06.
「ん? もしかして、ココってカレンダー一緒??」
自身のスマホのウィジェットのマークをみて、アリサは小首を傾げた。当日に自動的にカーソルが合う仕組みのカレンダーウィジェットは、自分がこの世界に召還されてからずっとズレたことがない。つまり、一日は二十四時間で零時に日付が切り替わっていることになる。
「暦か? 確かに人界では十二の月で区切って一年の節目と数えているようだな。名称こそ異なるが太陽暦と同じ基準だ」
ルドヴィークは事も無げに肯定した。
「前に言っただろう、親和性の高い世界から召喚されると」
「そのシンワセー? って話が合う感じになりやすいのでしょ。ゴハン似た感じなのとか。それってカレンダーも一緒になるもんなんだ」
この世界の固有名詞は含まれていなかった。共通言語で共通単語を用いて話しているはずなのに、どうしてこうも彼女の語彙が少ないのか。ルドヴィークは残念なものをみる眼差しを向ける。
「ザクパリモナカまじうま!」
そんな視線を物ともせず、アリサは最高の再現度とモナカアイスを食んで、幸せに浸っている。暑い日に食べたくなるものとしてあげたところ、ルドヴィークはいつものようにさらりと作ってしまった。今回は最中の型を造る際に、スライムのラドが協力した。体の形を自由自在に変えられる特性が、ない鋳型を取るのに適していた。
「モナカ、サクサクだし、チョコのパリパリ感最高すぎ。マジどうやってんの」
「最中の内側をチョコレートでコーティングしてアイスクリームが滲みないようにするのが通常の製法だろう」
「えー、そーなんだ知らなかった!」
彼女の言葉が独特すぎて、彼女の脳を介して育った世界の文化形態などを読み取ったはずなのだが、ルドヴィークの方が記憶力がよいせいかアリサの世界のものに詳しい。アリサはコンビニで買って速攻食べるだけなので、工場見学もしたことがなくモナカアイスの製法など微塵も知らない。
「ヨアボとかカスタム系もバエるし楽しいけど、ヘビロテしちゃうのはザクパリモナカだよね。あずきバーとかもときどきガリガリしたくなるし」
「知らん」
共感を求められるもルドヴィークは食に関心をもつ必要のない存在のため、何を食べたくなるかなどの考え自体がない。食べずにいても生存は可能だ。ただ日々の生活のルーティーンとして組み込まれているだけの行為でしかない。ただ、一度身に着いた生活習慣を崩す方が面倒なだけだ。
とはいっても、アリサは三時のおやつなど、間食もするので、一日当たりに料理をする機会は以前より増えた。
「ルドってさぁ、食べても太らないのにデザート系全然食べないよね。ダイエット?」
食後のデザートも要望すれば作ってくれるというのに、それはアリサにだけで自分は珈琲などで済ませて、幸せに浸る彼女を眺めるのみだ。
「ダイエットしてるのはお前だろう」
スライムのラドをバランスボールにして体幹維持しながら、アイスを食べているアリサ。ルドヴィークはそれで相殺ができているのかと不思議になる。彼女は好奇心に溢れすぎて落ち着きがないせいか、同時に複数のことをしようとする傾向にある。順序立てて行動したとしても、半日であれやこれやしようとして、なんとも忙しない。
「だって、ルドの作るのが美味しいのがいけないんじゃんっ」
「なら、明日はヨアボとかいうのか?」
「あずきバーがいい!」
小豆もローカロリーだったはずだから大丈夫と豪語するが、きっと口にしたら固い食感が恋しくなっただけだろうとルドヴィークは読めていた。ヨーグルトアイスをベースとした甘味の方がおそらく彼女の感覚ではダイエット向きだ。共感や理解はしないが、自身の欲求に素直な点は欲に忠実な存在であるルドヴィークには合わせやすいものだった。
是と了承すると、喜んでアリサははしゃいだ。溶けきる前にモナカアイスを完食し、スライムのラドと喜びの舞らしきものをしだす。あれだけ落ち着きなく動くのだから、当人が憂慮するほど太りはしないだろう。
紀邑アリサは元いた世界では女子高生で、この世界には勇者として人界の人間に召喚された。人間に攻められるのが面倒だった魔王ルドヴィークは、その妨害をしあえて自身の魔王城に召喚先を変えた。彼女が勇者として覚醒する儀式を受けなければ何も害はないため、以降は野放しにするつもりだったのだが、当人の要望により自宅に同居状態が続いている。
勇者になるはずだった少女と当代魔王がこじんまりとした家で暮らすというは奇妙ではあったが、ルドヴィークはこの光景にも慣れた。
眺めていると踊るのに満足したアリサは、この喜びを誰かに伝えねばとスマホのフォトSNSを起動し食べる前に撮影していた写真を加工し、キャプションには味の感想だけでなく翌日のおやつが楽しみな旨も添えて投稿する。ラドはその間、クッションソファーと化していた。
投稿してほどなくして、淫魔のリリからの反応があったようで、いいねをもらったとまたはしゃいだ。
「あっ、でね」
思い出したように話題がルドヴィークに振られるが、そのでねが何にかかっているのかは唐突すぎて分かりようもない。
「一緒なの気付いたの、あたしの誕生日のマーク見てだったんだけど、ルドの誕生日ていつな感じ?」
今月が誕生日で、彼にごちそうを作ってもらってパーティする気満々だが、アリサは他人の誕生日を祝うのが好きだ。パーティーやイベントを企画するのも楽しいし、ブレゼントを贈るだけだとしても何を贈るか考えるのはわくわくする。だから、彼女のカレンダーアプリには家族だけでなく友人たちの誕生日も登録されていて、ほぼ毎月バースデーケーキのアイコンがあった。
「覚えていると思うか」
「あー……、ルドちょーーー長生きだもんね。しかも、めんどがりだし」
自分の帰還のために、自分の寿命よりずっと長い千年分の寿命を使おうと提案してきたほどだ。数百年単位の周期の勇者召喚すらときどきの感覚のようだから、千どころか万年以上生きられるのかもしれない。
「ルドってカメなの??」
「ウミガメやリクガメの類いでも人間の方が寿命が長いぞ。諺でしかない。種によって百か二百のものがいる程度だ」
「ウソ―!?」
万どころか千年にも寿命が満たない動物だと教えられ、アリサは驚く。だが、人間は二百年も生きれた試しがないので二百年以上いきる動物がいれば長寿の象徴になるのも頷ける。
「えーじゃあ、ツルも?」
「最長でも六十がせいぜいだ。鳥類ならオウムやインコの方が百超えて生きた例がある」
「へぇー、んじゃ、しゃのん家のビアンカ、新しい飼い主探さないといけなくなるかもなんだ……」
友人のひとりが白いオウムを小学生から飼っており、大事な家族として紹介してもらった。長生きしてくれるのは友人が悲しまなくていいが、彼女より長く生きた場合は引継ぐ飼い主を見つける必要がでてくる。人間より寿命が短い印象だったので、そういう心配が発生するのは意外だった。
アリサが関心している間も、ルドヴィークは微妙な表情のままだ。彼女が短絡的思考と知っていても、カメと同類扱いされたことが不服だ。それでも、彼は問われれば律儀に答える。
彼が律儀に疑問に回答を寄越すものだから、本筋から逸れたことに気付き、アリサは噛みつく。
「じゃなくて!」
「なんだ」
「なら、この日にルドのバースデーパーティーしよ」
スマホの画面をみせようと歩み寄られ、ルドヴィークがそこに視線を落とすと、数か月前のある日付に自分の名が記載されたマークが付けられていた。
「何の日だ? 召喚された日か?」
彼女は初対面の日すら登録するのだろうかと、首を傾げる。イベント好きな彼女の性格を考えると、ささいな理由でも記念日になりかねない。
「そんときはそれどころじゃなかったし、ルドの名前教えてもらってなかったじゃん。名前教えてもらった日」
「ああ」
それはそうかと、ルドヴィークも納得する。魔王が名でないことに気付くのに彼女は割と時間がかかった。魔王の地位はひとつしかないため、知らずとも、呼ばれずとも支障がなかったため、彼も教える必要性を覚えなかった。
アリサが印を付けた日付がそうだったかまでは、彼は覚えていない。ただ、久方ぶりに呼ばれたことだけはよく覚えている。以来、彼女から頻繁に略称で呼ばれるようになってしまった。
「あたしのなかでは、ルド知った日だからある意味ルド誕じゃん? 来年お祝いするの楽しみにしててね」
「それは毎年する気か……?」
「週一じゃないんだし、そんなカオする?」
ものすごく面倒そうな表情に、高頻度でないだろうとアリサは不思議がる。
百年あるかどうかの寿命の人間の彼女からすればそうだろうが、魔力があれば半永久的に生命維持できるルドヴィークからすると高頻度に感じる。彼女の誕生日も入れて年に二度かならず行事が発生するようになるとは。
「なんかさ、ルドがいるからあたしココでも楽しくやれてるとこあるし、ちゃんとありがとーしたいんだよね」
世話になっている感謝をする日を設けたいという趣旨なら、それはどちらかといえば母の日や父の日に近いのではないだろうか。もしくは勤労感謝の日か。思いはしたが、ルドヴィークは口にはしなかった。自身の生活のついでのため世話している訳でもなく、ただ調理量と頻度が増えているだけだ。生活習慣をただくり返しているだけなので勤労とされるのも疎ましい。彼女を飼うような状態なのは、わずかな余分でしかないのだ。
「好きにしろ」
彼女には騒ぐ機会は多いに越したことはないのだろうと、嘆息した。アリサの欲求による行動を断る方が骨だと、彼は折れた。
彼の存在を肯定する機会を得て、アリサは瞳を輝かせる。魔物が蔓延る魔界で平穏無事に暮らせているのは、最も強い存在である彼の傍だからと、理解はしている。なんだかんだと彼が面倒見がいいから不自由なく、むしろダメにならないか危惧するほど厚遇を受けている。
普段は彼に任せきりになっているが、アリサだって卒業後の一人暮らしにあこがれ料理はできるのだ。SNSで覚えたお手軽レンチン料理が多いので、簡易なものしかできないやもしれないがパーティーメニューも作れる。怠惰な彼を本当に怠惰に過ごさせるのも面白そうだ。
「ルドをダメにしちゃうもんねっ」
「主旨が変わってないか?」
直近の自身の誕生日より、来年の彼の誕生日にする企画に思いを馳せ、アリサは嬉々とする。感謝する行事ではなかったのか。
「物が増えそうだな」
今後、彼女の残りの半生分だけ贈られる物の鎮座する区域が自身の部屋で徐々に広がるのだろうと、ルドヴィークは確信した。
「アリサ、お前の誕生日はどうするんだ」
「夏だしリリも誘って海行こーよ! セイレーンって、ちょー歌ウマなんでしょ? バースデーソング歌ってほしい」
人間への催眠威力の強い歌声を聴きたいなど肝が据わっている。だが、彼女の自浄能力があれば無効化できるので問題ないかと、ルドヴィークは了承した。
「ねぇねぇ、あたしが知ってるセイレーンって、ずんぐりむっくりしたにゃんこみたいなのに魚の尻尾あるんだけど、そんな感じ?」
「何だソレは。人食い人魚のようなものだ。人間も食えるというだけで肉食獣の類いでしかない」
「んじゃ、お肉いっぱい持っててBBQしよ。楽しそーっ」
自身が食料になる可能性より、大人数でバーベキューできることの方が彼女には重要らしい。呆れた嘆息を零しつつ、ルドヴィークは淫魔とスマホのSNS経由で連絡をとる彼女を眺めたのだった。
「……まぁ、アリサの生きている間ぐらいは、好きにしたらいい」
紅玉の瞳には諦観以外の色もあった。






