第一話:転生・そして目覚めて…
【失格貴族の王国再建記】
第一幕: 失格貴族の魔導技術
第一話:転生・そして目覚めて…
【プロローグ】
その人の手からは、いつも少し甘い薬品の匂いがした。
「この薄い膜がね、未来の子供たちの心臓を守るんだよ」
病室の子供たちに笑いかける白金教授は、太陽みたいに優しかった。
彼の胸の奥には、大好きな姉の姿がずっと残っている。
「大人になれない」と言われ、自分より先に逝ってしまった優しい姉だ。
姉を救えなかった悔しさと、もらった優しさ。
それだけが、彼を人工心臓の研究へと突き動かす全てだった。
「もう誰からも、大切な人を奪わせない」
毎日毎日、彼は自分の命を削るようにして実験をくり返した。
血の通う、新しい筋肉の完成をただ急いだ。
――彼が眠るように息を引き取った朝。
冷たくなった体のすぐそばで、命と引き換えに完成した『心臓』が動いていた。
まるで大好きな姉に届けるように、静かに、力強く、どくんと最初の手応えを刻んでいた。
【第一話:転生】
あつい。
体じゅうが、沸騰したフラスコみたいに熱かった。
(まだだ……子供たちの心臓を……姉さんの……)
頭の中で、研究していた数式が火花みたいに消えていく。
みんなを救う新しい筋肉を完成させて、燃え尽きたはずの僕の魂が、暗闇に溶けていった。
――そのとき、ものすごい頭痛と一緒に、知らない少年の記憶が流れ込んできた。
ここは、魔法が使えないと人間あつかいされない、冷たい貴族の世界。
この体の持ち主である少年『エクス』は、魔力がない落ちこぼれとして、高い熱を出したまま一人きりで息を引き取ったのだ。
「吸え、肺。動け、心臓」
科学者としての本能が、死にかけた体に命令をくだす。
激しくせき込みながら、僕はなんとかまぶたを押し上げた。
目の前にあったのは、豪華なベッドと、涙で顔をぬらした知らないメイドの姿。
「……っ、エクス様、気がついたのですね……!」
震える声が僕を呼ぶ。
天才科学者の知識を持ったまま、僕は異世界の『落ちこぼれ貴族』として、二度目の人生をスタートさせた。
【第一話:そして目覚めて…】
「熱が下がって、本当によかったです……!」
金髪のポニーテールの幼い少女はぐすぐすと鼻を鳴らし、大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
僕の額に手を当てて、心から安心したように何度も胸をなでおろしている。
歳の頃は九歳くらいだろうか。
小さな手で一生懸命に涙をぬぐっていた。
しかし、その安心もつかの間、少女はハッと表情をくもらせた。
「でも……起きられるようになったら、すぐにお父様がお呼びです。どうするんですか? エクス様、このまま魔法の才能を示せなかったら、本当に追放されてしまいますよ……っ」
少女はまた泣きそうな顔になって、僕の服の袖をぎゅっと握りしめてきた。
「魔法……」
その言葉が、僕の喉からかすれた声となって漏れる。
流れ込んできた記憶のおかげで、なんとなく事情はわかった。
けれど、まだ頭の中の情報を整理しきれていない。
まずは目の前の、僕のために泣いてくれる優しい少女のことを知る必要があった。
「ごめんね、頭がまだ少しぼんやりしていて……。君の名前を、もう一度教えてもらえるかな?」
「えっ……? アンナです。エクス様の専属の侍女の、アンナですよ? お熱のせいで、私のことも忘れてしまったのですか……!?」
アンナはさらに目をうるませて、今にも泣き出しそうになってしまった。
「大丈夫、ちょっと度忘れしただけだよ、アンナ。……ねえ、僕の家と、その『魔法』について、もう一度だけ教えてくれないかい?」
僕がなだめるように微笑むと、アンナは不安そうに首を傾げながらも、一生懸命に説明してくれた。
アンナの話によると、この家は代々、強力な『爆炎魔法』や『火炎魔法』を操ることで有名な、第一級貴族の家系らしい。
そして僕は、その家の次男として生まれたのだという。
この世界では、強い魔法が使える家系ほど偉く、逆に魔法が全く使えない者は、貴族の家から容赦なく追い出されてしまう。
「エクス様はもうすぐ九歳になるのに、まだ火種すら出せません。このまだと、お父様に出来損ないとして捨てられてしまいます……」
アンナは本当に僕の身を心配してくれている。
科学者だった前の人生では、こんな風に自分のために泣いてくれる人はいなかった。
今度は、この優しい手を離したくない。
「わかった。一度、その魔法というのを試してみるよ」
「えっ、ベッドから起きて大丈夫ですか?」
「うん、体はもう動くから」
僕は布団をめくり、ベッドの上に背筋を伸ばして座った。
アンナに教わった通りに、まずは意識を体の中に集中させてみる。
すると、お腹の奥のあたりに、不思議な温かいエネルギーの塊があるのを感じた。
これが『魔力』というやつだろう。
(よし、これを手の中に集めて、練り上げる……)
前世の科学者としての集中力を使い、体内のエネルギーをじわじわと右手のひらへと誘導していく。
アンナは息をのんで、僕の手元をじっと見つめていた。
「出ろ……っ」
手のひらに力を込める。
ものすごい熱が手に集まり、そこから激しい炎が噴き出す――はずだった。
ぱち、ぱちぱち。
「……え?」
アンナが拍子抜けしたような声を出す。
僕の右手のひらの上で起きたのは、火炎魔法とはほど遠い現象だった。
それはまるで、日本の夏に見た線香花火のようだった。
小さな光の粒が、頼りなくぱちぱちと弾けているだけで、部屋を照らすほどの明るさもない。
「やっぱり、だめ、ですか……」
アンナの顔が絶望に染まっていく。
貴族の家系なら、九歳にもなれば部屋を包むほどの火柱を立てられて当然らしい。
それに比べれば、僕のこれはただの不発弾だ。
しかし、僕の心は全く折れていなかった。
それどころか、科学者としての脳細胞が、今の一瞬で猛烈に興奮し始めていた。
(待てよ……今、僕の魔力はどう動いた?)
普通の人間なら「火が出なかった」と落ち込むだけだろう。
だが、僕の目はごまかせない。
魔力を練り、外へ放出しようとしたあの瞬間、手のひらの上の『空気の成分』が、目まぐるしく変化したのを感じ取った。
この世界の人間は、魔力で炎を「生み出している」と思っている。
けれど、実際は違う。
魔力というエネルギーを使って、そこにある酸素や物質を『分解』し、激しい化学反応を起こす形へと『再構築』しているのだ。
つまり、魔法の本質は、超自然的なオカルトなんかじゃない。
僕が前世で命を捧げて研究してきた、物質の結合と変化――『化学』そのものだった。
魔法が化学反応であるなら、僕にできないはずがない。
むしろ、仕組みさえ分かれば、教科書通りの火炎魔法よりも、はるかに効率よく、正確に物質を操ることができる。
分子の構造をイメージするだけで、どんな現象だって引き起こせるはずだ。
絶望するアンナの前で、僕はにやりと口元を緩めた。
手のひらの線香花火を握りつぶし、力強く顔を上げる。
「何とかなりそうだよ、えっと、アンナ!」
「ええっ……!? あ、あの、エクス様……?」
自信に満ちあふれた僕の言葉に、アンナは涙をためたまま、きょとんとして固まっていた。




