30.生贄と時間差
時間は少しだけ巻き戻り、いや巻き戻りという表現は死語か。
時間軸を遡り、そのときウーガダールでは。
ヒトの革新はまだ先のようです。
ウーガダールを構成する円柱の外殻は、幾層にも重なる艦艇用ドックの集合体でもある。そのうちの戦闘艦艇用区画の一つが扉を開けて、中からは大型の戦艦級の船体がゆっくりと進み出た。そのままセレーネの在る方向へと前進し、次には横方向へと移動し位置を調整した。
「ライカード、指定座標につきます」
戦艦ライカードは直衛艦隊に所属していて、本来ならばウーガダール護衛の任に就く。ローレンスが座乗するアーク・ネビュラスよりも一回り大きい船体は、艦隊戦にて主力となるべき艦艇のひとつだ。
防御力と前方への投射力に優れて戦列の主軸を構成するべき戦艦だが、今回の任務は特別で特殊だった。ケラウノスの第四射へ向けてウーガダール全体が慌ただしくする中で、ただ一隻だけ進み出た大型艦は静かに佇むのみ。
「セレーネから散発的な砲火が見えます。……あれは、ラーグリフが動いています」
「ラーグリフ? どこへ向かっている?」
ローレンスは何故か、嫌な予感がした。
ぎろりと睨まれたオペレータに何ら罪はない。
「それが……、まっすぐセレーネへ向かっているものと思われます。かなりの速度です」
だん、と肘掛けに拳を叩きつける音が響いた。
「ちっ、こっちがヤバい状況だってのを知って動いているのか!」
示された進路予想では、ケラウノスの第四射の準備が整うよりも早くに、ラーグリフはセレーネに到達する。
到達? いや、これはむしろ衝突と言うべきものだろう。
「本来あり得ませんが、ラーグリフの戦術統制システムからはレスポンスがありません」
「それは、どういうことだ?」
ローレンスが間を置かずに質すと、オペレータからはシステムAIによる推察が伝えられた。
「理由は不明ですが、ラーグリフは現在システム停止、マニュアル操船状態と思われます」
「手動で? ではなにか? あれのブリッジにレオンが乗り込んでいるというのか」
「推測ですが。……そうでもなければ、動きません」
ばかやろう、とローレンスは危うく彼方のレオンに対して怒鳴るところだった。
トラブル故か、あるいは今まさにローレンスがラーグリフに回避指令を出そうとしたように、アパラジータからの指令を遮断する為か。いずれにせよ、セレーネに対して突撃を仕掛けようなどとは馬鹿野郎だ。
しかも、直接自分が乗り込んで突っ込もうとは、まったくもって大馬鹿野郎だ。
「早まりやがって!」
止めるわけにもいかない、いや、もう止めることなど出来ようもない。
恐らくラーグリフは、セレーネの損傷した側面の対空砲火が弱いことを狙って突き進んでいる。更に恐らく、ウーガダールがもう一度ケラウノスを発射できるよう、その隙を作るために。
ローレンスとて、セレーネにもう一撃を叩き込むチャンスは喉から手が出るほどに欲しい。
「とはいえ、ラーグリフを犠牲にしようなどとは……」
そんな命令を出す気などないし、出す筈もない。
それでも事態は今ここに至り、ローレンスがやるべきことはやはり、フェイザーシステムを無力化することだ。
第四射の準備が進むその一方で、ラーグリフが着々とセレーネとの距離を縮めているとしても、ケラウノスを止めるという選択肢は取り得ない。
レオンもそんなことは当然解っているはずだ。
ラーグリフからは、特に何も連絡はない。報告もなければ相談もなかった。
それがまた腹立たしいが、マニュアル操船の最中なら、そのような余裕は無いであろうとも思う。
「ラーグリフが間もなくセレーネに接触します」
オペレータは接触と言ったが、そんな生易しいものじゃないのは明白だ。
そして。
三十万キロメートル先の光学映像で大きな爆発が発生し、ライブホログラムにはノイズが溢れた。
それは、今まさにケラウノスの第四射の準備が整わんとする瞬間でもあった。
「ラーグリフの接触によって、セレーネ全体に大きな揺れが発生しています。加えられたベクトルから、セレーネはいずれケラウノスの射線から外れます」
と同時に、整然とシステムが稼働しているとは思えない、雑多で盛大なノイズが届き、指揮所内のどこかでは期待と逡巡或いは悔恨がない交ぜになった嘆息が漏れた。この期に及んで、ケラウノスの再照準は不可能だ。
その上で今、千載一遇のチャンスが目の前に転がり込んできた。
「くっ……撃て」
一瞬ためらったローレンスが、握りしめた拳を解き、承認キーに指を滑らせた。
触れた指につれてキー表示が消えたが、その後の進行はこれ迄とはまた違っている。
「発射次第、防護体制に移行せよ」
ケラウノスの第四射には、質量供給に関して変化がつけられた。
すなわち、まず少量の供給で射出し、直後に残りの全エネルギーをストーム化する。はじめのジャブは、ケラウノスの射線上にある戦艦ライカードを吹き飛ばすため。それは、ケラウノスの発射タイミングを隠蔽し、セレーネ側の迎撃を困難にするための措置だ。
戦艦一隻を犠牲にした言わばフェイントだが、それによりどれ程の威力が減殺されるかは出たとこ勝負である。ウーガダールの前方で指定位置にあったライカードは、至近距離からのグラビティブラストを船尾から浴び、その膨大なエネルギーにより瞬く間に融解し、弾けて火球となり眩しく光った。
そしてその直後、戦艦ライカードが成り果てた光の拡がりを突き破り、渦巻く激流が三十万キロメートル先の巨大な目標へと放たれた。
フェイントはセレーネの判断を惑わすためのものですが、これとて苦肉の策でしかなく、効果のほどはわかりません。
ただ、この時できるだけのことをやる、それが悪あがきでも、ということです。




