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5.ルーツA

0.1光年というと、まだまだ恒星系の範囲内ではありますが、実はもうぼんやり照らされると言うほどは照らされていないんだろうと思います。

盛りました。

それでもまあ、可視光以外の周波数でも見ることはできるので


 観測機を放出したレオンたちの前で、『X』は舳先をめぐらし舷側を晒して動き出す。こちらの動きを意に介さない、まるで気にも留めない振る舞いだ。おかげでなんらの障害もなく、光学的その他のプロファイルデータが手に入る。


「総旗艦の船体形状と完全に一致しました。プラン通りに建造されていたのですね」

「ヤツは何をするつもりだ? こっちも回避機動を」

「はい。『X』については、UN宇宙軍総旗艦の建造計画通りの性能として以後対処します」

 距離は充分あるはずだが、シールドの出力は最大にして防御の態勢をとる。併せてレールガンなどの的にならぬよう、相対位置を連続的に変更する。


「あっちから聞いてきたのに、自分から名乗るつもりはないようだな」

「クレイオ博士の名を出してきましたね。先方の正体に少しは迫れそうです」

『X』が発したのは女性の声で、クレイオ博士の所在を訪ねてきたのだ。聞かれたとてクレイオ博士の所在は答えようがないが。


「ラーグリフにクレイオ博士の関与を知っている、ってだけじゃ全然、的を絞れないじゃないか」

「若い女性の声でしたが、クレイオ博士の記録の中に類似のデータが見当たります」

「ほほう? 聞かせてもらおうか」



 百余年前、ラーグリフ建造に際して、クレイオ博士と共にMAYAを作り上げたチームの中に、該当する声質を持つ若き天才がいた。その名を、アリーシャ・ティケスという。

 彼女はラーグリフの完成を見届けられず、持病による体調悪化から半年以上前にチームを離脱して、ほどなく故郷で亡くなっていた。死因は膠原病の一つとされていて、遺伝子改変治療は彼女自身の信条によって否定されていたのだとか。


 今まで全くの検索範囲外だったが、クレイオ博士は彼女の声を記録していて、そこにほぼ一致する類似性が見出された。

「天才ねぇ」

 アリスが天才と紹介するのだから、クレイオ博士がそう認めていたって事なのだろう、とレオンは理解した。クレイオ博士よりも先に亡くなっているなら黒幕そのものという事はないだろうが、手掛かりにはなるかも知れない。


「クレイオ博士は、アリーシャって人の声を記録していたんだな」

「声だけでなく容姿、趣味や嗜好なども記録しています」

 それはまた、随分プライバシーに関わる情報を保持しているじゃないか。

「なんで?」


「えーとですね……。私のDNAの半分は、彼女のものを使用しているからです」

 ……。

「え? ……アリスのルーツとかベースとか、そういうこと?」

 なぜかアリスは少し恥ずかしそうに小さく頷いた。


 アリスは精密なヒトシミュレータだ。精密にシミュレートするには当然、DNA情報が必要だ。

「まあそうだよな、ゼロから全部作り上げるより、誰か実在の人物のデータを流用するだろうな。使わせてもらえるのならば」

「そのとおりです」


「んじゃあ、残りの分も、ルーツがあるの?」

 レオンは純粋に興味本位で聞いてみた。

「他はクレイオ博士の分が殆どですね」

 念のため言っておくが、クレイオ博士は女性だ。未婚だったようだが、まあそれはどうでもいいだろう。


「なに! そーなんだ。クレイオ博士の。へ~。あとは?」

「あとは、『優しさ』でできています」

「へ~」

 レオンはアリスの全身を上から下まで舐めるように見た。

「『優しさ』です!」

 聞かなきゃよかったかも。放っておこう。


「でもさ、どうして『X』はそのアリーシャって人の声を使ったのかな?」

「彼女の音声データを利用しているのでしょうが、過去に何らかの関係性があったという事かと」

 敵艦『X』を動かす者は、過去に彼女と何らかの関係があった。少なくともそれなりの会話を交わす程度以上には。そうは言ってもどんな関係があったことか、にわかには想像もつかない。


「彼女の故郷は火星だそうです」

「火星? ……ああ、太陽系の。……あそこって、可住惑星だっけ? 教育環境とかどうなんだろう?」

 変な言い回しになるが、大抵の場合、天賦の才だけでは天才と呼ばれるほどにはなれないのだ。


「疑似重力の効いたコロニーやプラントはありますね。経済的には恵まれていません。……出身地や境遇をとやかく言うのは勧められませんよ?」

「火星の事情をよく知らないから、聞いてみただけだよ」


 火星は行政区分として独立しているわけではないので、国家としては「地球」に含まれる。天才的な頭脳の持ち主であったという彼女は、地球市民にありがちな事だが、UNに個人識別登録をしていなかった。そんな遺伝子情報を、クレイオ博士との個人的な友諠もあって、アリスのベースとして使用するのを認めたのだ。


「クレイオ博士と共に、私の親ともいうべき存在です」

「なるほどね」

 まったく別個の人の遺伝子を約半分ずつ継承しているなら、それはクローンとは言わない。かといって、クレイオ博士とアリーシャ・ティケスを両親と言うかとなると、それも違うような気がする。


 どのみちアリスはシミュレータでしかないので、倫理的に問題になるわけでもない。レオンはもう一度、アリスの全身を上から下まで見まわした。

「クレイオ博士やその彼女に似ている、ってことなんだろうな」


 成人した際の容姿に関しては、成長段階における食事や生活環境の影響が大きい。現在のアリスを形作るために、そこにも彼女の情報を組み込んでいることだろう。

「私のことが気になるのは分かりますが、まずは『X』への対処ですよ」

「ああ、そうだったな」


 敵艦『X』は、こちらが警戒し観測する中で、どこかを目指して加速する。ラーグリフへの関心などはもう無いかのように、こちらからの問いかけは無視されたままだ。

「どこへ行くんだろう? 追いかけるか?」

「リスクはありますが、『X』の行方は知りたいところです」


 レオンが追いかけるかどうか迷ったのは、なんのことはない、惑星ノアから今以上に離れたくはないからだ。かといって、報告するべき情報は、現時点ではまだ少ない。足りないと言わざるを得ない。

「早く帰りたいんだけど、どうするかな……」

「今のところ、惑星ノアから遠ざかる方向ではありませんね。しばらく追いかけてみましょうか」

「じゃあ、そうしよう。もちろん十分な距離をとって、な」


でました火星。

古典FSによく登場するアレです。

タコ星人や超古代文明の遺跡なんかは無かったようです、残念ながら。




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