21.迫りくる脅威(3)
おい、あいつ、黙ってついて行っちまったぞ?どうなってるんだ?
話しがついたのか?それとも、俺達の事売ったのか?
「おい、軍師。どうなってるんだ?」
当然の事だが、アドは困惑の表情だ。
「そんな事、私にきかれても困りますが、困ってばかりもいられないですね。何か手を打ちましょう」
「そやね、どないな手が打てるやろか?」
両腕を組んだままポーリンは自分の足元を睨んで唸っている。
「まずは、敵情の精査ではないですかね?誰を偵察に行かせます?」
疑問形ではあるが、自分が行く気が満々のアウラだ。
確かにアウラが一番適任なのかもしれないのは、自明の理だ。
だが、かなり危険な任務であるのも確かだ。年端のいかない少女にそんな危険な事をさせてもいいのか?
ここは、俺が行くべきなんじゃねーのか?
「あ あのな・・・」
「駄目です。おかしらでは目立ち過ぎます」
速攻で拒否られちまった。
「お 俺、まだ何も言ってねーぞ」
「お頭の考える事なんて、丸わかりですよ」
ちっ
「丸わかりなら、話しははえー。ここは俺が行くぜ。止めても無駄だぜ」
「止めはしませんが、まずは今現在実際に起こっている事象を良く考えてみた方が良いのでは?」
「起こっている事象だと?」
「そう、先程の出来事です」
「先程がなんだっていうんだ?」
「先程の様子ですよ。おかしかったでしょ?」
「おかしい?どこがだ?」
「わかりませんでしたか?矢を撃って来た連中は、確かに帝国の鎧を着ていましたよ。おかしいでしょ?仲間に矢を射掛けるなんて」
「言われてみれば、・・・」
「将軍って、確か“帝国の誇り"とか、“帝国の栄光"とか言われている人でしたよね?」
お、アウラ、良く知ってるじゃねーか。
「そんな神さんのような方に向こぉて、矢を撃つって、どうなんやろ?」
みんな草むらの中でそろって首を傾げている。実に妙な状況だ。
「さて、状況を確認しましょうか。まず、敵の正体だけど・・・」
「はーい、帝国兵やな」元気にポーリンが手を挙げて答えた。
「ええ、そうね。状況を見るに、そう考えてもいいかもしれないわね。では、敵が帝国兵であるなら、なぜ同士討ちをしかけてきているのか」
「うーん、仲間割れなんやないの?」
「では、仲間割れの理由は?」
「さすがにそこまでは、わからへんわ」
「そうですよね。あくまで推測になりますが、おそらくは・・・」
「おそらくは?」
「なんや、おそらくって・・・」
興味津々の表情でアウラとポーリンがアドの事を覗き込んでいる。
「勢力争い・・・かな?」
こいつの発想にはいつも驚かされるが、勢力争いとは又ぶっ飛んだ考えだぞ。
「おいっ、アド。あいつは性格はあれだが、人望は厚いんだぞ。あいつを蹴落とそうなんて考える奴なんて、そんなの居る訳ないだろうがっ!」
あまりの発想に、思わず強めに言ってしまったが、これは事実だろう。
「ですから、推測だと言っていますって。でも考えてみて下さい。普段の状況で落ち度のない将軍閣下を廃し彼に取って代わるのは無理がある。でも、戦場で戦死したのなら、誰も文句は言えないかなって」
「戦死って、奴は生きてるだろうが!」
「今は・・・ですけどね。でも、この後始末される可能性は大きいですよ。みんなで口裏を合わせれば証拠は無いんですから」
「そやな、有り得ない事やないわな。でも、どないして確かめるんや?」
そのタイミングでアウラがずいっと前に出て来た。
「そこで、私が偵察に行って確かめてくればいいんですね?」
「危険だ!やはりここは俺が行くべきだ!いや、俺が行く!!」
俺は断固として言い切った・・・のだが、後方の草むらの中からの意外な人物の声に、全員が固まりその視線は草むらから出て来た一人の男に集中した。
「駄目駄目駄目、兄さんじゃあ目立ち過ぎよるで。ここは儂らに任せんかい」
草むらから現れたその男は・・・男と言うよりも、顔面が白い髭に覆われた背の低い老人だった。
その後ろからも次々に人影が湧き出してきたが、みんな似たり寄ったりの、見た事のあるような老人だ。
「あーっ、もしかして、東部要塞で虐げられとった老人部隊の人とちゃうんか?」
思わず叫んだポーリンだったが、おかげでこいつらの正体が分かったぞ。
「そうか、あそこに居た爺様達だったか。なんで領主さんと一緒に脱出しなかったんだ?こんな所に残って居たら危ないだろうがよ」
俺は心底心配してそう言ったんだが、爺さん達には届かないようだった。
「儂らはな、この地で生まれ、この地で育ったんだ。死ぬならこの地でと決めている」
「だがなぁ・・・」
「もう十分に生きた。いや、長生きし過ぎたわい。最後にひと花咲かす事が出来れば、それで本望だ」
「そうじゃ、そうじゃ、もう若者が死んでいくのを見るのはたくさんじゃ」
「ここは、儂らの庭じゃ。上手く立ち回ってみせるぞい」
「んだ、で、よ。嬢ちゃんよ。儂らは何を調べればいいんだ?敵の配置や戦力か?」
「ご老体にあまり無理はさせられませんので、敵のトップ、敵の正体、敵の数、敵のここでの目的、将軍閣下の囚われている場所・・・まあ、その程度が分かりますと助かるのですが」
げっ、こいつ、アドは鬼なのか?何無理難題を言っているんだ?
「おいっ、軍師よ。無理はさせられないと言いつつ、何無茶振りしているんだ?無理に決まっておろうがよ!」
思わず軍師に食って掛かったんだが、老人達は全く気にしていないようだった。
「それだけでいいんじゃな。わかった、少し待っておれ、儂らがきっちり調べて来てやるぞい」
「そうそう、年寄りだって役に立つ事を教えてやろうじゃないかww」
「じゃあな、朗報を待っておれ」
そう言うと音もなく草むらに吸い込まれるように消えて行った。
「朗報ならぬ、老報か・・・」
メイの駄洒落に、誰も笑えなく、俺達は黙って彼らが消えて行った草むらを見つめる事しか出来なかった
「おい、あんなよぼよぼの爺いにこんな危険な任務させて良かったんか?」
自責の念に駆られた俺は、思わずアドに話し掛けたんだが、こいつ、どこまで先を見てやがんだ?
「まあ、大丈夫でしょう。もし我々を警戒しているのなら、今頃攻め寄せて来て居るはずでしょ?でも、敵陣は静かなまま。おそらく我々の事は気にもしていないのでしょう。よっぽど変な事をしなければ大丈夫だと思いますよ」
「うーん、そういうものなんか?」
「この後の事に備えて、十分に休養を取る事をお勧めしますよ。戦うにしても、逃げるにしても、体力は多い方が安心ですからね」
「おめー、こんな状況の中で眠れるんかよ?」
「私は戦いに出る訳ではないので、眠れなくても体力の心配はありませんので、ご心配なく」
可愛くねー奴。
俺は眠れるはずもないので、取り敢えずは腰を降ろして足を休めることにした。
ポーリンは、既に横になって寝ている。さぞやぶっとい神経をしてやがんだな。呆れを通り越して感心しちまったぜ。
前方にあるであろう敵陣は静かで不気味だったが、万が一、こっそり寄せて来た時の為に、前方の気配には注意を怠らなかった。
やがて、この谷間は他所より早い夕方を迎えた。
周囲の山が陽を遮るので、まだ夕方には早いのだが、既にうっすらと暗くなってきている。
前方の草原は相変わらず静かだった。爺様達はまだ見つかってはいないようだな。
あの悪運の強い奴がそうそう簡単にくたばるとは思えないのだが、
後ろに人の気配を感じて振り向くと、そこには奴の副官であるマイクが情けない顔をして立って居た。
「おう、どうした?湿気た面しやがってよ。ハンスの事が心配か?」
一瞬びくっと反応したマイクがのろのろと話し始めた。
「閣下の事は信頼していますので、大丈夫です。それよりも、閣下と対面していた敵の武将の事がちょっと・・・」
「ん?そう言えば連れ去れれる前に誰かと話をしていたな。面識があるんか?」
「え ええ 距離があったので、確信は持てないのですが・・・」
「何だ、何だ、はっきり言えや。誰なんだ?」
「あ あれは・・・帝国軍内で閣下に次ぐ位置に居るハーマン・ロング将軍ではないかと・・・」
「あ?ナンバー2の奴か?それなりに偉い奴じゃねーかよ。なんでそんな奴がこんな辺鄙な所に来て居るんだ?」
「それは・・・分かり兼ねますが、閣下の身を案じて来たのではない事は断言できます。常日頃から閣下の事を煙たく思っておりましたから」
「ハンスが死んでいれば、奴は万々歳って事か。そして、生きていたなら・・・殺せばいい と?」
「はい。連れて来て居る兵士達の鎧を見るに、奴の子飼いの部隊で間違いありません」
「ほう、必ず仕留めてやろうって言う意気込みがありありだな」
「ええ、その事は閣下も百も承知のはずなのに、何故あんなにも簡単に捕まってしまったのか・・・私には理解が出来ないのです」
「そうだよなあ、みすみす敵の中に捕まりに行くなんて、自殺行為だよな」
「はい」
「それじゃあ、奴に直接聞きに行くか?これから夜だしな、動くには絶好のシチュエーションじゃあねーか?」
「いや、それですとアド殿に叱られてしまうのではないでしょうか?」
「そんなの怖くて山賊の頭領なんてやってられっかよww文句言って来たら、首っ玉掴んで・・・」
俺は、薄暗かったせいか、恐怖に引きつったマイクの表情に気が付くのが遅れてしまった。
「首っ玉掴んで・・・それから、どうなさるのでしょう?」
一瞬で体が硬直し、背中を嫌な汗が流れた。
振り向くまでもない、声の主は・・・アドだ。やべっ、聞かれたか?
恐る恐る振り返るとアドが、参謀殿が笑っていた・・・・が、目は笑っていなかった。死んだ魚のような目でこっちを見ている。
「あ いやあ な 何の事かなあ?はははははは」
ここは、笑って誤魔化すしかないのだが、到底誤魔化されたとは思えなかった。
「何のために、ご老体殿達が危険を顧みずに偵察に出ているのでしょうか?」
「そ それは・・・」
「みなさんの決死の苦労を無駄にするおつもりですか?」
な 何気に圧が強いんですけど・・・。
「マイク殿?あなたも、相談する相手はきちんと選んでくださいまし。もういい歳をした大人なのですから。わかりますね?」
「は はい。承知致しました。」
いい歳、そう俺達はもういい歳なのだが、どうも年端も行かないアドに対すると、何故か分が悪いという不思議な事になってしまうのだ。
少女に言い負かされているおっさん二人。なんとも不思議な光景だ。
言うだけ言うと、アドは去って行った。俺達は顔を見合わせたが、出るのは元気のない笑いだった。
「「はははははは」」
「ぷっ」
草むらで寝ころんでいるレッドショルダー達からも失笑が漏れた。
なんで俺が笑われなきゃならねーんだよ。マイクのせいだ、きっとそうだ。
単なる八つ当たりだとは思いたくはねーぞ。ふんっ
その時アウラが叫んだ。
「ねえねえ、なんか向こうの草原にさ、松明が沢山動いてない?」
「なんだとっ!?」
立ち上って前方の草原を見ると・・・確かに何本もの松明が右に左にと動き回っているじゃあねーか。爺さん達、見つかりやがったのか?
だから俺が行くって言ったんだよ。
「おいっ、軍師!どうすんだよ?じーさん達見つかっちまったかもしれんぞ?」
「そうみたいですね。やむを得ませんね、不本意ですが総力を挙げて救出を・・・」
そこまで言うと、軍師殿はハッとしたように前方の草原に視線を移した。
「救出・・・いらないかもしれませんね」
こいつ、何を言ってるんだ?気は確かか?
「俺一人でも救出に行くぞっ!」
俺は黒光りする大剣を握りしめ、立ち上がった。
そして、駆け出そうとしたその時、目の前の草むらががさがさと揺れて、一人の人間を吐き出した。
「儂とした事が、やってしまったわい。歳は取りたくはないものよのう」
その男は、先程の老人部隊のリーダーだった。




