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7.再考

「わかった。私ももう一度考えてみる。……この結婚はあなたからすると、『悪くはないけど安売りするな』って感じの話なのね」

「正確に言えば、『もっと高く売れるんだから、三倍に値をつり上げろ』って感じですかね。あなたが結婚の準備と称して国で三年くらい焦らせば、ソリダゴは持参金をよこせどころか、こっちに支度金をよこして来ますよ。──なのにお人好しなあんた達王家は、向こうから婚約を打診されたとたんにもろ手を挙げて賛成するわ、あっさり王子の言いなりになって都合の良い女扱いされてるわ……。家族そろってそののんき過ぎる性格は、もうちょっとどうにかならないんですか」


 つけつけとそう締めくくってくれた家臣の手厳しい忠言に、理乃は首筋まで熱くなった。身内に彼氏といる所を見られ、しかも都合の良い女よろしく尽くしているのを指摘されるとは。確かに言われた通りなだけにもう反論する気にもなれない。

 康太と別れた直後から震え続けるスマホを思い、さらに気分が重くなる。しかし、ここで考えなしに彼からの電話に出てしまい、今の思いをぶつけてしまったらもう痴話ゲンカどころでは済まないだろう。理乃はポンコツではあるが、師匠譲りのリアリストなのだ。

 と、その時、理乃はスマホがすでに静かなことに気づいた。ふっと目線を奥に向けると、食事を済ませたらしい和斗がその手にスマホを持っている。ちらちらこちらを眺めているので、どうやら相手は理乃のスマホを直前まで鳴らしていた人物らしい。いい加減腹にすえかねて、連絡先を理乃本人から和斗に変えてみたようだ。


「それじゃ、そろそろ私は帰るわ。明日の準備もしなきゃいけないし、なんだかちょっと疲れちゃった」


 理乃はそう言って立ち上がり、奥の和斗へ手を振った。引き留められるかと思ったが、にこっと笑って手を振り返される。あっちも主君の命令に簡単に従わない人なので、少しだけ肩の力が抜けた。

 コーヒーを片手にクロトンが続けた。


「まあしばらくはこっちにいますので、何かあったらまた声をかけてください。遠目に観察してますよ」


 監視ではなく観察なところがこの教育係の言葉らしい。理乃は最後にため息を吐き出し、和斗から再び矛先をもどしたスマホの振動を無視した。


     *


 しばらくはそんな状態が続いて、理乃は康太と会わなかった。一応菜月にも相談し、今まで真面目に参加していた部活を初めてサボってしまった。康太どころか全ての部員から心配そうなラインが届き、理乃は心底申し訳なかった。だが、康太以外の部員達にはきちんとわびの返事を送り、「風邪気味なので休ませて欲しい」とすぐ復帰する旨を伝えると、快く了解してくれた。

 康太は初め、ストーカー並みにスマホに着信履歴を残し、何とか理乃と顔を合わせて状況を打開しようとしていた。しかし、クロトンとなぜか和斗の二人が彼を押さえてくれて、理乃に考える時間をくれた。何しろ康太に告白されてから婚約まであっと言う間だったのだ。その上ぐいぐい押して来る浮かれ気分の彼のせいで、同棲は時間の問題だった。

 多分、和斗の冷静な判断は菜月の意向もあったのだろう。こちらで理乃の姉代わりになり、色々と相談にも乗ってくれていた彼女は理乃を案じていた。色ボケしている康太が理乃を囲い込むように迫ったり、結構本気で既成事実を作る方法を考えたりと、危なっかしい動きを取るのを心配してくれていたらしい。


『ごめんね。あの人、今ちょっと舞い上がっちゃってるみたいで。こういうことに免疫なくて浮かれちゃってるみたいなの。こっちも何とか考えるから、理乃ちゃんも少し距離を置いて。何でも言うこと聞いちゃダメ』


 康太の行動を相談すると、電話口でため息交じりに語った。


『普段は結構冷静だし、話がわかる人なんだけど。周りにもずっとせっつかれててやっとできた彼女でしょ? ──こっちじゃお祭り騒ぎになってて。帰る時一緒に連れて来いとか、式と同時に結婚しろとか、余計にあおるようなこと言われてるのよ。少し落ち着けばもとにもどるから』


 優しく告げる菜月の声音に、理乃は涙が出そうになった。

 二人の仲を寿ぐ声がうれしくない訳では無論ない。未熟な自分を望んでくれる言葉は本当にありがたいと思うし、自分も祖国の期待通りに役目を果たせることはうれしい。だが、あまりにも性急な相手と相手の国に引いているのだ。今考えて見れば冷静に康太との間に割り込んで、改めて考える時間をくれたクロトンの存在はありがたかった。

 自室でなめこのぬいぐるみを抱え込みながら思いにふける。前に置いていたスマホを手に取り、ラインの画面をそっと開いた。一日三回に減った康太のラインに黙って目を落とす。

 しばらくそれを眺めた理乃は、唇を引きしめて画面に触れた。


『明日は部活に参加します。その後、時間がありますか?』


 ラインを送ると、すぐに返事が来た。理乃はぬいぐるみを抱きしめた。


     *


 いつも通りにジャージに着替え、いの一番に道場へ顔を出す。と思ったら、すでに厳しい顔つきをした部長が準備を始めていて、理乃は一瞬のけぞった。


「お……おはようございます」


 康太はまるで試合中のような立ち居振る舞いで振り返り、その口元を引き結んだ。


「──ああ」


 怒って見えるというよりも、緊張している精悍な頬。つられて理乃も肩が固くなる。


「か、和斗先輩は、今日も仕事ですか?」


 どうにか相手へ会話を振ると、康太は無言でうなずいた。まるで異種格闘技戦の立ち合いに無理やり引きずり出された気分だ。

 とりあえず普段通りを意識し、機械的に仕事を進める。二人の間の張りつめた空気に集まって来た部員がぎょっとした。異様な緊張感の中、身を縮ませて稽古をしていて理乃は心底申し訳なかった。アホな痴話ゲンカに周囲を巻き込むとは、何てはた迷惑な部長とマネージャーだ。


──とにかく真面目に仕事をしよう。後で差し入れのフォローもしよう、費用は部長と折半で。


 王女らしからぬセコい考えで(こういうところは師匠譲りだ)、今後の精進を決意する。あっと言う間に部活が終わり、逃げるようにして去って行く部員の背中を見送りながら、理乃は前回同様にバケツを片手に道場へもどった。


「あ」


 同じく前回同様に、道場の真ん中で立っていた険しい顔の康太と目が合う。理乃がバケツを所定の位置へもどすのを無言で眺められ、緊張で顔が引きつった。肉食獣に狙われている草食動物の気分を味わう。

 マネージャーとしてやることが終わり、ついに康太へと向き直る。道着姿の彼の存在がいつも以上に大きく見えて、その迫力に怖じ気づいた。でも、どうにか思い切って口を開く。


「あの、ちょっとお話が……」


 康太は一瞬目を伏せて、だが力強くうなずいた。


「わかってる」


──果し合いでもする気かな。


 古武士のような彼の姿に、ぼんやりそんなことを思う。一時期理乃がネットでハマった時代劇の主役に見えて、場違いにもちょっとだけ萌えた。


「えーと……立ち話もなんですし、とりあえず座って話しませんか」


 理乃がそう言うと、隙のない動作でそのまま床に正座する。どう見ても時代劇のサムライだ。相手が正座をしてしまったので、理乃も仕方なくその場に正座した。いまだに正座は苦手なのだが、さすがに今それは言えなかった。

 理乃はおずおずと口火を切った。


「あの。少しお休みを頂いて、私も私なりに考えました。先輩の立場もわかりますし、私も一国の王女です。それなりの覚悟は持ってましたし……それに、やっぱり」


 ほんの少しだけ目線を下げる。


「先輩が好きです」


 一度だけため息をつき、康太と会わない間にずっと考えていたことを口に出す。


「たとえ先輩が結婚をあせって私を選んだんだとしても、それは喜ぶべきことじゃないかと。切羽詰まって決めたとしても、縁は縁だし、悪くないかって。ですから、改めてこの縁談はどうかこのまま進める形で──」


 ぼそぼそ言葉を重ねた理乃は、あまりにも相手の反応がないのでどきっとしながら顔を上げた。


──もしかして、「もったいぶりやがって」とか逆に思われて愛想つかされた?


 そう考えて康太を見ると、相手は口を半開きにしてたれ目をまん丸く見開いていた。


「──はっ?」


 それだけ言うと、絶句している。

 サムライからハニワに格下げになった残念な彼氏の間抜け面に、理乃は大きく首をかしげた。


「どうかしましたか?」

「どう──どうって──それは……」


 康太はそこまでつぶやくと、悶絶するように頭を抱えた。低くうめき声を上げて続ける。


「……ちょっと待て。お前、もしかして、俺が結婚相手に困ってお前に手ぇ出したとか思ってんのか?」

「え、違うんですか」


 理乃がきょとんとして言うと、噛みつくように叫ばれた。


「違う‼ なんでそうなるんだ!? 確か初めに言ったはずだぞ、好きになったのはお前が王女だって知る前だって。損得とかは関係ない、そのままのお前が欲しかったって──都合がいいだけの話だったら三年前に打診してたわ‼」

「え? だったら何でこんなに急ぐんです? 戴冠式が近いから、周りに責められて焦ったんじゃ」


 理乃が尋ねると、康太はぐっと次の言葉を詰まらせた。見る見るうちに赤くなり、そっぽを向いて唇をとがらせる。


「……だと思ったんだよ」


 あまりにも小さなその声に、理乃は耳へと手を当てた。


「はっ?」


 思わず言葉をうながしてしまう。康太はヤケクソのように叫んだ。


「う……運命だと思ったんだよっ‼ こっちで一目ぼれした新入生が、同じ世界のしかも王女だろ? どう考えても舞い上がるだろうが‼ むしろ運命だと思わないのか!?」

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