微睡の白
――『夢』を見た。
東京からの帰り道。特に京都のK市からT市の自宅への帰り、鴻野日芽――ヒメと呼ぶ幼馴染の、その執事の運転する車の車内。
「……ナツキさん? もう着くよ?」
「ぁあ……、寝てた、か……」
つい習慣的に手を伸ばすが、突き当り、ここが車内であることを改めて思い出す。この旅だけでいったいどれだけ骨を折っただろうか、ここにきて疲れが出たのかもしれない。
それにしても……
「ナツキさん、どうかした……?」
「いや、」
ヒメがやや不安げな表情で俺の顔を覗き込んでいた。無意識の媚態。あざとい。しかし純粋に美人であることも認めざるを得ない。
奇妙な『夢』だった。
記憶の及ぶ、一番古い場面は――あれは、センラでもメイナでもなかったか。
誰か、いや、確かに狼少女だったようだ、が。……いや、姿の詳細まではやはり覚えていない。もやのかかった不透明の記憶に、そこまで証言じみた確かな映像は期待できないようだ。
(狼娘、ねぇ……)
ここ最近、どうにも頻繁にそれらに会ったためか。まさか夢にまで出てくるとは。もはや病気レベルの感覚だが、狼少女が身近に居ることに違和感が無くなってきた。
その記憶に辿る彼女の姿は薄い色の和服だったと思う。センラはそもそも記憶を失っているが、彼女は少なくとも和服を着る常識を持ってはいなかった。
それに、そもそも頭のあの狼耳に見えたのは、そう錯覚しただけでただの大きなリボンだったかもしれない。はっきりしない記憶であるし、夢となると最近真っ先に印象の残るセンラの容姿が混ざったとも考えられる。そうであるにしても、夢に知らない女性が現れるのは――
彼女は何と言っていたか……。
――駄目だ。思い出せない。
突然の慣性が平衡を崩す。考え耽っていた身にはやや驚いたが、反射的なバランス感覚で十分対応できるだけの程度だった。
どうやら家に着いたらしい。家とは言っても自宅、俺の方の家である。
簡単に礼を述べ、それから車が見えなくなるまでは一応見送っておいた。特にその行為に深い理由はない。
では、俺は俺で自分の生活に戻るとしようか。
――一つ。未解決の問題が残っていたが。
懐かしい匂い。
いつ以来だなんて想像できない。というのも、そもそもちゃんとした記憶がない。感想はただ感覚的なもの。
そして微睡み。
この、意識のしっかりしない、状態は好きだ。とても『目を醒ます』ことはできないのだろうけれど。
柔らかい。
……あたたかい。
幻想的な雰囲気を作るもっふもふは私の尻尾か。夜や冬には寒さをしのぐ機能がある。そして眠るときもまた、心地よい。
ご主人にといてもらうのが好きだ。ここしばらくそれもなかったような気がするけど……。はて、どうしてだったっけ?
この暖かさは尻尾の防寒作用だけではないみたい。布団……かな?
心から落ち着けるこの空間。いつものこの空間。
まだ、自然に、スーっと溶けるように意識がなくなるまで、このままでいよう。深い思考は苦手。なによりもいまこの場には在りえない。
「――――……姉……」
……――――、 。
今……?
このコ、私を……?
記憶はないんじゃ……? いや、どうなの? そう見えていただけ?
「――ねえ、×××……?」
反応はない。完全に熟睡しちゃってるわね……。
そういえば、今は『センラちゃん』だったかしら。そう呼びかけないと分からない?
どちらにしても、私もウトウトしてる場合じゃなかったわ。サプライズ(大バレ確定済み)っていうのを忘れていた。
このコの寝顔は変わっていなかった。どんな些細なストレスをも感じさせないで、習慣として彼女の中に根付いていたのか、防寒の意味と安心の意味で、尻尾を抱えて寝る習性。
――ていうか。ソレ、私の尻尾なんだけど……。




