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アオハルな恋とウラらかな復讐  作者: 03Haru03
2章 操り糸のアオハル
10/11

10話 クリーン運動の不穏


 昨日から降り続いている雨が、校庭のあちこちに大きな水溜まりをつくっている。

 廊下の窓からそれを見下ろしていた目白は、手元の用紙の束に目を落とす。


「クリーンな学院、ねえ」


ひとりぼやくと、1年3組の扉を開けた。



「——で、今朝は教室にいながら、全体集会やるらしいぞ。誰かテレビつけろ」


気だるそうな目白がテレビを指差す。前列の生徒がテレビをつけると校内放送が始まり、最後に澪が画面に映った。


「生徒会からのお知らせがあります。この用紙は配られたでしょうか?」


澪が、『公明正大な学院へ。誰もが通いやすいクリーンな学院を目指しましょう』と太字で書かれた用紙を見せた。


澪は背筋を伸ばして、話し始めた。


「ここ最近、学院内で根拠のない噂が広がっています」


ウラアカのことだ。削除されたのに。


麗は、眉を八の字に下げる澪の顔をじっと見た。


「それを完全に防ぐことは、難しいです。だからこそ」


一拍置くと、澪は強い光を称えた眼差しで、画面越しに訴えた。


「私たちは、正しい情報を集める必要があります」


チラシを軽く持ち上げ、右下を指差した。


「このQRコードから、学院に関する“気づき”を報告してください」


不穏な空気が漂う。麗を含め、ほとんどのクラスメイトが首をかしげた。


「改善すべき問題点、疑問や違和感など、些細なことで構いません。小さな気づきが、大きな問題を防ぐこともあります」


澪がふわっと花がほころぶ笑みを浮かべる。それだけで、空気が和らいだ。

表情の使い方がうまい。自分の顔が武器になることをよく知っている。……誰かさんと同じ。


「不自然な関係や、違和感のある行動も、立派な改善点です。見過ごされている違和感こそ、本当の問題かもしれません」


麗の脳裏に、町田と葉山、アダプタ型カメラがよぎる。

二度とあんなことが起きてはならない。

用紙を持つ手に力を込める。くしゃっと皺が寄る。


「クリーン運動にご協力頂くお礼に、特典を用意しました」


澪はQRコードの横に羅列してある文字を指して、笑みを深めた。


報酬制? 運動っていうより、イベントみたい。生徒たちのやる気を引き出す効果的な方法を心得ている。隙のなさに、警戒心が込み上げる。


「投稿数と重要度に応じて、ランキングを発表します。上位3クラスには、6月の創立記念文化祭における出店および、企画の優先権が与えられます」


上階の2年生のクラスから、拍手と歓声がうっすら聞こえてきた。

 

「文化祭って内申点めっちゃ響くらしいよ」

「マジ? じゃあ、この特典かなりいいじゃん」

「匿名でいいなら、やってみようかな」


教室中が一気にざわめき立つ。期待と高揚に満ちた空気が広がる。

これで本当に、クリーンな学院になるの? なんか、不安……。


「皆さんの報告を、お待ちしています」


頭を下げる澪を、麗は固い表情で見つめた。



「号外! 号外! 投稿フォームのランキング発表!」


クリーン運動が始まってから1週間後、新聞部が声を張り上げながら、校内新聞を配っている。葵は興味なさそうにスルーしたが、麗は新聞を手に取り、晴が横から覗き込んだ。


「1週間で100件も集まった? 1位は、2年3組……」


新聞を見ながら階段を上る麗の腕を、晴がそっと支える。ちらっと振り返った葵が、眉をしかめた。


「情報通の杏奈先輩がいるからかな。へえ。渡り廊下の屋根が修理されたのって、投稿のおかげなんだ」


ランキングと一緒に、投稿によって改善された内容が一覧になっている。


「投稿内容の一覧、見れるようになってる。ほら」


晴はスマホで投稿フォームを開き、麗に画面を見せた。


「本当だ。……ん?」


スクロールしていくと、一番下の投稿内容が目に留まった。


『1年3組の担任、だらしなさすぎる』


「これって、目白先生のことだよね」


麗が眉をひそめると、晴が苦笑を浮かべた。


「報告したところで、あの人は改善しないでしょ」



 教室に入ると、クラスメイトたちは、数人単位で集まって新聞やスマホを凝視している。いつもなら挨拶をしてくる女子たちも、葵と晴に見向きもせず、話しに夢中になっている。


「うちのクラス7位だ」

「下から2番目じゃん。もっと頑張らないと」

「修繕してほしい設備とか、変えて欲しい校則とかはもうだいぶ投稿されてるよ」

「いいねがつきやすい投稿をした方が、ランキング上がるんじゃない?」


近くの席で話す女子たちの会話が耳に入ってきた。


 “いいねがつきやすい投稿”って、何?


麗は投稿フォームの画面を開き、ランキングについて改めて読んでみた。


『改善してほしい投稿内容には、いいねボタンを押してください。

いいねが多い投稿を、生徒会が優先して改善します』 


 SNSみたいなやり方。あんまり好きじゃないな。でも……。


 教室を見渡す。スマホを見ながら盛り上がっているクラスメイトたちの顔が、やる気に満ちている。


 皆、楽しそう。たった1週間で、ここまで空気を作ってしまうなんて。生徒会長の手腕が凄すぎて、怖い。


 いつの間にか、女子の輪に入って話に花を咲かせている晴に目を向ける。晴の笑顔と澪の微笑が重なり、鳥肌が立つ。腕をさすっていると、葵がやってきて、ポケットに片手を入れたまま右手を出してきた。


「現文の教科書、忘れた。おまえの貸せ」

「山口先生怖いから嫌。サボればいいのに」


麗が眉を下げると、葵は口を尖らせ、しかめっ面をした。


「前にサボったら、ねちっこく説教されたんだよ。いいから貸せ」


抵抗する間もなく、葵に教科書を奪われた。

 横暴すぎる。こんなのあんまりだ。……絶対、嫌味混じりの説教される。


案の定、山口は狐のような目を吊り上げて、刺々しい声で説教を始めた。


「教科書を忘れるということは、教師に対する冒涜です。このクラスは特に問題ですよ」


赤縁の眼鏡をくいっと持ち上げ、葵を一瞬睨みつけると、麗に視線を戻した。


「それに、その前髪は何ですか。だらしない。きっちりしないと人から嫌われますよ」


眼鏡のフレームに指を添えて、眉を寄せる。


「うるせえ」


低く呟く葵の声。険しい顔つきで山口を睨みつける。周囲の空気が凍る。だが、山口には届いていない。


「学校も社会もルールがあります。個人の自由はルールによって守られています。今はそのことを学ぶ時なんですよ。ですから……」


その後もくどくどと説教が続いた。


 ルールに守られているんじゃなくて、縛られているとしたら?

それは、私の欲しい自由じゃない。 


ようやく授業が開始されたが、授業が終わるまでずっと教室の後ろで立たされた。


 授業中ずっと葵へのバイオレン妄想にふけっていた麗は、チャイムの音に我に返った。席に戻ろうとしたが、周囲をクラスメイトに囲まれ、身動きが取れなくなった。


「長宮さん、大丈夫?」

「山口先生、ひどすぎるよ」

「投稿フォームで報告しようぜ」

「クラス全員でいいね押せば、生徒会が山口を辞めさせてくれんじゃね?」

「ランキングも上がったら、一石二鳥じゃん」


麗が一言も発する間もなく、一斉に投稿フォームに入力を始めた。ひとりが麗に投稿画面を見せてきて、正義感に満ちた顔で胸を張った。


「投稿しといたよ。長宮さんもいいね押してね」

「あ、うん」


曖昧に頷くと、麗を取り囲んでいた輪は散り散りになって、やっと席に戻れた。


「ほらよ。災難だったな」


葵が机の上に教科書を放り投げ、鼻で笑った。


「誰のせいだと!」


睨みつけるが、葵はどこ吹く風で、自分の席に戻って行った。教科書を投げつけてやろうかと手に持つと、微笑を浮かべた晴が、麗の手の上に自分の手を乗せた。


「大変だったね、麗ちゃん。でも、みんなに同情されてよかったね」

「何もよくないけど」


晴の手をどかして、麗は膝の上で両手を組む。


「山口先生の言い方はむかついたけど、辞めさせるっていのは、やりすぎな気がする」

「そうかな? ぼくはいいね押したよ」


晴は首を傾げる。

 軽い口調で笑い合うクラスメイトたちの声が、麗の耳に届く。


「いいね押さない人なんていないよね」

「みんな押すなら、押しとかないとだろ」


生徒の要望を全部叶えるのって、改善になるのかな……。


麗は口を引き結び、笑い合うクラスメイトたちを見つめた。



翌週、登校すると、1年3組は歓喜に満ちていた。麗が教室に入った途端、葵と晴を押しのけて麗の周りをクラスメイトが取り囲んだ。


「長宮さん、見てみて! うちのクラス、ランキング1位になったんだよ!」


投稿フォームの画面を見せられ、麗はたじろいだ。


「そ、そうなんだ」

「長宮さんが言われたひどいこと書いたら、いいねが100も集まったんだよ」

「しかも、山口、休職するらしいぜ」

「生徒会すげー」

「よかったね、長宮さん」

「う、うん」


思わず頷いてしまった。


本当に、良かったの?


クラスメイトたちの笑顔に包まれ、じわっと胸が温かくなる。

自分が、皆の輪の中にいる。遠巻きに奇異な目でしかみられてなかったのに。私の求めていた普通が、ここにある。


皆がいいなら、いいんじゃない? 


ふと込み上げた思いに、ぞっとした。

自分だって、身勝手だ……。


身勝手じゃない人なんて、この世にいない。思うがままに振る舞えばいい。私の心は、私だけのもの。どう思おうが自由でしょ。


もうひとりの自分が囁く。

耳を塞いで、目を閉じた。


 席に座ると、近くの席の女子たちと一瞬目が合った。すぐに目を逸らされ、2人は顔を突き合わせてひそひそと話し始めた。


「山口先生、厳しかったけど、授業楽しかったのに」

「忘れ物する方が悪いじゃん。休職させるとかひどいよ」


 チクリ。

 胸にとげが刺さる。 


 私のせいじゃない。そう言いたいけど、声が出ない。

大多数の生徒が望むことでも、望まない生徒もいる。多数決で簡単に決めていいことだけじゃない。

 だけど。

私には何もできない。

 クリーン運動を妨害しろと理事長から言われたわけでもない。

 葵と晴の命令でもない。


 麗はざわつく胸の内を見て見ぬふりをして、投稿フォームに目を落とした。

 いいねの多い順に投稿が並べられている。山口に関する投稿の次に多いのが、柔道部の投稿だ。


『主将は、弟より強い生徒を試合に出させないようにしている。えこひいきだ』

『1年に投げ飛ばされたやつが、柔道部の主将をやるのはおかしい。見直すべき』


オリエンテーリングの時、葵と張り合っていた弘人の顔を思い浮かべた。画面の上で指を滑らせて、投稿をななめ読みしていく。


「あっ、これ……」


麗の指がぴたりと止まり、目をみはった。


『スポーツ特待生なのに、特例が認められている1年生がいる。いくら中学時代の成績が良くても、ひとりだけ特別扱いは変だ』


 葵のことだ。いいねの数はまだそれほど多くない。理事長がウラアカウントに投稿して、納得させたことが蒸し返されている。


 クリーン運動っていってるけど、やってることはウラアカと同じじゃない? 

噂話、不平不満の拡散。

真偽が曖昧なまま、学院の闇が拡散されてしまう。

放っておいていたら、脅威になりかねない。

 このままで、いいの?


 麗はスマホを強く握りしめ、電源を切った。



 曇天の広がる空の下、無人の屋上で目白は煙草の煙を吐き出した。


「ふーっ。校内禁煙とか、ふざけてんだろ」


その時。

屋上の扉が勢いよく開いた。

目白はむせながら、慌てて携帯灰皿に煙草を押しつけて、ポケットにしまった。


「目白先生! 本当にいた」


目白が振り向くと、葵、晴の後ろから麗が顔を出した。


「んだよ。おまえらか。まだ残ってたのに……」


恨めしそうにポケットを見る目白を、晴が呆れた目で見た。


「隠れて煙草吸ってたんですね」

「だったらなんだよ」


ぼさぼさの頭をかきむりながら、目白は天を仰いだ。


「投稿フォームに、目白先生の報告もいくつかあるので、気をつけた方がいいですよ」


麗が眉を下げて忠告すると、目白は苦い顔で溜め息をついた。


「このまま放っておいたら、生徒会長に学校喰われるぞ」


刺すような視線に射貫かれ、鳥肌が立つ。


「投稿フォーム、ぶっ潰せ」


麗はぽかんと口を開け、葵は眉間に皺を寄せ、晴は口角を上げた。


「それ次郎おじさんからの任務?」


晴が問いかけると、目白は手をぶらぶらと横に振った。


「いや。顧問からの指示だ」


葵はフェンスに寄りかかり、目白を睨んだ。


「何が顧問だよ。おまえの指示には従わねえ。勝手に自爆してろ」

「反抗期かよ、このヤロー。そっちの2人はどうすんだ」


目白に目を向けられ、晴は頷き、麗は目を伏せた。


「いいんじゃないですか。きな臭いと思ってたんですよね」

「私も、投稿フォームは危険だと思います。でも、みんな、やる気になってて。どうやって潰せばいいんですか?」


目白は耳の穴をほじくり、指についた汚れを吹き飛ばす。


「知らねえよ。おまえらで考えろ」


覇気のない声で言い放つ目白に、3人が冷たい視線をぶつける。目白は気にも留めず、鼻の頭をぽりぽりと掻いた。

 


 放課後、教室を出ようとした葵の前に、弘人とその兄が立ちふさがった。剣吞な雰囲気の中、クラスメイトたちは固唾をのんで見つめた。


「鹿島、面貸せ」


弘人に言われ、葵は麗と晴の方を振り向く。


「あいつらも一緒なら」


兄が頷くと、弘人は麗と晴に目を向け、ついてこいと顎で合図をした。


 人気のない用具室の前に連れていかれ、麗が警戒をしていると、片倉兄弟は腕組をして葵を見下ろした。


「投稿フォーム、見たか」


弘人が尋ねると、葵は首を横に振った。麗はスマホを出して、投稿フォームの画面を開いた。


「柔道部のこと、色々と言われてますよね」


弘人は目を背け、兄は太い拳を強く握りしめた。


「このせいで、俺らはしばらく部活に参加できない」

「えっ?」


麗は驚き、葵は眉をわずかに動かした。


「生徒会が、部員に聞き取り調査をしたんだ。投稿の内容が裏付けされたとか言われてよ、俺と兄貴は活動停止くらっちまった」


奥歯を噛みしめる弘人。声を押し殺して、砂利を爪先で蹴った。


「あいつら、妬んでるだけだっての!」


小石が弾け飛び、コロコロと転がり、葵の靴にぶつかった。


「それで、俺に何の用だよ」


弘人は葵の前に一歩踏み出す。葵が姿勢を低くして身構える。

だが、弘人は勢いよく頭を下げ、葵は面食らった顔をした。


「おまえが試合に出ること、理事長に断った。だが、もうすぐ試合がある。俺らが出れないと、県大会出場も危うい。だから」


弘人に続き、兄も頭を下げ、肩を震わせた。


「頼む。俺らの代わりに、試合に出てくれ」


麗は顔をしかめる。

 この人たちも勝手だ。……でも、必死だ。葵に頭を下げるなんて。


「図々しすぎて、笑える」


嗜虐的な笑みを浮かべた晴が呟く。


「めんどくせえ。何で俺が」


葵は心底嫌そうな顔で、眉間に皺を寄せる。


「俺を投げ飛ばしたことは水に流す。生意気な態度も許す。だから、頼む」

「ただでとは言わない。おまえの言うこと何でもひとつ聞くからよ、頼む」


片倉兄弟は頭を上げ、葵に真剣な眼差しを向けた。


「何でも、か」


葵は不敵な笑みを浮かべた。


「投稿フォーム潰せば、活動停止しなくてもいいじゃない?」


麗は葵の腕を引っ張って耳元で囁いた。


「さすが麗ちゃん。アオも一緒にぶっ潰そうよ。試合出るの面倒なんでしょ」


晴が葵の肩に手を置いて、にんまりと笑みを浮かべた。


「……どっちにしろめんどくせえよ」


そう言いながらも、葵は、試合までに投稿フォームがなくならなければ、試合に出ると約束をした。

憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情で、片倉兄弟は去って行った。


「あー、くそっ。生徒会のせいで」


拳を手のひらの打ちつける葵の背中を、なだめるように晴が優しく叩いた。


「まあまあ。退屈しないからいいじゃん。それに、3人集まれば文殊の知恵っていうでしょ。仲良く作戦会議しようよ」

「作戦会議?」


麗が首を捻る。


「打倒、生徒会! 投稿フォームをぶっ潰せ作戦、だよ」


口元だけで笑う晴に、葵は渋面を作って溜息をついた。麗は、黒雲に覆われた空を見上げ、小さく首を縦に動かした。


「……うん。やろう」

「いいね、麗ちゃん。いつになく積極的だね。気になる投稿でもあった?」


葵を疑う投稿が脳裏をよぎる。


「そういうわけじゃないけど……。放っておくと、大変なことになりそうだから」


晴はふーんと微笑むと、歩き出す葵の後についていった。

 さあーっと湿った風が吹抜け、前髪を持ち上げる。

 振り向いた晴が、麗の前髪を撫でつける。


「勝手に、触らないで」


自分で前髪を整え、顔をしかめる。


「麗ちゃんの瞳、綺麗だったから、つい」


夕陽を受けて橙色に染まる晴の顔が、いつもより優しく見えた。


「嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ。……本気だから」


晴の手が伸びる。真剣な眼差しに、夕陽が反射して煌めく。

 目が、離せない。本気なわけないのに。期待なんてしたくないのに。


「何してんだよ」


葵が晴の手を払いのける。


「別に」


いつものうさんくさい笑顔。ほっと胸を撫で下ろす。

 葵の目元がわずかに歪む。口を開きかけるが、何も言わずに背を向けた。


 2人とも、どうしたの? 調子狂う。

 

 少しだけ熱を帯びる頬を押さえる。

 ふと。

 視線を感じる。誰もいないはずなのに。


……見られてる?


 ざわつく胸を抑え、2人の後を追った。 

 

 

 


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