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2.寵愛 ※

「ゴールデンウィークに旅行って言ったら普通あっちで観光とか、温泉行くとかって思うだろ! なのにこっちに……しかもゴットの屋敷なんかで、なんでまた一週間も──そんな暇があったらとっとと俺んとこにくりゃいいじゃないか!」

「だってお仕事忙しそうだったし。それに、陛下のお仕事を一度そばで見てみたかったんです。今日は菜月さんと二人でずっと、ネリネちゃんのそばについてたんですよ。全然気づいてなかったでしょう」

「……気づくわけねえだろ」


 眉間にしわを寄せ、婚約者を見上げる。

 周囲の人間全てから仕組まれていたらしいサプライズに、えらく複雑な気分になる。だまされていたことに気づかなかった自分が何だか情けない。だが、目の前にいる人物が本物であることを理解して、じわじわと喜びがわき上くがって来た。


「とりあえず、こっち来い」


 立ったままの彼女を手招く。近づいて来た侍女姿を無遠慮にじろじろ眺め上げ、腕を強引に引っ張った。きゃあっと声を上げた彼女を無理やり膝の上へ乗せる。


「ちょ、ちょっと! 陛下」

「『陛下』はもういいよ。名前で呼べ」


 じたばたしている彼女を抱いて、その耳元で甘くささやく。


「ほら。名前、呼んで」

「こ……こうたさん」


 彼女が小さくつぶやくと、若きソリダゴ国王こと康太は唇に笑みを浮かべた。


「すっげえ気が楽になった」


 学生時代からつきあっている彼女にいつもの名で呼ばれ、心の底からほっとする。婚約者──理乃を抱き寄せ、間近で顔を確かめた。薄く侍女風に化粧した顔が照れた様子で自分を見返す。


「な、なんですか」

「仕事、どうだった? 惚れ直したか」


 にやっと笑ってささやいてやると、理乃は恥ずかしげにうつむいた。


「──かっこよかったです」


 予想以上の返事に笑って形の良い耳にキスをする。朱を刷いた頬がさらに赤らみ、何だかとても初々しい。まとめた髪と白いうなじが真面目に勤める侍女らしく、やはりいつもと雰囲気が異なる。

 彼女がそばにいる喜びが欲情と共に突き上げて、康太は膝の上の彼女を力を込めて抱きしめた。


「えっ、ちょ、康太さん! なにを」  

「なにって、まずここで一発やるに決まってんだろ。うわ、新人の侍女に手ぇ出してるみたいですげえ興奮する」


 早口でそうつぶやくと、見上げて来る顔に顔を寄せる。濡れたようにつややかなピンクの唇を唇でふさいだ。その懐かしい感触になけなしの理性が一気に吹き飛ぶ。

 何しろつきあっていた頃は毎日のように彼女と会い、朝まで腕に抱いていたのだ。今は仕事に相殺されて禁欲生活を送っているが、いざ目の前に相手を見ればたまった欲望が爆発する。


「んー‼ んんんん」


 理乃は心底恥ずかしそうにドレスに包まれた体をすくめた。嫌がっている風ではなく、どうやら照れているらしい。一旦唇を解放し、視線を合わせようとするとさらに両頬を染めた上、あわてたように瞳をそらす。

 康太は首をかしげて尋ねた。


「どうしたんだ? 力抜けよ。さっきから何緊張してんだ」

「ち、ちが……ちょっと、昼間見た時、いつもとギャップがあるなって……今、そのままの格好だったから、なんか恥ずかしくなって」


 動揺しきった声で言われて、あまりに意外な相手の返事に思わず目をしばたたいた。

 どうやら礼服を着崩した今の自分が見慣れずに、肩を縮めているらしい。すでに脱ぎかけではあるが、今の自分は緊張するほどきちんと身なりを整えているのだ。意識されていたことに気づいて一気に喜びが込み上げる。

 康太は笑いを浮かべると、いったん彼女の体を離して座っていたソファから立ち上がった。真顔でいずまいを整えた後、正式な婚約者に対するように礼儀正しい身ごなしで胸に手を当て、口を開く。


「──姫、ご機嫌うるわしく。無事息災の様子を私も大変喜ばしく思います。愛しい姫の滞在はこの身にとってこの上ない光栄──とでも先に言っときゃよかったか?」

「えっ」


 唐突に見せた外面に、背中を硬直させた彼女を再び強く引き寄せる。


「あっちょっと……こうたさん!」

「一刻も早く愛しいあなたをこの腕の中に抱きしめたい。……これでよろしいですか」


 口元をゆるめて尋ねると、理乃が赤らんだ顔をそむけた。


「や……やめてください、そんな……!」


 言われた言葉に余計にそそられ、ぞくぞくと欲情が突き上げる。


「それじゃ、脱がないでこのままやってやる。いつもより余計に興奮するだろ?」


 くすくす笑って彼女を見やり、真っ赤になって声を失うピンクの唇にキスをした。仕事姿の彼女とそのままいけない気分を満喫し、その後は奥の私室に連れ込む。婚約者へ愛を示しつつ、たまりまくったストレスを欲情と共に解放した。

 嫁入り前の娘の身なのに嫁入り先にまで呼び出された娘は、今後も王の心のケアを担当させられるはめになった。


     *

 

「……ネリネちゃんのお誕生日にまた招待されたんです。ボーイフレンドのリーキ君をこっそり見せてくれるって。侍女としてですけど、行っていいですか?」


 広いベッドの上に寝そべり、素肌のままの寵姫を抱いてイチャイチャしながら一日を過ごす。そんな甘く理想的な休みを康太が満喫していると、理乃がふと顔を上げて言った。乱れた髪が背中に流れ、いつにも増して色っぽい。

 ピロートークでの彼女のおねだりに、康太は渋い顔をした。後見人だった家のことだしその身に心配はないだろうが、一貴族の娘のネリネと親しすぎるのはよろしくない。未来の妃である以上、いずれは他の諸侯から不平不満を招くだろう。

 そんな自分の心情をわかってか、理乃はにこっと笑って続けた。


「輿入れ前にお邪魔をするのはこれでもう終わりにします。──今回、陛下の接見の準備を菜月さん達とお手伝いしてたんです。シキミア領自治区における保護貿易の見直しについて、ギルド側の内情を調査するために……ネリネちゃんのお屋敷にギルド長の親族がいて、密かにそのつてをたどって。ですが、やっぱり閉鎖的な地域性のこともあって、菜月さん達も短い期間じゃ話をまとめられなくて。私の滞在にかこつけて、もう一度調査したいんですって」

「──はっ?」


 ピロートークとほど遠い、まるで宮殿の会議室内で語られるような言葉の羅列に、康太は彼女を見返した。たった今まで本能のみで使用していた脳みそが、どうやら仕事用らしかった語句を完全に拒否している。


「なんだって?」


 その顔をまじまじとのぞき込むと、彼女は花が開くように笑った。


「ですから、シキミア領自治区における──」

「あ、悪い。やっぱいい。こんな状況で聞きたくない」


 ピンク色の唇から漏れる政治用語に首を振る。しなやかな腰を再び抱き寄せ、康太は深くため息をついた。


「普通、この状況だったら『バッグ欲しい』とか『旅行連れてけ』とか……そういうことを言うもんだろ! なんだその執務室で聞く調査報告みたいな話は‼」

「あっ、旅行は行きたいです。やっぱり本を読んでるだけだと地域の情報が覚えられなくて。クロトンも実際に行くのと行かないのじゃ全然違うって言ってましたし、その土地の方との交流が──」

「わかった、もういい。やめてくれ。後でまたちゃんと考えるから……」


 それだけ言って、ふかふかの枕の上に頭を落とす。仕事の話は休みの後の会議の際で十分だった。

 くすっと笑って自分を見下ろす愛らしい顔へ目を向ける。いつものように頭を引き寄せ、唇で柔らかい唇をふさいだ。濡れた感触をしばらく味わい、やっと萎えかけた気分をもどす。

 流れる彼女の髪をすき、康太は苦笑いして告げた。


「旅行っていうか半分仕事だけど、結婚した後、落ち着いたら国中を回って見せてやる。まあ、今回の休みでお前に子供ができてたら無理だけど」


──そしたら卒業式を待たずにそのまま出来婚で輿入れだ。


 甘い期待を込めて見やると、理乃は再びにっこり笑った。


「ああ、それは大丈夫です。ちゃんとお薬を飲んでますから。一応外聞もありますし、避妊にだけは気をつけてって菜月さん達にも言われてます」

「……」


 やはり周囲の人間に色々吹き込まれているようだ。案外しっかりしているらしい彼女に思わずため息が漏れる。

 臣下の顔まで思い出し、休みの後に山積みだろう公務のことを連想する。完全に萎えてしまったものはしばらく元気を取り戻さなかった。


     *


 後日、離宮の周辺で「陛下が夜会で見初めた侍女を部屋に連れ込み、手を付けた」との噂がひそかに流れたが、相手がどこの娘であるのか、それは誰にもわからなかった。

今までありがとうございました。

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