静かに笑い、 拍手が鳴り響く階下に下りた。


「私たち、誰かに操られてたのかな」

「誰かってさ、もしかして……」

「生徒会長のこと?」


疑惑の声は拍手の合間から、じわじわと生徒達に広がっていった。


「だいぶ目立ってましたね」


理事長が含み笑いをする。


「……やはり、あの男の娘だな。いい度胸してやがる」


低く呟く恒一の声音に、セピア色が滲む。ゆっくりと瞬きをし、体育館を後にした。


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