大陸で一番愛される王女
アリアを女王から王女に設定変更したことにより、大幅に内容を変更いたしました。
ルヴェリア王国の朝は、いつも穏やかだった。
王都の中央にそびえる白亜の王城。
その一角にある王族専用の執務室では、朝早くから一人の少女が大量の書類と向き合っていた。
「……うーん」
淡い金色の髪をゆるくまとめ、白いドレスの袖を少しだけまくった少女。
彼女の名は、アリア・ルヴェリア。
ルヴェリア王国第一王女。王位継承権第二位にして、国民から絶大な人気を誇る王女である。
まだ十八歳。
それでも、幼い頃から王族としての教育を受け、父王の政務を間近で見てきた彼女は、すでに国政にも深く関わっていた。
「この税率……少しだけ下げられませんか?」
「陛下」
向かいに立つ宰相が、即座に答える。
「こちらは今年の収穫量を考慮すると、すでに限界まで下げております」
「そうですか……」
アリアは少し残念そうに眉を下げた。
「では、別のところで削れないでしょうか?」
「別のところ、と申しますと?」
「王城のお花代とか」
「却下いたします」
「即答ですね」
「殿下が一番お好きなものを削るわけにはまいりません」
宰相が真顔で言うと、アリアはきょとんと目を瞬いた。
「……私?」
「ええ、花です」
「ああ」
アリアはふわりと笑った。
「ありがとうございます」
「……」
宰相は黙った。
ほんの一言、ただの「ありがとう」
それだけなのに、なぜか胸が温かくなる。
――これだから、この王女殿下には敵わない。
宰相エドワードは心の中でため息をついた。
アリアは王位継承権第一位という立場にありながら、決して偉ぶらない。
使用人の名前を覚え、騎士たちの怪我を気にかけ、城下の民から話を聞けば、その日のうちに担当者へ確認する。
誰かが困っていれば手を差し伸べる。
誰かが成功すれば、自分のことのように喜ぶ。
そして何より――
誰に対しても、同じ笑顔を向ける。
「殿下」
「はい?」
「本日の予定ですが、午後から騎士団の訓練視察がございます」
「楽しみです!」
アリアの顔がぱっと明るくなる。
「今日は新しく入った騎士さんたちにも会えるんですよね?」
「はい」
「では、皆さんにお菓子を用意しましょう!」
「……」
「どうしました?」
「いえ」
宰相は静かに目を伏せた。
――まただ。
この方は、自分がどれだけ人を喜ばせているのか。きっと今日も何も分かっていない。
⸻
昼過ぎ、騎士団の訓練場を訪れたアリアは、若い騎士たちを前にして笑っていた。
「皆さん、頑張ってくださいね!」
「はっ!」
「無理はしないでください。怪我をしたら、ちゃんと休むんですよ?」
「……はい!」
その言葉だけで、若い騎士たちの背筋が伸びる。
王女殿下に心配をかけるわけにはいかない。そんな空気が、自然と生まれていた。
視察を終えたアリアが去った後。
「……俺、今日からもっと鍛えるわ」
「俺も」
「王女殿下に『頑張って』って言われた……」
「お前、泣くなよ」
「泣いてない!」
そんなやり取りを見ながら、騎士団長は苦笑した。
――本当に、罪な方だ。
本人は何も意識していないのだから。
⸻
その日の夕刻、アリアは父王に呼ばれていた。
「アリア」
「はい、お父様」
「お前に話しておかなければならないことがある」
「……?」
父王の表情は、いつになく真剣だった。
「今日、ヴァルディア帝国から正式な親書が届いた」
「帝国から?」
「ああ」
ヴァルディア帝国。大陸最大の軍事国家。
そして、その頂点に立つのが――
皇帝レオンハルト・ヴァルディア。
冷徹、無慈悲、感情を見せない。
人々からは畏れを込めて、こう呼ばれている。
――氷帝。
「その皇帝から、お前との婚姻を望むという申し出があった」
「……え?」
アリアの瞳が大きく見開かれた。
「お前を……皇后に迎えたいそうだ」
「皇后……」
アリアは呆然と呟いた。
まだ知らない。この婚姻の申し出が、やがて二つの国を大きく変えることを。
そして何より、氷のように冷たい皇帝が――
たった一人の王女にだけ、どうしようもなく甘くなることを。




