8話 幕間 美しい遺体
女は胸を抑えながら床を転がり、しばらくすると動かなくなった。
彼女の世話を焼くはずの禿たちは使いに出されており、二間続く座敷には彼女とそれを見下ろす男。そして、もう一人美しいの女が男の後方に控えているだけである。
襖戸は閉ざされており、しんと静まり返っている。
男は震えている。
少し間をおいて、震えながらもゆっくりと美しい女に向かい振り返る。
女に見られてしまったのだ。よりにもよって自らが慕っているこの女に。
「あら、怖い。わっちもこうなるのかしら。」
言葉と裏腹に女は落ち着き払って男を見詰めている。
女のどこまでも澄んだ瞳で見詰められれば、男は途端に痺れ、体の自由を失ってしまう。
「毒は二種類あるのかい。・・・あんた、わっちや東雲、他の花魁方にも盛ってただろ。」
男は悲しそうに下を向く。
「良いんだよ。わっちも東雲も未だ死んではおりんせん。あんたが加減をしていたからだ。」
女は歩み寄ると、男の頬に手をあて女の方へと優しく顔を向けさせる。
「おや、あんた、わっちが怖いかい。・・・いや、惚れてくれておりんすか。嬉しい。」
女は桜色の唇を男の唇に重ねた。男は目を見開き女のされるがままになる。
「わっちと黄泉の旅路に出てはくれないかい。」
女は男の懐から薬瓶二つを取り出すと、そのうち一つを開けて口に含む。
そして、うっとりとした瞳を向けて、再度男の唇へと己の唇をあてがった。
舌がねっとりと男の唇を割って入ってくる。あがなう事は出来ない。
それは、常に男が夢見ていたことであったからだ。
男は女の舌を堪能しながらゆっくりを意識を失っていく。
倒れた男を確認すると女は酒で口をゆすぎ、男に向かってはき捨てる。
二つの薬瓶は袖に仕舞われた。
「・・・あんたが、姉さんを殺めたんだね。」
少し男を眺めていたあと、女はそこに転がる女と男を並べて、床の間に活けられていた芍薬の花で飾りつけ始めた。
どこから見ても異常な光景が出来上がっていく。
女の緋縮緬の赤と白い肌、男の利休鼠の着物に芍薬の花がなんとも幻想的にその場を彩っているのだ。
狂気に彩られた三雲と留吉の遺体は、夕刻に使いから戻った禿たちによって発見されることだろう。
女は、静かに遺体の飾られた座敷を後にした。