双子のプログレス
気が付けば夜も23時。11月の夜は非常に冷え込んでおり、それは室内であろうと外部と直結している一階のロビーとて例外ではなかった。千葉県警は既に真っ暗だ。受付嬢も既に帰っており、いるのは警備員のオッサンぐらいだ。挨拶だけして俺は自動扉を抜け、外に出る。千葉の街というのは様々な場所に散らばる大小のビルディングが幻想的な風景を作り出している。これも夜遅くまで頑張るサラリーマンのお陰で努力の結晶なんだなと考えただけで俺の仕事がちっぽけに感じた。
「お兄ちゃん」
丁度背後から聞こえた琴音の声。振り向くと薄茶色のダッフルコートを可憐に着こなす妹の姿があった。片手挙げながら「よっ」なんて言いながら歩み寄る。
「帰ったんじゃなかったのか?」
先に帰るから、と絵文字も濁点も句読点も一つもない仏頂なメッセージが入ってたので、休憩室の事を気にして先に帰ったもんだと思っていた。
「うん、まぁ……気が変わった」
「あっそ」
ま、いいけれど……どーせ家の鍵も琴音が持ってるし。
結局、俺と琴音は一緒に千葉駅まで向かった。
「随分遅かったけれど、どしたの?」
「あ~…まぁ、その色々」
「その色々を聞いているんでしょうに」
「色々っつったら色々だ。代名詞にしてるあたりで察しろ」
「あぁ、夜明さん」
「言葉にするんじゃない」
あの後、取調室に行ってみれば室内には無質素なテーブルで足を組んでいるバークさんが一人しかいなかった。既に犯人の取り調べは終了していたようだ。俺は咄嗟に逃げ出した。秒で捕まった。取り調べ室に鍵をかけられ、誰も入室を許さない密室空間で俺は……死にかけた。
「ゆーてバスジャック犯捕まえたんだから遅刻の件はチャラにしてくれてもいいじゃねぇか……」
「いいじゃん、お兄ちゃんらしくて」
ここは罵るところだろうと心の中でツッコミを入れたが、現実では入れない。それは琴音の偽りない明るい表情からだった。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいいんだよ。好き勝手やって、自分の信じる道をただ真っすぐ進めばいい。そこをサポートするのが」
「琴音である」
俺も思わず口を割って入りたくなった。
「最強の空間調整師、胡蝶琴音。警視庁SIFのしっかり屋にして橘真美と打って揃っての美貌を兼ね揃える班の顔、俺にとっては妹にして最強の相棒」
俺もよくここまで言えたものだ。
「最強のバーサーカー、胡蝶羽雪。警視庁SIFの荒くれ者代表にして班を代表する努力型戦闘員、私にとってはお兄ちゃんにして最高の相棒」
琴音もどや顔だった。
あははなんて笑いあうこの時間はとてつもなく幸せだ。
「もう3年と半年……かぁ」
「何が?」
「SIFになってから」
そういえばそうか。
ちょうど3年と半年前の4月。俺たちは初任務にして初のウィッチ戦に挑んだ。
ウィッチの討伐には成功した。
それでも、俺はそれ以上の何かを失った。
3年たった今も俺はそれを追い続けているのかもしれない。
過去の呪縛という固くて解くことの出来ない鎖に捕らわれながら
「意外と短かったね、3年」
チェスターコートを貫通する冷え込みに芯まで凍える身体。そんな俺に妹は暖かと言葉をかけてくる。
「そう……だな」
俺にとっては別な意味で短く感じていたのかもしれない。琴音を遠ざけるわけではない、壁を張ってるわけではないのだけれど
生きている舞台は違うと感じていた。
「お兄ちゃん、この前言ってたじゃん? 高校生じゃなくてよかったのかって」
「……あぁ」
以前、琴音と二人で遊園地に行ったときに俺が問いたことだ。高校の制服を着たカップルが多数見かけたときにふと言葉として出てしまったのだ。琴音は女子としてのパーツが足りず、次元を超えた毒舌が多いものも、パッチリした目にモデルのような小顔、誰にも壁を作らない優しい性格は学校という集団生活において一生涯の思い出となる青春を迎えられたのではないか。何度も考えていた。
俺の個人的復讐感情だけで琴音もSIFに巻き込んでしまったことを今でも悔やんでいる。
「考えてみたけど正直私もよくわかんないや。毎日のように部活に励んで、友達と毎週のように遊びに行ったり、文化祭の準備で夜遅くまで残ったり……高校生ってすごく楽しそうだよ。だけど、私はSIFとして働くことで世界が反転したかのように視野が広がった。これって逆に私が憧れる高校生が憧れることなんじゃないかなって考えるとこんがらがってきちゃって……でもね」
俺には少し笑ったように見えた。
「後悔はしてない。だから、気にしないで」
その言葉に、何よりも、救われた。
「…さんきゅ」
これからもよろしく、その言葉も含めたサンクスユウは相当重いものであった。
「と、いうことでお兄ちゃん、今夜はチェスしよう。お兄ちゃんがクソ雑魚と化すボードゲームをしよう」
「そろそろ3桁の負け数を稼ぐ人間の放つ言葉ではないな」
「いいの!今日こそ勝つの!」
こんな日常が続けばいいのに
笑いあえる日常が永遠に続けばいいのに
理想を描くのは
いつでも簡単だな。
俺は昨日の自分をそう振り返った。