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アオハルな恋とウラらかな復讐  作者: 春野ひなた
2章 操り糸のアオハル
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15/19

15話 選ぶのは、私

 教室に戻ると、更に行列ができていた。


「レイくん、早く接客戻って!」

「アオくんと、ハルちゃんも、接客手伝って!」


忙しなく動き回るクラスメイトたちに指示される。


「あ、うん!」

「はーい」


 麗と晴は急いで近くの席に注文をとりに行った。


「俺はやんねえぞ」

「アオくん、行きましょうネ~」

「アオくん目当てのお客さんも、たくさんいるんだからネ」


渋い顔をする葵の両腕を、がたいの良いメイドたちががっちり掴んだ。


「おまえら、やめろ! 気持ち悪い!」

「ランキング1位なんだから、今が稼ぎ時ヨ」

「頑張ろうネ。うふ」


ウィンクをきめられ、葵の顔から血の気が引いた。

 麗は思わずくすっと笑みがこぼれる。

 みんなで飾り付けた教室を、目まぐるしく走り回る葵と晴、そしてクラスメイトたち。


「レイ、これもお願い」


恵から皿を渡される。


「うん。ありがとう、メグ」


あだ名で呼び合って、普通に話せる。クラスメイト以上、友達未満の関係。

 でも、悪くない。

 むしろ私には友達ごっこよりこっちの方が向いてる。

 これが、私が手に入れたかった“普通の青春”。

 本心を隠す仮面を被らず、飾らない自分でいたい。

 お客さんでごった返す室内は、騒々しく忙しない。だけど、みんな楽しそう。そこに、私もいる。

 充足感が胸いっぱいに広がる。

 私の求めていたものが、目の前にある。

 もう、手放したくない。

 


 活気に溢れる校舎の中で、3年1組の教室は人がまばらで閑散としている。

 和風喫茶と書かれた看板が風で倒れた。

 澪は、静まり返った室内を覗いた。

 袴姿の女学生に扮した男子、書生姿に扮した女子が、意気消沈して客のいない席に座っていた。


「1年3組に被らせれば、こっちにも客が流れるって言ったの誰だよ」

「完全に、裏目に出た」

「最下位って。最後の文化祭なのに。終わった……」


重い空気を切り裂くように、澪が颯爽と室内に入ってきた。


「あら、どうしたんですか、先輩方」


澪の微笑みに、空気が一瞬華やぐ。

 だが、すぐに重い空気に包まれる。


「いや、だってさ。もうお昼だし。客来ないし」

「ランキング最下位だよ。うちら終わったっしょ」

「そんなことはありませんよ」


澪が書生姿の女子の肩に、優しく手を置いた。

 全員の視線が、澪に注がれた。


「挽回のチャンスはまだあります。諦めないでください」


ふわりと微笑む。

 生徒たちは、眩しそうに目を細めた。


「皆さんの力だけで乗り切ることも大切ですが、外部の力を借りてはいけないというルールはありません」


ゆっくりと首を横に振る。艶やかな黒髪が左右に揺れる。

 

「ただ、生徒会が管轄できるのは、生徒の皆さんのみ。外部の人が何をしても、生徒会は関与できません」


澪は細長い指を顔の前に立て、妖艶に微笑む。

 全員がはっと息を呑む。


「どうするかは、先輩方次第です。応援しています」


一礼して教室を出て行く。

 澪は扉を閉め、室内の声に耳を傾けた。


「なんか、やれる気がしてきた」

「うん。諦めるの、まだ早いかも」

「イケメンとか、美女とか、宣伝になりそうな外部の人って、誰かいる?」


活気が出てくる。家族や友人の名前を出しては、あれこれ話が盛り上がる。


「……兄貴に、頼んでみようかな」

「おまえの兄貴、半グレだって言ってなかったか?」


一気にざわつく。

 澪の整った眉がぴくっと動く。


「正攻法で勝てる気がしねえよ。生徒会長も言ってただろ。外部の人が何しても、罰せないって」

「どうするつもりだよ」

「上位3クラスを妨害してもらう。やり方は、兄貴とその仲間に任せるよ。俺たちは、あくまでも、外部に協力をお願いしただけだ」


——かかった。

 澪はふっと笑みをこぼし、廊下を優雅に歩いて行った。



 昼休憩を挟んでから、女装男装喫茶を再開しようとした時。

 上の階から怒号と悲鳴が聞こえ、階段を駆け下りる音が廊下に響いた。

 

「何? 今の」


麗がジャケットを羽織りながら、教室の扉から顔を出した。

 

「や、やばいよ! バット持った男たちが、他のクラス荒らしてるって!」


クラスの女子が、血相を変えて走ってきた。


「どういうこと?」


麗が眉を寄せて、問いかける。


「そ、それが、ランキング2位と3位のクラスが、狙われたって」


教室の空気が凍り付く。


「じゃあ、もしかして……」


嫌な予感が麗の脳裏に浮かぶ。


「ここが1年3組か」

「やべえ恰好してんじゃん」


鉄バットを床にひきずりながら、サングラスをかけた長身の男たちが3人入ってきた。


「1位だからって、調子乗ってんじゃねえぞ」


赤いニット帽を被った男が、サングラスを放り投げ、鉄バットをテーブルの上に振り下ろした。


 ガシャン!


 大きな音と共に、テーブルが壊され、椅子が投げ飛ばされた。


「キャーッ!」


クラスメイトたちが悲鳴を上げながら、廊下に飛び出す。

 麗は室内を見回すが、葵と晴の姿がない。

 

 こんな時になんでいないの?


 焦りと恐怖で麗の指が震える。


「アッハハハハ。全部、ぶっ壊してやる」


笑い声が、場違いに響く。


ガシャン!


「きゃあっ!」


麗の背後で、恵の悲鳴が聞こえる。

 鉄バットを振り回す男たちは、次々と楽しそうにテーブルや食器を破壊していく。

 恵は恐怖に震え、涙を浮かべてその場にしゃがみこんでしまう。


 破片が次々と床に散らばり、麗の足元にも飛び散る。威圧感ではない、初めて目にする快楽による恐怖。深い穴に落ちていくような、内蔵が浮く不快感。底知れぬ悪意が絡み付いて、息が止まりそう。

 

 …‥怖い。足が動かない。逃げたい。


「た、助けて……」


か細く震える声で、恵が麗を見上げる。

 目を逸らしたい。気付かない振りをしたい。

 けど。

 恵から裏切られた過去とは決別した。

 ——助けなきゃ。


 麗は怯える恵の肩を抱いて立ち上がらせ、素早く廊下へ出た。

 

「あ、ありがとう……」


泣きじゃくる恵からもらい泣きをしそうで、目を伏せた。


「や、やめてください!」


教室に残っていた委員長が、うわずった声を張り上げた。麗が慌てて顔を上げた時。


「いきがってんじゃねえぞ!」


バリン! 


 ニット帽を被った男が、鏡にバットを当てた。ひびが入り、小さな破片が飛び散った。

 一瞬の静寂。

 誰もが息を潜める。


「うわあぁぁ!」


 

パニックになった委員長の悲鳴が、空気を切り裂く。


「うるせえ! おまえの骨も、粉々に砕いてやろうか」

「やっちまえ!」

「見せしめに、ボコろうぜ」


3人に囲まれ、委員長は青ざめた顔でガタガタと震えた。

 クラスメイトたちは悲痛な面持ちで肩を抱き合って震えている。

 誰も動こうとしない。

 

 ただ見てるだけ……?

 そんなの、間違ってる。

 みんなで頑張って作り上げてきたのに。

 教室だけじゃなくて、委員長まで傷つけられるなんて、許せない。

 こんなやつらのせいで、終わらせたくない。

 でも……。


 麗の足は縫い付けられたように動かない。

 恐怖に負けている自分が情けない。

 

 ……動け! 私の足!

 

 一歩、踏み出す。

 

「ひいっ!」


委員長が身を縮こまらせ、目を閉じる。


「やめて!」


麗は教室に踏み込み、委員長の前に飛び出した。


「ああん?」

「なんだ、こいつ」

「ヒーロー気取りか? だせえ」


悪意に満ちた目つきに、射抜かれる。

 ビリビリと肌を突き刺すどす黒い悪意が、爪先から頭の天辺まで駆け上がる。

 暴力を厭わない人間が、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。

 でも、もう逃げたくない。

 私だけでも、守りたい。

 

「これ以上、壊さないで」


戦慄く唇から、凛と通る声が教室に響く。瞳に強い光をたたえて、男たちを睨みつけた。

 

「んだよ、その目は! 生意気言ってんじゃねえぞ!」


ニット帽の男は、青筋を立て、バットを振り上げる。


「キャーッ」


廊下から悲鳴があがる。


「長宮さん、逃げて!」


委員長の必死の声が、背後で聞こえた。


 逃げるわけには、いかない!

 麗は奥歯を噛みしめ、両腕を顔の前でクロスして、衝撃に備えた。

 

「おい」


ニット帽の男の背後に、いつの間にか葵が立っている。


「何してんだ」


低く唸る声が、恐怖で支配されていた教室の空気を変えた。


「なっ!」


ニット帽の男は、驚愕する。

 バットを振ろうとするが、葵にバットを握られ、びくともしない。

 葵は麗の前に立ちふさがる。

 視界いっぱいに、葵の背中が広がった。


「ア、アオ!」


名前を呼んだだけなのに、震えが止まった。


「無茶してんじゃねえよ。……勝手にケガしたら、許さねえ」


振り返る葵の顔に、安堵が広がる。


 来て、くれた……。

 

 安心感が胸いっぱいにひろがる。

 必死に堪えていた涙が滲む。


「アオばっか麗ちゃんにいい恰好して、ずるいな」


葵の横に現われた晴が、頬を膨らませた。


「ハル!」


麗は目を見開き、目尻を拭う。晴が呑気に笑顔で手を振ってきた。


「おまえら、覚悟しろよ」


葵がバットを捻って、男の手からもぎとり、晴に渡した。


「な、何っ!」


ニット帽の男は驚愕して葵と晴を交互に見た。


「ねえ、お兄さんたち。かたぎに迷惑かけちゃ、いけないよね?」


晴が、小首を傾げてツインテールを揺らす。

 男たちは一瞬、頬を赤らめて怯んだ。


 その瞬間。

 ニット帽の男が葵に背負い投げをされ、床に叩きつけられた。

 男の息が一瞬、止まる。


「て、てめえ!」

「ふざけやがって!」


残りの男たちがバットを振り上げ、葵と晴に襲いかかる。

 葵は腰を落とし、ひとりのみぞおちに拳を撃ちつけた。


「ぐはっ!」


男は腹を抱えてうずくまる。


 もうひとりの男のバットを、晴がバットで塞ぐ。


 カキン!


 金属音が鼓膜に響く。

 晴は愉快な表情でバットを構え、男の顔めがけてフルスイングしようとした。

 だが、葵が先に男の足を払って転ばし、寝技で締め落とした。


「ぼくの出番とらないでよ。顔の骨折れるか試したかったのに」


唇を尖らせる晴に、葵が呆れた目を向けた。


「おまえは手加減できないから駄目だ。やりすぎたら俺らが責められるだろうが」

「そう言いながら、気絶させてんじゃん」


白目を向いている男を、晴がバットでつつく。


 強い。あっという間に倒しちゃった。

 ……悔しいけど、見直した。

 いつもはむかつくその顔も、頼もしく、安心してしまう。

 


 葵と目が合う。


 やたら輝いて見えるのは、日差しのせい? 

 それとも……。


 ———トクン。


 胸の奥が小さく跳ねる。

 麗は葵から目を逸らす。

 顔が火照っているような気がして、頬を覆った。


「く、くそっ」


ニット帽の男はよろめきながら立ち上がり、ふらふらと廊下に出て行く。

 

「お、おい、待てよ」


腹を抑えながら男が追っていく。


「忘れ物だぞ」


気絶した男の襟首を掴んで、葵が廊下に放り投げた。

 ニット帽の男は見向きせず去って行き、もうひとりの男がひきずっていった。


「逃がして大丈夫なの?」


麗が心配そうに葵に問いかけた。


「大丈夫だろ。ほら」


廊下の先を指差す。

 麗が目を凝らすと、男たちは階段の手前で立ち止まっている。

 その前方に、理事長と恒一が立ちふさがっていた。


 確かにあれは、誰も逃れられない。

 

 2人の威圧感に気圧された男たちは、腰を抜かした。


「こわーい大人にこらしめてもらわないとね。にしても……」


晴が、滅茶苦茶に壊された教室を見回す。

 

「委員長、大丈夫?」


床に座り込んでいる委員長に麗が手を貸す。


「あ、ありがとう、長宮さん」


震える手で麗の手を取る。

 教室に戻ったクラスメイトたちが、絶望の顔で肩を落とす。


「これじゃ、再開できない‥…」


委員長の頬を涙が伝う。

 すすり泣く声が、教室を覆っていく。


 麗は唇を噛みしめ、荒らされた教室を見渡した。


 みんな、頑張ってきたのに。

 このまま、終わるなんて嫌だ。

 

 絶望に包まれた空気にクラスメイトたちは呑み込まれていく。


「もういいだろ。危険な目に遭ってまでやることじゃない」


いつになく沈んだ葵の声。曇った瞳に、麗を映し出す。その顔には憂慮の色が滲んでいる。


「麗ちゃんはどうしたいの? 続けたいならぼくは応援するよ」


葵と真逆の明るい表情で、晴が小首を傾げる。


 いつも、そう。

 葵と晴は正反対。 

 どちらが正しいかは分からない。

 葵は、私を危険から遠ざけようとする。

 晴は、私のやりたいことを聞いてくれる。

 私の本心を、見抜こうとする。

 

 私は……。


「終わらせたくない」


葵は顔をしかめ、晴はにっこり微笑む。

 まるでオセロの表と裏みたい。

 どちらの色を選ぶかは、私次第。

 

「こんなんじゃ、無理だろ。どうすんだよ」

「続けられる方法、何かあるはずだよ」


 2人の声が重なる。


 きっと、続けられるはず。考えなきゃ。

 他の方法……。

 他の……。

 そうだ!


「別の場所でやるのはどう?」


麗にクラスメイトたちの視線が集まる。


「空いてる場所はあるだろうね。でも」


晴が床にばらまかれている食材や、割れた食器を指差した。


「こんな状態じゃ、場所移しても難しいんじゃないかな」


晴の言葉に、クラスメイトたちが涙を流しながら同意する。

 まるでお通夜のような重苦しい空気が漂う。


「派手にやられたな」


呑気な声が、陰鬱な空気を切り裂いた。


「目白先生! どこ行ってたんですか。色々と大変だったんですよ」


麗が目を吊り上げて、詰め寄った。


「理事長のお供させられてたんだよ。おまえら、ケガないか」


目白は頭をぼりぼり掻きながら、素早く生徒たちに目を走らせた。


「なさそうだな。いかれたやつらは、理事長が処理したから、大丈夫だ。文化祭、続けるかどうかは、お前ら次第だ」


静寂が教室を包む。


「……やめたくない!」


委員長が涙を拭う。

それに続いて、他のクラスメイトたちもぽつぽつと口を開く。


「私、続けたい」

「俺も、諦めたくない」

「まだ、やれることはあるはずだよ」

「長宮さんの言う通り、場所移してやろうよ」


次々と賛同の声が上がる。


「けど、喫茶店は、難しいだろ」

「喫茶店じゃなかったら、ネタにもならねえよ」

「ハルちゃんはいいよな。女子にしか見えないし、人気もあるし」


メイド服姿の男子たちが、ふてくされる。


「それだ!」


委員長が晴を指差した。晴がきょとんと首を傾ける。


「稼ぎ頭3人の握手会と撮影会をしよう!」

「それめっちゃいい! 委員長、頭いい!」

「確かにこの3人なら、お客さん集まるね」

「その間に教室を片づけて、喫茶店再開できるように頑張ろう!」

「ハルちゃん、アオくん、レイくん、お願い!」


期待の眼差しが麗、葵、晴に集中した。


「マジかよ」

「断れる雰囲気じゃないねえ」


葵は顔をしかめ、晴は苦笑した。


「できることは、やろうよ。あんなやつらに邪魔されて泣き寝入りしたくないでしょ」


薄茶色の瞳に、鋭い光が宿る。


「ったく、しょうがねえな」

「おもしろそうだし、いいんじゃない」


歓声と拍手が起こる。


「やられっぱなしでは、終われない! 1年3組、再始動だ!」

「おー!」


委員長のかけ声に、クラスが一丸となって拳を突き上げた。



 目立たない別館の教室で握手会と撮影会を行うことになった。集客と宣伝に力を入れた甲斐あって、長蛇の列ができるほど人気を集めた。

 

 その様子を遠目で見ていた澪は、小さな笑みを浮かべた。


「さすが、私が見込んだお友達。一筋縄ではいかなそうね」


校内放送が鳴り響く。ランキングの中間発表が行われた。


『少々トラブルがあり、ランキングの順番が大きく入れ替わりました。3位は、2年1組、2位は1年3組、1位は3年1組……』


一時的に放送が止まる。


『失礼しました。3年1組に不正が発覚し、失格となります。よって順位が繰り上がり、1位は1年3組です』


補講用の教室から大きな歓声が上がった。

 

「あら。ばれちゃったのね。頭を使えば上手くできたのに」


澪の口元に、あわれみの笑みが浮かぶ。


「佐沖先輩」


教室から抜け出した晴が呼び止めた。

 澪は飛び跳ねそうになる心臓を押さえ、落ち着いた笑みで振り返った。


「どうしたの?」

「それはこっちのセリフ。さっきの、どういう意味?」


口は笑みの形だが、晴の目は笑っていない。


「ただのひとり言よ」


澪の表情は一切崩れない。


「気持ち悪い仮面、いい加減はずしてよ。あんたが黒幕だって、とっくに気づいてるんだけど」


晴は笑みを完全に消す。鋭利な眼差しで射抜いた。


「……そう」


すっと笑みを隠し、細い顎を持ち上げた。冷淡な瞳で晴を見下ろす。


「そっちの方が、人間味あっていいじゃん。さっきの騒動も、あんたがけしかけたんでしょ」

「私は何もしていない。アドバイスをしただけ」

「そうやって影で生徒を操って、何がしたいわけ?」

「それは……」


窓から入り込む風が、澪の黒髪を撫でた。


「秘密。今は、まだね。……あの人が壊れる顔、見届けたいの」


ふっと微笑み、再び笑顔の仮面を被った。


「ハルちゃーん、ご指名だよー!」


教室からクラスメイトの声がした。そちらに意識が向いている間に、澪は廊下の向こうに遠ざかって行った。


「くえない人だな。……絶望する顔が見たい。ゾクゾクする」


頬が紅潮し、胸が高鳴る。鼓動を抑え、“カワイイ”を意識した笑顔に切り替え、教室に戻った。


 出店の時間が終わる1時間前に、小規模ながら喫茶店も再開でき、ギリギリまで客足は途切れなかった。

 遠くの空が茜色に染まり始めた頃。

 出店終了を告げる校内放送が鳴った。


『皆さん、お疲れさまでした。来賓の皆様、ありがとうございました。30分後に、体育館にて代表生徒によるステージが開催されます』


校内放送が終わると、委員長が達成感溢れる晴れやかな表情で声を張り上げた。


「みんな、お疲れ様! 途中大変なこともあったけど、最後までやりきれた。本当に、ありがとう!」


拍手が起こり、今日一番の大きな歓声が上がる。


「ランキングの結果の前に、ステージを楽しもう! 鹿島くんたち、長宮さん、頑張って!」


委員長が激励の拍手をすると、女子たちが1人1つずつうちわを取り出して、振り出した。


「がんばれー!」

「応援してるよ!」


うちわの表面には、3人の名前とLOVEの文字や、応援の言葉が書かれている。


「…‥アイドルかよ」


葵はジャケットを脱いで、眉をしかめる。


「みんな、ありがとう。頑張るよ」


ウィッグを外した晴はプリンススマイルで手を振り返した。


 なんか、緊張してきた……。


 麗は心拍数が上がり始めた胸を抑えて、息を吐き出した。


「麗ちゃん、ぼくたちが一緒だから、大丈夫だよ」


晴が麗の肩に手を置く。


「緊張してんのかよ。だせえな」


葵が麗の頭を軽く叩いた。

 

 上から目線のむかつく言い方。

 だけど、いつもと同じ葵。

 心拍数が少し落ち着く。


「大丈夫。アオよりも私の方が演技うまいし」


ふっと笑みがこぼれる。


「……なんだよ、その顔」


葵がそっぽを向く。夕陽が当たっているせいか、横顔が赤く見える。


「その調子だよ、麗ちゃん。黒幕に一矢報いてやろうよ」


晴の含みのある笑みを、もう怖いとは思わない。

 ひびの入った鏡をふと見る。

 晴の隣に、同じような笑みを浮かべた自分がいた。

 

 私、こんな顔してたの?


 愕然とする。

 でも、悪い気はしない。むしろやる気が溢れてくる。


 麗はウィッグをはずして、上着を脱ぐ。

 長い前髪がはらりと落ちる。


 いつの間にか、葵と晴が傍にいることが当たり前になっていた。入学初日は終わったと思っていた学校生活も、気付いたらクラスメイトたちの輪の中に入って、一緒に文化祭を作り上げた。憧れていた“普通”とはちょっと違うけど、諦めていた青春が目の前にある。もう誰にも奪わせない。

 だから私は、立ち向かう。

 葵と晴と一緒に。

 

「アオ、ハル。行こう」


麗は颯爽と教室を出た。

 葵と晴がその後に続く。


「なんかあったのか、あいつら」


よれたパンツのポケットに手を突っ込んだ目白が、眉をしかめた。



 照明がほとんど落とされた薄暗い体育館。

 広々した客席を埋め尽くすほど、観客で溢れている。

 

 1番から5番までのダンスやバンド、漫才などの出し物が終わり、観客は大盛り上がり。体育館の熱気は最上に高められた。

 

「さあ、いよいよ大トリの出番です! 理事長特別推薦枠、1年3組の鹿島葵くん、晴くん、長宮麗さんによる、映像舞台『糸の街』の開幕です!」


舞台袖から客席を覗き見た麗は、汗をかいて湿った手を、ぎゅっと握り込んだ。

 前方の席に座る澪と、目が合う。

 澪は小さく手を振り、微笑む。


 試すように、見下すように。

 全部、見通しているかのような笑顔。


 麗は正面から受け止め、ゆっくりと息を吐いた。


 もう、誰の指図も受けない。

 ——選ぶのは、私だ。


 拍手が起こり、幕が上がった。


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