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アオハルな恋とウラらかな復讐  作者: 03Haru03
2章 操り糸のアオハル
11/11

11話 つくられた疑惑

 男子トイレの鏡の前で、目白は苛立っていた。


「何で俺がネクタイしめないといけねえんだよ。ハゲデブめ」


不慣れな手つきで紺色のネクタイを締めながら、悪態をつく。


「それって、教頭のことですか?」


ふらっと現れた晴が、にんまりと笑みを浮かべる。目白は驚いた様子もなく、手を洗う晴を横目で見て、窮屈そうに顔をしかめた。


「悪い評判ばかり報告されてるから、しょうがないですよ」


ハンカチで手を拭きながら、晴は苦笑した。


「教師が生徒の評判気にしてたら、世も末だな。……とっととぶっ潰せ」


しわくちゃのスーツと新品のネクタイがちぐはぐで、凄まれても威圧感はまるでない。晴は笑いを堪えて、鏡の中の目白に目を向けた。


「先生の方がこういうの得意でしょ。ヒントくださいよ」

「しょうがねえな」


目白は気にくわない顔でネクタイを指で弾くと、晴に視線を向けた。


「掃除ってのは、汚れを消すだけじゃない。きれいなもんを汚して、ターゲットが手放すよう仕向けることもある。それと」


目白は言葉を切ると、声を落とした。


「上からきれいなもん被せて、見えなくするやり方もある」

「それ、ただ隠してるだけでしょう?」

「違和感なく見せかけるのが、プロの仕事だ」


いつの間にかネクタイがしわくちゃになっている。

「ふーん。なるほどね」


晴は顎に手を添え、口角を上げた。


 

 廊下を横並びに歩く葵を、麗は怪訝な顔でまじまじと見る。葵の手には、音楽の教科書と筆箱。少し前までは、持たされていたのに。

 最近、葵がおかしい。下僕扱いされない。これが正常なんだけど、なんか変な感じ。

 

 前方で、女子に囲まれて愛想笑いを浮かべている晴にちらっと目を向けた。


 晴は、いつもどおり。相変わらず無理してるような笑い方。アイドルでもないのにファンサって、痛々しい。


 女子たちが晴の腕に触れたり、腕を絡ませたり、密着しすぎだ。晴は微笑みながら、やんわりと腕をほどく。


「嫌ならはっきり言えばいいのに」


もやっとする気持ちをぽつりと吐き出す。


「あれも病気だ。胸くそ悪い」


舌打ち混じりに言った途端。葵は、背後を振り返った。

 2人の影が、廊下の柱にさっと隠れる。


「何、あれ?」


麗は足を止めて、怪訝な顔をした。


「知らね。放っとけ」


葵は興味なさそうな顔で音楽室に入った。その後に続く麗の後ろ姿を、廊下の柱から顔を出した2人の男子生徒がじっと見つめた。


「何であいつらばっかり女子に人気なんだよ」

「長宮も謎だよな。あやしい」


そう言うと折り畳みのスマホを開き、指を走らせる。もうひとりも、リンゴマークが目立つスマホをタップする。


『鹿島兄弟、性格最悪。女子たちはだまされている』


『同居している長宮麗は、本当に義妹なのか疑問だ』


2人は同時に投稿ボタンをタップし、顔を見合わせる。


「佐藤もあの3人、あやしいと思うよな。証拠あれば一気に、いいね集まるんじゃないか?」

「だな。中村、放課後時間あるか? 鹿島たちのあとつけて、証拠写真撮ろうぜ」


佐藤がスマホを開いたり、閉じたりしながら、ニヤリと口角を上げた。 中村もにんまりとほくそ笑んだ。


「あいつらの人気も地に落ちて、ランキングも上がれば最高だな」


投稿に次々といいねが集まる。スマホ越しに、温度のない無数の目がこちらを覗いた。



 放課後、昇降口を出た麗と、葵、晴を杏奈がおずおずと呼び止めた。


「投稿フォーム、見た?」


杏奈は言いにくそうに口をもごもごと動かす。


「このことですか?」


晴がスマホの画面を杏奈に見せると、小さく頷く。葵がスマホを奪って、眉を寄せた。


「私は、義妹であってほしいと思ってるけど、本当のところは知らないから、その……」


心配と好奇心の入り交じった瞳が、麗を射抜く。

 ざわり。 

麗の胸の奥に、黒い影が揺らめく。


 まただ。隠しているのに、身勝手に掘り起こそうとする。

 知られたくないことは、守らないと。

 やられる前に——。


 影が、囁く。固く閉めたはずの蓋が、小さな音を立てる。

 翳った瞳で、杏奈を睨みつける。

 だが、唐突に葵の背中で視界が覆われた。

 その拍子に、影は姿を消した。


「関係ねえだろ」 


葵が鋭い眼差しで杏奈を見下ろし、声を低くする。

 怯える杏奈の横を通りすぎ、校門の方へ歩いていった。


「自分達でなんとかするんで、気にしないでください。麗ちゃん、行こ」


冷ややかな笑みを浮かべると、晴は麗の腕を引いた。麗は杏奈に会釈をして、晴の隣に並ぶ。


「どうして、あの子ばっかり。……ずるい」


スマホを握る手に力が入る。気づいたら指が動いていた。





「アオ、気づいてる?」


後ろをちらっと振り向いた晴は、前を歩く葵に問いかけた。

 葵は頷くと、歩く速度を落とし、晴と麗の間に入ってきた。


「後ろに、何かあるの?」


振り向こうとする麗の頭を葵が押さえつけ、耳元で囁く。


「つけられてる」


葵の低い声のせいか、聞き慣れないワードのせいか、心臓がドクンと跳ねる。


「学校でもつけてきてたやつらだと思う。ぼくたちのこと、よっぽど投稿フォームに書きたいんだね」


晴の目が三日月型に細まる。


「売られたケンカは、買わないとな。おまえ、何か考えてんのかよ」


葵が両拳を打ち付けながら、晴に問いかけた。


「上から作られた情報を被せて、真実を見えなくする。“ステルス作戦”ってとこかな」


全然わかんない。

 葵の顔にも意味不明と書かれている。


「だから、あの2人を使って……」


晴が説明しているところへ、黒塗りの高級車が路肩にゆっくり停車した。後部座席の窓が開き、葵と晴の父親、鹿島組組長が顔を出した。


「よう。今帰りか」

「父さん。こんな時間に珍しいね」


晴が微笑む。

 組長は、一歩後ずさった麗に一瞥をくれると、葵と晴を氷のような冷たい眼差しで射抜いた。


「おめえら、悪目立ちすんなよ。ウラでうまくやれ」


ドスが利きすぎている声音に、麗は一瞬息が詰まった。

 葵と晴は神妙な面持ちで頷く。

 組長が窓を閉めると、車は発車してあっという間に見えなくなった。


 塀に隠れて車を見ていた佐藤と中村は、呆然と立ちすくんだ。


「見たか、今の……」

「すっげー怖そうなおっさん。あれって……」


2人は顔を見合わせ、まさかなと無理やり笑みを作った。


 距離を開けつつ尾行を続けると、麗たちは築地塀に囲まれた広い日本家屋の門をくぐった。


「これ、家か? でかくね?」

「金持ちかよ」


2人が少し離れた先の電柱に隠れて、家の写真を撮っていると、麗たちがサクラとフクロウと一緒に門の外に出てきた。

 

「「反社……!」」


佐藤と中村は、焦りと興奮で早鐘を打つ心臓を押さえながら、大急ぎで来た道を戻っていった。


「あれ、捕まえなくてよかったのか?」


フクロウが走り去る2人組を指さした。


「作戦の内だから。それより、フクロウさん。大事な仕事頼みたいんだけど」


ハルが鞄から、アダプタ型カメラを取り出してフクロウに見せた。


「忙しいって言っただろ」

「知り合いのハッカーに頼むだけでもだめ? ほら、麗ちゃんもやってほしいって顔してるよ」


突然晴にふられた麗は、あたふたと両手を組んで、フクロウを見上げた。


「お願い、できますか?」

「わかった、わかった。頼むだけだからな」


フクロウは眩しそうに目を細め、からアダプタを受け取る。フクロウの指が、カメラのレンズに触れた。


「おまえたち、危険なことに首つっこんでないよな? 麗ちゃん巻き込んだら、承知しないぞ」


針のように目を細め、葵と晴を睨む。


「そんなことしねえよ」

「心配しないで」


葵は眉間にしわを寄せ、晴はにっこり微笑んだ。


「ならいいけど。じゃあな、麗ちゃん」


麗に笑顔を向けると、フクロウはサクラのリードを握って走って行った。



「思ったとおり。やってくれたね」


ダイニングテーブルに並べられた菓子をつまみながら、晴がスマホの画面を葵と麗に向けた。


『鹿島兄弟の家、反社疑惑。画像付き』

『長宮麗、あやしい男と関連あり。画像付き』

『この3人は危険だ。反社が通う学校、怖すぎる。安心して通えない』


 晴が添付画像をタップすると、黒塗りの車、鹿島家の門、フクロウの画像が表示された。麗も自分のスマホでサイトを開く。どんどんいいねの数が増えていく。新着の投稿がされ、麗は震える指先でタップした。

 

「あいつら、しめてやる」


拳を握る葵の腕に血管が浮かび上がる。


「そんなことしたら、大炎上だよ。単細胞」

「んだと!」


せせら笑う晴の胸倉を、葵が掴みかかろうとした時。


「これ、見て」


青ざめた顔の麗が、画面を2人に見せた。


『長宮麗は、義妹じゃない。アオさまとハルさまを弄ぶ悪女。下僕は見せかけ。可哀そうな振りをして、2人を独り占めしてる』


「ふざけんなよ」

「明日には学校中が、ぼくたちの敵だろうね」


こんなの被害妄想だ。勝手な思い込みのせいで、憎悪の標的にされる。

 悪意ある嘘が、ネット上に張り巡らされた糸を辿って拡散されていく。

 その糸は、断ち切れない。

 じゃあ、どうすればいいの。本当のこと言うの?

 それは絶対、駄目だ。

 鹿島家のことも、私のことも、真実は隠し通す。

 

 本当のこと言いたくなら、嘘ついちゃえばいいじゃん。

 

 暗い影が、囁く。


「嘘の真実……」


乾いた自分の声が、別人のように聞こえた。


「さすが麗ちゃん。それが“ステルス作戦”だよ」

「はあ?」


葵は眉を寄せた。


「みんなが納得しそうな、真実をでっちあげる。そうすれば、本当のことは埋もれる。肝心なのは内容なんだけど……」


晴がいたずらっぽい笑みを浮かべ、麗を指さした。


「賢い麗ちゃんに任せるね」

「丸投げ? いつもアホって馬鹿にするくせに」

「大丈夫かよ。牧野の時の作戦もアホみたいだったぞ」


親指で指してくる葵を麗が睨みつけると、晴は何の裏もなさそうな明るい笑みを浮かべた。


「だからだよ」

「どういう意味! やっぱり馬鹿にしてるっ……」


晴に詰め寄ると、棒状のお菓子を口に突っ込まれた。


「麗ちゃんなら、できるよ。それに、みんなが知りたいのは、麗ちゃんとぼくらの本当の関係。麗ちゃんがぼくらの傍にいる理由なんだよ」


笑みを深める晴から目をそらす。


 私が2人といる理由……。


 2人には、両親のことは一切話していない。

 組長に聞いてるかもしれないけど、何も詮索してこない。

 2人にも、誰にも、話すつもりはない。

 だから、みんなが求めている、納得できる理由を作る——。


「でもよ、学校のやつらが信じなかったら意味ないだろ」


葵がグラスを傾けて空にする。


 他人事なのがむかつくけど、確かにそう。

 どうやって信じさせるかが、この作戦の肝。

 私たちが表立って言ったところで、無駄な気がする。

 また悪意ある投稿をされたら、余計に悪化しそう。

 ウラアカと同じだ。

 ……なら、解決も同じでいいのかも。投稿した本人に、間違ってたって言わせればいい。


「尾行してた2人と直接話して、信じこませよう」


葵が呆れた目で麗を見て、晴は肩を揺らして笑った。


「アホか」

「くくっ。おもしろそうじゃん」

「本気で言ってるんだけど」


考えろって言ったくせに。こいつら、やっぱりむかつく。


麗は歯を食いしばり、腰に手を当てて2人を見下ろした。


「任せるって言ったんだから、2人とも、ちゃんと協力してよ。拒否権ないから」


有無を言わせない気迫の麗に、葵と晴はわずかにたじろいだ。


「……生意気」

「やる気だね」


麗はチップスの袋に口をつけて、残りを全て口の中に流し込んだ。バリバリと音を立てて噛みしめながら、心の奥についた炎を燃えたぎらせた。


 絶対、成功させてやる。これ以上、私の高校生活は奪わせない!



 翌日登校すると、誰もが遠巻きに麗たちにチラチラ視線を送ってきた。

 教室に行くと、ざわめきが静まり、3人に刺々しい目線が集中する。

 

 晴の予想通り、麗と、葵、晴に関する投稿には、いいねが200近く集まっていた。

 校内新聞にも取り沙汰され、新聞を掴む麗の手に力が入る。


「反社って、本当なのかな」

「証拠画像あったじゃん。ガチだって」

「ツイプリが反社とか、ショックなんだけど」

「えー、逆にかっこよくない? むしろ、ガチ反社であってほしい」

「ファンサイトでも意見わかれてるよね。でも、気になるのは長宮さんだよ」


麗が顔を上げると、クラスメイトたちからさっと目をそらされた。

 葵を見ると、いつもどおり足を組んでスマホをいじっている。いつも女子に囲まれている晴の周りには誰もいない。晴が、佐藤と中村に目を向けると、2人はびくっと肩を震わせた。



 緊張の走る生徒会室で、生徒会役員を前に、澪は静かに微笑んだ。


「重要な投稿がありました。まだ疑惑の段階ですが、生徒の皆さんを不安にさせています。優先して、この案件に取り組むことにします。鹿島葵、鹿島晴、長宮麗の3名に話を聞きましょう」


生徒会役員たちの覇気のある返事が、室内に響いた。



 昼休み。

 学食から出て来た麗たちは、生徒会役員に取り囲まれた。周囲の生徒達が、不審な目で見る。廊下の向こうからカメラを構えた新聞部が数名走って来て、無遠慮にシャッターを切り始めた。


「なんだよ、おまえら」


葵に睨まれた、生徒会役員と新聞部部員がたじろぐ。


「投稿のことで、あなたたちに話を聞きたいの。生徒会室に来てちょうだい」


副会長の腕章をつけた紬が前に出た。


「任意ですよね?」


晴に問いかけられた紬の顔が強張る。


「拒否してもいいことはないよ」


いつの間にか野次馬が大勢集まり、ざわめく。

 刺々しい視線が突き刺さる。

 リアルで晒されることがこんなにも不快で、怖いなんて……。

 震える指先を握りしめる。


「副会長、この3人からどんな話を聞くつもりですか?」


新聞部部長が、紬にボイスレコーダーを向けた。


「投稿内容が真実かどうか、聞くつもりだよ」


新聞部部長は、にやりと笑って頷いた。


「事情聴取ってやつですか」

「クリーン運動は、特定の個人を責めるためのものではないの。まずは調査を行う」


紬は、周囲の生徒達に聞こえるよう、声を大きくした。葵、晴、麗に目を向け、口角を上げた。


「素直に協力した方が、あなたたちのためになると思うけど」

「わかりましたよ」


晴は肩をすくめる。


「クソめんどい」

「行こう」


麗は顔をしかめる葵の背中を押し、紬たちの後についていった。


生徒会室に入ると、澪が柔らかい笑みを浮かべた。


「あなた方が、反社会的勢力と関係しているのでは、という報告についてだけど」


穏やかな口調だが、目の奥は笑っていない。


「事実確認のため、お話を聞かせてもらえるかしら。投稿された画像は、作られたものではない?」


紬が、パソコンの画面を麗たちに向けた。鹿島家の表札がある門、黒塗りの車、フクロウの写真を次々に映し出す。


「画像は本物ですよ。隠し撮りですけど」

「尾行して、勝手に写真撮りやがって。そっちの方が問題だろ」


晴と葵は口を尖らせる。澪は、俯いている麗に視線をずらした。


「そうね。注意しておくわ。長宮さん、あなたの報告もあったわね。この男性とは、どういう関係かしら?」


澪がフクロウの画像を指差した。


「知り合いです」

「具体的にどのようなお知り合いなの?」


優しい声音。でも、答えないといけない圧力を感じる。答える義務なんてないのに。

 麗は顔を上げ、澪と目を合わせる。

 

 カチッ。


 入学式の時と同じ音が、鼓膜を震わせる。 

 麗は背筋を伸ばし、口を開いた。


「この写真は全て、学院の外のものです。クリーン運動は、学院内を改善するためのものですよね。生徒のプライベートまで干渉する権利はないと思います」


澪の頬にえくぼができる。麗の背中に悪寒が走った。


「ふふっ。問題をすりかえるのがお上手ね。長宮さんの言うことも正しいわ。……あなたと鹿島君たちとの関係についてだったら、聞いてもいいわよね?」


澪は椅子を引いて、ゆっくり麗の前に歩いてきた。


「それも、プライベートです。言いたくありません」


麗は澪の瞳をまっすぐ見据える。


目を逸らしたら、負けだ。一歩も引きたくない。


「でも、生徒たちの間に不安が広がっているわ。誰もが安心して通える学院を守るために、クリーン運動を始めたの」


澪は腰をかがめて、麗と目線を合わせた。


「私には、報告の真偽を確かめる責任があるの。それに、真実を明らかにすることは、あなたたちの嫌疑をはらすことになるのよ」

「……っ」


嫌な言い方。澪の言葉がまとわりつく。言葉が、出ない。

 助け舟を出すかのように、チャイムが鳴った。


「あら。時間切れね。また改めて、お話を聞かせてちょうだい」


澪は頬に手を添え、にっこり微笑んだ。


生徒会室から解放され、麗は重たい息を吐き出す。


「頑張ったね」


晴の手が肩に触れる。ふっと体から力が抜けた。


「あいつ、やべえな」


苦々しい顔でぼやく葵に、晴が頷く。


 澪の視線は扉一枚を隔ててもなお、麗の自由を試すように絡みつく。


 ——早く手を打たないと。

 

 胸の奥で、黒い感情が静かに揺れた。


 もう、誰にも奪わせない。

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