第七話 近付いて、離れて その四
「……ルビナ、キーヤ」
「はい!」
「何かご用ですか?」
「……私が女性と触れる事に慣れられる様、側に居てくれる事、それは有り難い」
「はい!」
「ありがとうございます」
「……だが……」
長椅子で本を読む私。
そして膝の触れるか触れないかの距離で、私を挟み込むルビナとキーヤ。
「ここまで近く座る必要はあるのか」
無いよね?
両側から花の様な果実の様な甘い匂いが漂って、くらくらしそうなんですが。
「ですが、以前読んだ本によりますと、側に居る時間が長い程思慕の情が高まるそうなので、ディアンさんの女性への気持ちを変えるにはこれが一番です」
「私もかつて囚われていた辛い思い出が、ディアン様と一緒にいる事で辛くなくなったので、同じ様に出来たら嬉しいです」
断り辛ぁい! 特にルビナ!
しかしこのままだと、借りた本の内容を確認する作業に差し支える!
「そうだ。ルビナ、揚げ鳥は知っているか」
「揚げ鳥、ですか?」
「ふと食べたくなってな。昼食に頼めるか」
「分かりました! スフェンさんに聞いて作ってみます!」
「キーヤは揚げ鳥は知っているな」
「は、はい。ですが作った事は……」
「それでもどんな物か、どんな味か、知っている事を伝えるだけでもルビナの助けになる。頼めるか」
「分かりました!」
よし、これで二人を厨房に行かせれば、この甘美な地獄から解放される。
「美味しいのを作って参りますね!」
「が、頑張ります!」
二人が張り切って厨房へと向かうのを見送って、ほっと息を吐く。
よし、本の続きを確認するとしよう。
……本の確認は順調に進んでいるのに、何だか落ち着かない。
居ないのが分かってる筈なのに、何度も本から目を上げてしまう。
……まさか二人が側に居ない事を、寂しいと感じているのか私は……。
「……馬鹿な……」
そんな筈は無い。
私は元々人と深く関わらない様にしてきた。
それを当たり前にして生きてきたじゃないか。
孤独を愛する、なんて格好良い物じゃ無い。
私自身の価値が薄く、相手にされないだけだ。
「……様子を見に行くか」
何かに言い訳する様に呟くと、本を置いて立ち上がる。
そうだ。ルビナがいくら賢いとしても、人の世界に慣れていない。
不適切な知識に触れないか見守らないといけないし。
キーヤも侯爵家で令嬢として育った身だ。
高飛車と気位は別物だと知り、反省したとは言え、意図せず何か余計な事を仕出かさないとも限らない。
そう、私はその為に様子を見に行くのだ。
決して寂しさを紛らわせる為では……。
「まぁ! 口づけとはその様な意味を持つのですね!」
「そうなのです! 愛する殿方から与えられる口づけは、乙女の憧れなのです!」
「以前演劇で、最後に口づけをしていたのはそう言う意味だったのですね!」
「いずれ、私も……!」
ほぉらやっぱりそうだったあああぁぁぁ!
私は間違っていなかった!
「パイロープ様。ナイトル様。淑女の話としてはいささかはしたないですな」
「あ、そうなのですね」
「も、申し訳ありません! お料理をしながら話していたら、つい……!」
流石スフェンさん! ルビナの礼節の師匠だけの事はある。
「淑女らしく慎みをお持ちください。部屋でもオブシ様にすり寄っていましたが、あれは頂けません」
おお! おお! 言ってやってくださいスフェンさん!
「同じ部屋の中に居て、時に近寄り、時に離れ、自分からは求めず、しかし常に求めに応じる姿勢を保つのです」
「はい!」
「分かりました!」
……何だか不安を感じる。
「ディアン様も見ておられますよ」
「あ、ディアン様!」
「えっ、あ、その、失礼しました!」
……スフェンさんめ。私が来たから嗜める側に回ったな?
様子を見に来て正解だった。
来なかったらどうなっていた事か……。
身震いしそうな恐怖を押し殺して、私は軽く手を振ると、居間へと戻った。
君のような変に勘のいい貴族は嫌いだよ。
読了ありがとうございます。




