白と黒と海
センラは何があったのか分からないが、今はただ寝ているだけのようだった。
だが、ヒメは正真正銘の重症だ。命に別状はないらしいということだが、出血量が多すぎて意識が安定しないとのことだ。
「…ていうか。いつまで寝てるんだコイツは……?」
ここは病院の緊急手術室前の待合場だ。
俺に憑いている幽霊の雁啼は、割と高いクオリティで実体化することもできる。こちらは正真正銘|(?)生者である俺が存在権利を握っていることで可能になったわけだが、彼に頼んでおけば、別ルートで熟睡するセンラを連れてくることもできた。
別ルートということでセンラはタクシーで病院まで来た。というのも、俺がヒメの運ばれる救急車に乗って来たからだ。
あのセンラの色違いみたいな狼少女のメイナは、どうやら姿が見えない間に色々と手を回していたらしい。何をどうしたのか知らないが、ヒメが『拳銃で襲われて怪我をした』という、正しいには正しい情報で緊急手術に掛かることができた。
しかも、しっかり話が通っているようで、俺はテキトーに相槌を打つだけでよかった。
メイナは、彼女の仕えていたと思われる『ナキサワ』と言う名の男と縁を切ると言っていた。主従関係にあったものと予想していたが、その言い方からしてメイナは認めたくなかったらしい。
おそらく今頃、彼の方は駆け付けた警察なりに捕まっているだろう、と、左程気にすることはなく想像していた。メイナを信用しているし、まず少なくとも嘘を吐いたような匂いはしなかった。
ふと、何気なくセンラの方へ目が行く。
「――んんぅ……」
ここのベンチは彼女にとって、あまり寝心地がよくないらしく、壁に凭れていたのから姿勢を変えてこちらへ寄り掛かってきた。
サラッとうまく引っ込んだ雁啼が再び興奮気味に出てこようとしたようだが、解放するわけにもいかない。
「帽子ズレてんぞ…」
硬い生地の帽子の下には大きなオオカミミが隠れている。その為か無意識のうちに脱げやすくなっているのかもしれない。まあこの場で見せびらかすわけにもいかないが。
そういえば、向こうの彼女は『センラの姉』とのことだったが、メイナの方もそういったことを試行錯誤していたのだろうか。
メイナはぐずぐずの山道を歩きながら、手に持った二つの携帯端末の電源を切った。
「…『センラちゃん』ね…。…まさか、また会えるだなんて……」
メイナはやや薄暗い木立が続く湿っぽい土の道を進む。その表情がどこか楽しげなのはそういう理由があるからだろう。
この街は『実験都市』という話だが、この手の本物の自然はまだ排除していないらしい。それともこれも何かの『実験』なのかもしれない。
「あの子を見つけられたなら…。もう『とりあえず生活を確保する』必要も…ない…わ、ね……」
歩みが止まる。遠目に分からない程わずかに、彼女は震えていた。
誰も見るものはいないが、メイナは隠れるように木陰に倒れるように足を止めた。
(マズ…、傷が……?)
やや着崩した修道服モドキの裾から赤く鉄臭い液体が滴っていた。
(そもそも…『アレ』は……)
メイナが思い出していたのはセンラを制圧しようとしていた時の事だった。
彼女は記憶を失っているセンラとは違う。
彼女達のほぼすべてを知っていた。
一つ知らないことは、なるべく傷つけずに|(ただしメイナの『能力』があってこそだが)センラを制圧してから、完全に油断しきっていた時の『アレ』だけだろう。
「…まだ……『後始末』が…、終わっ、て…ない……」
疲労に重たい身体をどうにか起こし、さらに疲労を溜めることになるが、『狼化』する。
辺りに来ていた衣類や荷物が散らばるが、これも体積が減る仕様である。ついでに空間的に重なってしまった場合は、自分以外が幾らか距離をとり直して放られる。
そこに原理の追及はない。生まれた時から身に着けてきたことに、原因の解明までを済ませはしないものである。
メイナは再び『人化』する。これで傷はある程度の割合で表面上に留まることになる。一時的に出血を抑える効果はあるだろう。
「…うぅ……」
どうにか修道服モドキを着直すと、再び背の高い木に凭れ掛かる。いや、というよりも、よろけた拍子でそのまま木を支えにしたという表現の方が正確だが。
ここまでくると、メイアはあと細工に使った二つの携帯端末を処分するだけだ。そのまま持ち帰って処分できる状態まで処理を施してあるので、実質的には後帰宅するだけなのだが、さて、ところで?
「――あァ……?」
哭沢戔虎は、とうに誰も去ってしまった古屋敷の玄関フロアに一人残されていた。
あの奇怪な能力をもった少年に外された関節は、とうに自力で回復していた。だが、彼が顎で使える関係にあった筈のメイナは、それも当然のように見込んで彼の手と柱を手錠で繋いで行った。
「『式』か…」
哭沢は溜息交じりに言うが、何か意味があるわけではない。ひょっとすれば会話にもなっていないかもしれない。そもそも『ソレ』は聞くための器官も必要とせず、その目的は―――




