天女の神楽舞
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夢乃や橙子を始めとする紅梨のクラスメイト達も待ち合わせて初詣へとやって来たようだ。
「皆、あけおめ〜」
「おう、おめっとさん」
「明けましておめでとうございます」
皆、気合いを入れて振り袖姿である。もっとも普段から着馴れない服装なので草履で靴擦れを起こしたり、帯が苦しそうでだ。
「あうう〜、誰に見せる訳でも無いのに何で着て来ちゃったんだろう…」
「そういうなよ。アタシみたいなデカイのになると似合う似合わない以前の問題なんだからよ」
着るまではかなりテンションが上がっていたようだが現実は厳しい。背が低ければ七五三みたいだが、橙子に至っては帯の上に胸が乗っかってしまっている。
「ああ〜、それにしても歩き辛ぇなぁ…。布地が纏わり付いて歩幅が…」
「ファッションモデルなんて背が高いのにピシッと歩いてますよ」
「イイよねぇ、夢乃は。お嬢様だから堂に入ってて」
「それはもう、徹っっ底的に叩き込まれますから。良ければご一緒なさいます?」
「え…遠慮します」
石段を登るのも一苦労だ。皆、夢乃の仕草を真似ながらゆっくりと進んでいく。手水で浄めるにしても手を濡らしてしまってから慌ててハンカチを探りだす始末だ。予め胸元の袷に挟んでいた夢乃とは経験が違う。
「フゥ…。やっと着いたよ〜」
本殿前に漸く辿り着いた一行は二拝二拍手一拝の作法に倣い、それぞれの願を掛けていた。
「今年こそは彼氏が出来ますように。格好いい彼氏が出来ますように」
若干一名、思い切り口から漏れ出ていたが。どれだけ必死なんだ…と引き気味の視線に気付いて恥ずかしくなったのだろうが、どうも皆の視線は自分の更に後方に集まっているようだ。
パアァァァンッ!パアァァァンッ!
境内全てに響き渡るような音に振り向くと、そこには学園の女教師(28・独身)の姿があった。その凄まじいまでの気合の入れ様に彼女の怨念が滲み出ていた。
「アハ…アハハハ……」
ああは成りたく無いと頬を引き吊らせて願事の変更をするのだった。
「さて、何処から廻ろうかぁ?」
「そうだな、リンゴ飴にイカ焼き、タコ焼きに焼そば。かぁ〜、迷っちまうな」
「流石に女子としてタコ焼きや焼そばはちょっと…」
「イカ焼きもタレがかかると怒られるしぃ〜」
やはり少々色気付き始めた少女達には歯に青海苔が付いたり串から食い千切るような真似はOUTなのだろう。
「チェッ…。じゃあ何食うんだよ、チョコバナナか?」
「「「それは一番やっちゃダメッ!!」」」
どうも男兄弟に囲まれて育った橙子には微妙な女子としての機微は理解し難いようだ。
「まぁまぁ、それよりもまずは御神籤でも引きませんか?」
夢乃の提案で一同は社務所へと移動する事にしたのだが、絵馬や御守りなどを買い求める列の内、真ん中の列だけがやたらと長い事に気付いた。
「何でだろ?要領が悪い巫女さんでも居るのかな?」
夢乃達は左右の列に別れて並ぶ事にしたのだが、改めて見ると真ん中の列には主にお年寄りとテンション高めな若者が多く並んでいて、それ以外が左右に並んでいるらしい。
若者は当たりでも引いたかのように喜んでいるし、お年寄りは何やら有り難がるように拝んでいるので回転率が悪いようだ。
その理由は夢乃達が先頭へとやって来た時に判明する。真ん中の巫女さんは他の巫女さんよりも幼く、どうやら自分達と変わらない年齢のようだ。
恥ずかしそうに頬を染め、辿々しく接客する姿が初々しい。
「神子様、今年も宜しくお願いしますじゃ」
「ハ…ハイ。ようこそ御詣り…です」
緊張の為か、若干声が裏返っているものの、何か聞き覚えがあるような気がする。いや、その煌めくような銀色の髪を見間違う訳がない。
「何で貴方が其処にいるの?」
「エッ…?あ…皆さん。明けましておめでとうございます」
「おいおい、アタシら放っといてバイトかぁ?まさかそんなに家ヤバイのか?」
「いえ、バイトというか…強制労働?」
夢乃を除いた全員が「…?」な顔をしている。まあ仕方が無いだろう、誰もこの神籬神社が紅梨の実家だとは知らないのだから。
「何だぁ、お家のお手伝いなんじゃない」
「成程なぁ。それじゃ確かに初詣は出来ないよな。悪かったな」
「あれ?私達毎年御詣りに来てるけど、見かけた事無いよね?」
「……あ、それは…」
紅梨が僅かに言い澱む。それは仕方がないだろう、去年までは別の場所に住んでいて、やまれぬ事情の為引っ越してきたのだから。
だがその事情は夢乃以外は知らない。
「皆さん、他の方の迷惑になりますから其処までにしましょ。紅梨ちゃん、御神籤を引きたいのですが」
「あ、ハイ。こちらに」
「ああ、そうだ。アタシらそれで並んでたんだった。良いとこ頼むよ」
「お寿司屋さんじゃ無いんだから…」
夢乃のフォローで目的を思い出したようだ。唯でさえ特定年齢の参拝者で溢れている紅梨の列が漸く進む事になる。
「ふ〜ん、成程ねぇ」
「チェッ…。ついて無ぇや」
「フフフ、これで勝つる」
どうやら結果は悲喜こもごものようだ。ところで、一人は何と戦っているというのだろうか?
その後、一同は振る舞われているぜんざいや甘酒を堪能した後、それぞれの目的となる露店へと脚を向けた。
この神籬神社に出す露店を仕切るテキ屋は厳しく、くじ引きで当たりを入れないなど姑息な真似をする者は赦さない。信用が第一との信条を持っているのだ。 今も参拝者に紛れて監視の目を光らせている。
もう一つ特徴的なのが金魚すくいやひよこ釣りなど、命あるものを虐待するような露店が無い事だ。 これは何代も前からの慣わしらしく、風情には欠けるが譲れない矜持だそうだ。
最近はドネルケバブなど海外の食べ物の屋台も増えたが、某大陸系は断っているらしい。あまりにも横柄で言い分が身勝手に過ぎるのだそうだ。
大陸系のテキ屋に仕切りを変えた社寺はトラブルとクレームだらけで大変だという噂だ。 その対応にも追われているという。
「それにしても紅梨ちゃん、可愛かったねぇ」
「ああ。まさか巫女姿を拝めるとは思わなかったよ。いや眼福、眼福」
「でも、何で巫女なの?紅梨ちゃんって男の子だったよね?でも緋袴穿いてたし…」
「女の子でもあるんだから間違っては無いんじゃないかな?多分…」
疑問は当然であろう。仮にも紅梨は男児として育てられた身である故、権禰宜か良くても禰宜であらねばならない。袴も階位に応じて水色など男性をイメージさせる色使いの筈だ。 だが、彼女達の疑問は次の言葉で決着を見る事となる。
「「「ま、紅梨ちゃんだし、別に良いか」」」
一頻り皆が神籤を引き終えた後、巫女頭であるしのぶに呼ばれた紅梨が慌ただしく席を立ったので夢乃達はそれぞれの戦利品を手に談笑していた。
「あれ?何か人が集まってってけど何かあんのか?」
「確か神楽舞の奉納があるって…」
「わぁ!前に見た巫女さんの舞は格好良かったんだよね。歌劇の男役みたいで」
本殿脇に設えられた舞台の前には既に大勢の人が集まっていた。 子供やお年寄りは観易いように前側へ、背の大きい若者は後ろへ並んでいる。
離れた場所で強面のオッサン達に囲まれているのはマナーを守らない余所者なのだろう。
暫し待つと笙や篳篥、小鼓の音が聴こえてきた。一年の無病息災を願う神楽舞の始まりだ。
今年もしのぶの力強く雄壮な舞を観る事が出来ると思っていた参拝者達は言葉を失う。荘厳な音に併せて現れたのが小さな銀髪の巫女だったのだ。
「お…おい、アレって…まさか……」
「え…ええ。間違いないよ」
その小さな銀髪の巫女の可憐で優雅な舞に誰もが心を奪われ、眼を離す事が出来ないでいる。
それ程に格が違ったのだ。
確かに巫女頭であるしのぶの舞は文句のつけようも無い程素晴らしいものであった。 だがこの銀髪の小さな巫女の舞に比べれば“演武”であり、その根幹から別物であった。
小さな銀髪の巫女が手を薙ぐ度に神楽鈴の清らかな音が全てを浄化し、榊から舞散る滴が活力を能える。 その神秘性はまさに天女がこの地に舞い降りたかのような美しさだったのだ。
「あの舞っている巫女さんって、紅梨ちゃん……だよね?」
「あ…ああ」
元々性別を疑いたくなるような顔立ちではあったが、舞台映えするよう目許にラインを入れ、唇に紅を引いただけにも拘わらず、本当に人の身であるのかと思わされるオーラを纏っていた。
「……。まったく、貴方って人は…」
夢乃は溜め息を吐くしかなかった。普段はその特異な容姿を気にして人の眼を畏れて目立たぬよう振る舞っているくせにここぞという時には無意識に人を惹き付けずにはいられないオーラを纏わせる。それは上辺の容姿など関係無く、内側から放たれる紅梨自身の魅力だ。
現にお年寄り達は手を併せて一心に祷りを捧げているし、若者は携帯を翳す事すら忘れている。まさに忘我の境に入ってしまっているのだ。
(紅梨自身はもう芸能界に戻るつもりは無いのかもしれないけど、本当に勿体無いわね…)
夢乃はプロデューサーとしての儲けでは無く、一個人としてその才覚を埋もれさせるのを惜しいと思うが、全ては紅梨自身が決めるべき事で自分ごときがどうこうすべきものでは無いと思い、その衝動を胸の奥深くへと抑え込んだのだった。
シャン! 最後に鈴の音が神楽を締め括ると、魅入っていた参拝者達は漸く我に還ったようにざわめきを取り戻した。
露店の呼び込みと人々の喧騒が溢れている境内へと戻っていく人々の顔はどこか恍惚としていた。
「な…何て言うか凄かったね」
「流石はネットアイドル……っていうか、学園祭のライヴで観た時とはレベルが別物だったね…」
「ああ。違和感が無い事に違和感を感じる……ってやつかな」
それもその筈、そもそも紅梨は本来この神籬神社の跡取りとしての資格を持って生を受けている。しかも歴代当主の中でも群を抜いた能力をその身に宿して…。
「きっと色々特別なのよ、紅梨ちゃんは……」
寂しそうに微笑む夢乃ではあるが、彼女自身もまた櫻坂家のご令嬢である。
「流石は御子様。ほんに素晴らしい舞じゃったのう」
「まっこと、まっこと。これで孫達も安心じゃて」
「凄かったよな〜。何かこうキラキラしててさぁ」
「うん。アイドルみたいだったね」
「あの踊ってた巫女さん、どっかで見た気がすんだけどなぁ…」
一部の者だけがあの舞っていた巫女が紅梨であり、そして奇蹟の歌姫“ルージュ=ペァ”だと知っている。そして創られた偶像などとても脆い物だという事も。
そうこうしていると本殿の方から器用に人混みを掻い潜って走ってくる人影が見えた。
「ハァ…ハァ…。ごめんね皆、お待たせしました〜」
「あ、紅梨ちゃん」
「もうお手伝いはいいの?」
「はい。初詣は午前中がやまなので。こっちはもう良いとしのぶさんが…」
メイクも落とし、年相応の幼さを残す姿に戻った紅梨が振袖姿でやって来た。
「ほほう〜。巫女装束も素敵だったけど、振袖も良いねぇ」
「ちょ…。貴女、オッサンっぽいよ」
「皆さんが振袖姿なのであかりタンも〜と母様が…。あの〜変じゃ無いですか?」
紅梨が恥ずかしそうにクルリと回りながらあちこち確かめている。流石に髪を編み上げる時間は無かったのかポニーテールに和風のシュシュと華簪が添えられている。
「ボクはデニムのパンツとかラフな方が良かったのですが…」
「いや、たった今 舞っていた巫女さんが男物着てる方が変でしょ!?」
「しかし、この短時間で着付けてしまえるなんて流石は紅梨ちゃんのお母さんだね」
皆が当たり前のように紅梨の振袖姿を受け入れているが、良くサイズがピッタリなのを用意されていた事に突っ込まなかったのは今更だからだろうか?
これは何の仕業だろうか?もしかしたら信心が足りぬのか、紅梨達は新年早々トラブルに巻き込まれる事となる。何処にでも現れる頭の悪いナンパ男達が声を掛けてきたのである。




