試合(前編)
「そろそろ、行くぞ」
夜明さんの声は一段と真剣味があり、緊張感がつか走っていた。
「ええで……心の準備は出来とる」
久しぶりに零埼さんがガチモードだった。普段からこのぐらいの真剣さを出してもらいたい。
「うん……僕も蜂蜜レモンの準備は出来てるよ」
外見こそは3年前の面影を感じないほどの長身モデルスタイルになったが中身は全く変わらない超KY、小
鳥も彼女なりに真剣だった。
「GO!」
「うぉぉぉおおおおおお!!!」
「おりゃああああああ!!」
別に声を張り上げるほどの事はしていない。むしろ他の部署の方に迷惑するから今すぐ即刻止めていただきたい。
だって
封筒開けているだけだもの
「……くっそぉぉおおおおおおおお!!」
夜明さんも零埼さんも小鳥も三つ子のように同じ言葉に同じ動作で頭を抱えた。
「何位だったんですか?」
エメラルド色のPC眼鏡を掛けたキャリアウーマンのような真美姉がデスクワークの手を止めて問いた。だからと言って気になっている様子でもなかった。真美姉の質問に夜明さんは俯きながらも震える右手で親指以外の指を立てた。
「4位かぁ、おっしー」
っていう割には感心一つ持たずデスクワークに戻る一番露骨な真美姉。
「まぁ、おめぇら気にすんなよ、順位なんて他と比べっから気になるだけだしよ」
今日もスキンヘッドがよく光るこって、と思わせるほどてっぺんが光り輝く鋼山さんが椅子の背もたれに巨大な身体をもたれ掛からせてのんびりとしていた。
「気にするだろ! この順位一つで待遇も権限も全く変わるんだぞ! 特に上から3位! 4位と3位じゃ給
料も活動経費も数倍は違うんだぞ!?」
「そうや! 世の中金の世界でこれらは死活問題やぞ!? とっととお年玉よこせや!」
「そーだそーだ! 僕にも蜂蜜レモンよこせぇ!」
「うるせぇ! ガキかてめぇら!」
「僕はまだガキだぁ!」
「そのなりのどこがガキだこらぁ!」
やいのやいのとやかましいSIFのデスクにはとてつもない数の殺意の目が降り注ぐ。
もうやめて、仲良くして
……とりあえず夜明さんだけでも止めよう。
「夜明さん、もうその辺で」
「あぁ!? なんだ胡蝶兄!? てめぇの給料で補ってくれるっていうのか?」
「未成年に金たかるってクズかあんた」
降りかかった火の粉に俺も一瞬で口火を切った。
「てめぇ黙って聞いてりゃ」
「あんた、一瞬たりとも黙ってないでしょうが!」
「とっととお年玉よこせや!」
「まだ年越してねぇだろうが!」
「僕はガキだー!」
このカオス状況を誰が止められるだろうか。いや、いない。
と、俺は思いつつ、二人の女王が控えていることに気が付かずにこの馬鹿どもと口喧嘩を展開していた。
「ったく、しょうがないわねぇ」
真美姉はPC眼鏡を外し、机に置いた。と同時に冷酷の女王が無言で立ち上がった。
「あ、今日はことねるが行く?」
「はい」
ガタっと立ち上がったのは我が妹、琴音。それじゃ頑張って~と真美姉は再びデスクワークに戻った。
そして、冷酷の女王は一言
「みなさん」
呼んだだけ。エブリバディを呼んだだけ。
ただ、女の子とは思えないほど低く冷たい声だった。
カオス的展開は金縛りの如くピタリと止まった。
続いて第二声
「座りましょうか」
皆、温かい室内でガタガタと震え始める。
続いて第三声
「ね?」
目にも止まらぬ速度で皆着席し、己のデスクワークに戻る。
琴音様は吹雪を舞わせた冷酷のまま、席に戻った。
ことねるお疲れ~なんて真美姉は呑気なこと言ってるけれど隣に座る俺は死ぬほど殺気を感じるっていうか
めっちゃ見てるぅ~
「こっちを見なさい、羽雪」
声もまだ冷酷の女王のままだぁ……
「……はい…ひぃっっ!」
目先3cmぐらいだろうか。そこには警備用にSIF全員が所持している拳銃が向けられていた。
冷汗が止まらない。
「火に油を注いだらどうなるかぐらい小学生でもわかるよね? 理科っていうの習ってきたよね? っていうか私と同じ生活スタイルなのだから知ってて当然だよねぇ?」
怖い怖い怖い
「……火力があがります」
俺のどこからこんな弱弱しい声が出たのだろうか。
「知っててやり遂げるってなんなの」
「……最善を尽くしたつもりです」
ここからは兄妹喧嘩(一方的に殴られる)が始まったのだが誰も気にせず無視していた。
「とはいえ惜しかったですね、SIF総合評価ランキング。3位はどこだったんですか」
喧嘩している傍らで平凡と夜明さんに問う真美姉。夜明さんも何事もなかったかのように済ませて普通に答えた。
「北海道だ、ここ最近で急にスコアを伸ばしている」
涼しい顔で答えるのはいいが、とりあえず俺を救ってほしい。
「北海道警に入ったスーパールーキーの女の子が影響してるのかな?」
蜂蜜レモンに手を出しながら悠々と答える小鳥
「やろうなぁ。月刊SIFに掲載されとった子やろ? あんまり強そうには見えんパッとしない子やったけどなぁ」
耳クソほじりながらこちらも悠々と応える零埼
「聞いた話だが奴のイグナイトはフルエレメントと言って相手の魔法をコピーして自分の技として扱えるようにできるのだと。天性の才能としか言いようがないな」
「そんなの実戦重ねれば重ねるほど強くなっていくじゃねぇか」
手をひらひらさせながら鋼山も感心を寄せていた。
「だから天性の才能だと言っているんだ。イグナイトでも最強の型、成長型イグナイトだからな」
「まぁ? それでしたら」
と、真美姉がボコられ続ける俺を見た。
「うちにもいるんですけれど、ね~はねっち?」
笑顔向けてねぇで助けてくれ。
「ま、いつになったら成長してくれるんだって話だがな」
夜明さんは目すらくれなかった。
「だからってなんで滋賀県警が2位なんやろ」
「っていうかポイント見たら沖縄県警に勝ってんのも紙一重だね」
「東京だけダントツだな」
「メンツというか数もありますよね…」
「特に東京トップ3は滅茶苦茶だからな、強さ」
総合ランキングの話はいいからっ
誰か琴音止めてっ
全身痣だらけっ
俺死んじゃうっ
「ま」
パンッと響く夜明さんのクラップに琴音も撲殺を止めた。
「そろそろ仕事に入ろうか」
遅ぇよ
「といっても今日はする仕事もないんだが」
ねぇのかよ
「たのもぉ」
随分と朗らかな声だなとオフィス内に入ってきたのは中年ぐらいで上下スーツの男だった。その後ろにはまぁなんとも似たり寄ったりのオジサンオバサンが5人ほど控えている。
「げっ」
夜明さんはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
っていうか、こいつらは俺も知っているメンツだった。
茨城県警SIF、だ。
「これはこれは夜明くん、お元気そうでなにより」
まるで県知事が奨励に来たみたいな絵になっとる。
「別に元気ではないですが、どうも」
いやいや、さっきまであんなに叫んでたろうが
「で、ご用件は」
それは、意外と意外だった。
「ちょいと私らと《試合》を組んでいただけませんかな」




