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05.



魔王ルドヴィークは怠惰を司る。

それゆえ、面倒を(いと)い配下らしい配下をもたず、自身で管理できる範囲の小さな小屋と畑を居住拠点とし、魔王城の管理は名乗り出た者らに任せ数百年に一度、勇者一行が攻め入ったときに限り迎撃に向かう。

最後に魔王城を利用したのは、その勇者召喚を妨害したときだ。異世界とこちらの世界を繋ぐ規模の魔術の妨害を行うため、魔法陣を展開するにも広さが必要で失敗したときの余波なども考慮すると居住拠点で行うには都合が悪かった。その点、魔王城にある使われていない謁見の間は必要な広さがあり、破損しても問題ない。人界から勇者一行が襲来する以上、破損することを考慮された造りとなっている。

成功率が百ではなかった召喚妨害。やってみると案外うまく成功した。

これでまた数百年は怠惰のままに過ごせる。彼なりの平穏が守られたはずだった――


「うぅ~っ、ルドぉ~」


就寝時間帯に、自室のドアの前でルドヴィークはそれを眺めていた。クレイアニメの主人公であるイモムシの形を模したスライムのラドを抱いて、めそめそと幼子のように泣くアリサ。バランスボール以外に抱き枕としてもラドを使用しているらしい。形態変化できる性質をよく活用しているものだ。彼女は、ルドヴィークが妨害したゆえに勇者になり損ねた異世界出身の人間だ。

怠惰ゆえに眠りを妨げられるのは好ましくない。眠りの淵で泣かれ続けても困るので、平穏の乱入者を出迎えた。

守られたはずの彼の平穏は、少しばかり賑やかになった。


「なんだ」


心配するでもなく、ルドヴィークは用件を訊いた。ただ泣くだけなら、彼女の自室で済ませればいい。用があるから夜半にもかかわらず、今目の前にいるのだろう。

優しさの欠片もない態度だが、アリサには安眠妨害をした文句より先に理由を訊ねてくれるだけで、充分だった。


「今日、お母さんのこと言ったじゃん? そしたら、お父さんとかみんなどうしてるかなって思っちゃって。そしたら、もうムリじゃん? ひとりでいるのマジさみしくて……」


話題にあげたことをきっかけに郷愁(きょうしゅう)の想いが胸に迫り、一人寝が辛くなったらしい。スライムのラドも生命体である以上はひとりではないのだが、言葉を交わせる相手としてカウントできなかったようだ。そうして、言葉を交わせる、愚痴を聞く相手として自分が選択肢にあがったらしい。

理由をきき、ルドヴィークは意外そうに呟く。


「お前でもホームシックになるのか」


魔界(こちら)にきてからというもの、嬉々として過ごしていたアリサだ。元の世界に帰る手段があるか訊かれたことはあったが、その回答をして以降、彼女の世界の話題はほとんどあがらなかった。

通常、召喚された人間は帰れない事実を知ると絶望や落胆をする。そして、先代魔王の時代には、そんな勇者にありもしない帰還手段があると(そそのか)し陥落させようとすることもあった。大抵、こちらの人間に多少なりとも情が湧いているため、こちらの世界を見捨てられず勇者は誘惑に打ち勝つのだが。

アリサにはそんな天秤にかけるような大儀がない。ルドヴィークが勇者となる機会を奪った。なのに、彼女はこれまで楽しげに過ごしていたのだ。彼女は、目先のものに囚われやすく過去を振り返らない性質(たち)なのかとばかり思っていた。


「帰れないから、考えないようにしてたんじゃん~っ」


「だから、方法はあると教えてやっただろう」


「ほら、すぐそれ言う~! ルドの命はいらないんだって!!」


ひとつだけ帰還手段がある。魔王の寿命を約千年分代償にすることだ。

人界にとっては討伐対象であり、寿命の一部を奪うどころか命を絶つことが目的のため、そんな用途に気付く者などいなかった。魔界でも同様だ。これまでの魔王も勇者を倒すことが通常であったため、帰還できない絶望を抱えている方が都合がよく、自身を犠牲に勇者を助けるような方法を模索することなどなかった。

ルドヴィークは怠惰を司るため、長く生きることも面倒と感じることがある。生への執着も、死への恐怖も持ち合わせていない。そんな彼だからみつけられた帰還手段だ。

アリサはすでにその方法を教えられていたが、断っていた。寂しさに目を背けていた理由は、ルドヴィークが安易に命の一部を差し出してくることもあった。

絶対ダメだと泣きべそをかきながら、アリサは怒る。泣くのも怒るのも同時進行とは(せわ)しない人間だと、ルドヴィークは思う。


「なら、どうしろと」


相変わらず妙なこだわりがあると呆れながら、ルドヴィークは問う。すると、アリサが体当たりしてきた。スライムのラドを抱えたままで両手が塞がっている状態のため、彼の胸部に頭突きをしたようなものだ。勢いこそあったが寄りかかる程度のそれに、ルドヴィークがぐらつくことはなかった。


「ひとりで寝るのヤダ!」


頭をぐりぐりと押し付けてくるので、あやすのを要求されたルドヴィークは両腕を彼女の背中へ回してやる。だだのこね方が幼子のそれだ。


ルドヴィークの身長に合わせて作られたベッドは、横幅もあり二人横になっても差し支えない。余裕があるにもかかわらず、彼の腕を枕にアリサはひっつく。べそべそ泣きながら離れないものだから、ルドヴィークは剥がすのを諦めた。


「しゃのやサワさんやみっちにメデスとかどうしてるかな」


多い。思いを馳せる友人の候補が多い。元の世界に意識を向けたらまだいくらでもでてきそうだ。

ひとりひとりのあだ名の由来から、どういう人柄の友人なのかまで、アリサは吐露する。訊かずとも話し出すものだから、ルドヴィークは合間にそうかと思い出したように相槌だけ打つ。


「あ。メデスは前話した金髪でツーブロのでね。そんで……」


話半分できいているルドヴィークだが、できた縁を大事にし、初対面の相手とでもすぐ打ち解けられるであろう彼女の人柄は勇者の素養のひとつに思えた。人界側への召喚が成功していれば、この世界の人間に情が湧くのも容易だったことだろう。

勇者という行動指標を与えられる方が、郷愁に囚われることなくひたすら前を向いていられたのかもしれない。その方が彼女には幸せだった可能性に気付くも、ルドヴィークは自身の欲を優先したことを悪いとは思わない。

この世界にアリサを召喚したのは人界の人間であるので、彼女はルドヴィークに責があるとは思っていない。だが、彼女がこの世界に()ばれる原因は、魔王である彼の存在だ。つきつめれば責める相手を自分にできるのにそれをしない彼女の存在は稀有(けう)だ。


「うぅ~、お母さんのにんじんケーキ食べたいよぉ」


友人の次はおふくろの味を思い出したらしい。こんな夜中に腹を空かせたいのだろうか。


「キャロットケーキと違うんだよ。なんかね。カフェとかにあるスパイスとかきいたあんなんじゃないの。スポンジケーキがオレンジ色になってる感じのでね。しかも、お母さんお菓子作り上手ってワケじゃないから、成功率低くって」


生焼けだったり、スポンジが膨らんでいなかったり、十回に一二度成功すればいい方だった。食べれないほどの失敗ではないので、アリサは微妙だと文句をいいながらよく食べていた。それでも、成功したときは美味しくて大好物のひとつだった。


「なんでにんじんだったんだろ。あたしもナッツもにんじん食べれるのに」


妹の七海(なつみ)も自分も、父親も嫌いな野菜ににんじんは含まれていなかった。そういえば、あえて野菜でケーキを作る必要もなかったのでは、と今さら気付く。


「なんでって、もーきけないしぃ」


まだ泣くのかとルドヴィークは感心する。ぐずっていたと思ったら、わんわんと泣きだすアリサを眺め、枕になっていない方が手持ち無沙汰なので彼女の背中をぽんぽんと叩いておく。深い森の奥にぽつんとある小屋だ。近所迷惑という概念はありはしない。だから、彼女が泣くのに任せていた。

どれぐらい泣いていられるのか観察していたら、突然事切れた。電池が切れたように寝落ちたアリサの頬を指でつつくも起きる気配はない。

ふっと吐息に近い笑みをルドヴィークは零す。


「こんな夜の誘いは初めてだな」


色気というものがなさすぎるベッドへの誘い方に、泣きぐずるだけぐずって先に寝る神経の図太さ。本当に妙な少女だ。

涙で濡れた頬や瞼を指の腹で拭ってやる。そのついでに、目が腫れないよう魔力で冷やす。翌朝目が腫れては、叫ぶか、大笑いするかしそうだ。どちらにせよ、朝から騒がしくされては面倒だった。

己より高い体温が寄り添い、心地よい微睡(まどろみ)に意識が浸ってゆく。熱源と同じ色の血が流れているが、それはその方が人間が動揺するからだ。同じ形、同じ血の色、似て非なるものなれど自分と似通ったものと認識すると人間は、途端に区別できなくなる。けれど、アリサは魔物が異なる存在と解っている節がある。体温も寿命も異なる存在と知ってなお、臆さず近寄ってくるのだから呆れてしまう。

ルドヴィークの長い生のなかでは、アリサの寿命分の時間など刹那だ。それぐらいの時間ならば、思うままに振る舞う愛玩動物(ペット)が家にいてもいい。

気のゆるみきった寝顔をみて、程よい暇つぶしだとルドヴィークは瞼を閉じた。




「んあ?」


口を開けていたアリサは、間の抜けた声をあげて目を覚ました。

寝ぼけつつもイモムシ型のまま形状を維持しているスライムのラドをしかと抱える。そのまま身を起こし、周囲を見渡す。見慣れた自分の部屋じゃない。

インテリアが全体的に黒い。窓が空いてなければ陽もささないのではないか。黒いシーツに黒い掛布団。アリサはこの部屋を知っていたことを思い出した。


「あー……」


部屋の主がいないことをいいことに、アリサは自虐の呻きを洩らす。昨夜の失態を覚えている。未成年で飲酒もしていないのだから記憶があって当然だ。しかし、アリサは酒が入っていなくても居酒屋テンションに絶対なると、周囲の友人から未来を断言されていた。たしかに、人が集まる場所で騒いで楽しむのは好きなので、否定はできないが。

酒などを言い訳にできた方がいくらかマシだったように思える。


「ラドっち、どんなカオしてルドに会えばいいと思う?」


合せる顔がない、という心境でどう取り繕えばいいのか。スライムのラドに問うても、ぴっと鳴くばかりであった。

どうしようか逡巡していると、ほのかに香ばしい香りが漂ってきた。食欲を誘う香りに、アリサはふらりと惹かれてしまう。昨夜はさんざん泣いて体力を使ったので、いつも以上に空腹だった。

香りにつられて食卓に向かうと、いつも通りルドヴィークが料理をしていた。調理器具を浮遊させながら、振り返る。


「起きたか」


「ウン……」


もうすぐできるといわれ、アリサは大人しく食卓の席につく。先に蜂蜜入りのホットミルクをだされる。喉に優しいそれをこくんと飲むと、ほっとした。そうして、喉も労わる必要があったことに気付く。そういえば、自分は泣き喚いていたのだった。

ことり、と朝食が置かれる。オレンジ色のスポンジケーキが目の前に現れたものだから、アリサは瞠目する。


「コレ!?」


ケーキと作った相手の間を何度も視線を往復させる。驚くアリサを他所に、ルドヴィークが事もなげにいう。


「食べたいと言っていただろ」


献立を考えるのが面倒なルドヴィークは、アリサの食べたいといったものがあればそれを用意するのが常だ。今回もそうであっただけ。今回もそうであっただけ。

けれど、アリサにはもう食べられないと思っていたものだった。

綺麗な焼き目にフォークを差し、大きめに一口分を切り取る。そして、それを頬張った。幼い頃もそうして口いっぱいにする食べ方をしていた。

飾り気のないただ焼いただけのスポンジケーキだが、にんじんの甘みが程よい。


「そうっ、コレ!」


まさしく母親が成功したときのにんじんケーキの味だった。自分が大好きだった味に、アリサはまた一口を大きく切り取り頬張る。

ハムスターのような食べ方をするな、とルドヴィークは眺める。


「また食べたければ言え」


まるで今しか食べられないかのように噛みしめているものだから、そう伝えると、アリサはぶんぶんと何度も頷いた。口にしっかり含んでいるため喋られない代わりに、肯きの動作が大きい。

一ピースを食べきり、おかわりをする前にアリサは笑顔で乞うた。


「今度は失敗verもよろ!」


「……物好きだな」


あえて微妙な出来にしろと所望されるとは思わず、ルドヴィークは呆れた。しかし、彼なら絶妙に食べられなくはない味を再現してくれることだろう。料理の腕には信頼できる男だ。

失敗作版はリリがきたときにあえて一緒に食べてみたい。二人で微妙だと言い合うのもきっと楽しい。

嘆息するルドヴィークと楽しげに笑うアリサ。結局その日の朝もいつも通りになった。

また会えない人たちを想っては泣きたくなる夜がくるかもしれない。それでも、しっかり泣いて、今日のような朝を迎えるのだろう。

アリサの残りの寿命いっぱいと、ルドヴィークの寿命の欠片分。その間の重なりをこうして消化していくのも悪くない。

空いた皿をアリサは差し出す。


「おかわりっ」


ルドヴィークは肯く代わりに、その皿を受け取ったのだった。




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読み切り版「召喚先は魔王城でした

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