10.大きなお友達
JWSTも、デブリもしくは石ころなどの被害を被っているようです。
たとえばISSは低いところを飛んでいるのでデブリの被害にあう確率はもっと高いのでしょうね。
いたずらに宇宙ゴミを増やすような真似は慎んでいただきたいものです。
祝H3五号機打上成功
レオンが休暇を満喫(?)する一方で、レオンからの報告を受けたローレンスは、ランツフォート軍が持つ情報を提示した上で、ドック入りしているラーグリフ内のMAYAと接続してのディスカッションを行った。MAYAとの討論は、クレイオ博士との討論でもある。
「敵の目的が、まだはっきりしない。が、惑星ノアが狙われているのは間違いないだろう」
ザッパーの件から、当初はマイケル・リーの個人的な感情の暴走かとも思われたが、彼の死後も、『X』は相変わらず惑星ノアへの関与を志向していると推察できる。
「惑星ノアは百年以上前からランツフォートが所有してきたわけだが、その間特に事件もなく、おしなべて平穏だった。そして、ここ最近の変化といえば、メルファリアとラーグリフなわけだが……」
長らくスローペースでテラフォーム実験を行ってきたこの惑星に、大きな変化をもたらしたのはメルファリアだ。マイケル・リーの件もあり、当初は狙われているのはメルファリアかと思われたが、現在の状況と様々な情報から、惑星ノアと、それを護るラーグリフが狙われている可能性が高まった。
そして、『X』の実在が明らかになった。
「狙いがラーグリフだけなら、『X』がアルラト星系まで来る必要もない、か」
副官から大きめのマグカップで珈琲を受け取ると、一口飲んで足を組みなおす。
ローレンスは、メルファリアやレオンの知らない情報も幾つか抱えている。その一つに、先だってのカメウラ沖会戦の際に「保護」した、ビョンデム民主主義人民共和国宇宙軍グエン・ドン・ズアン提督の存在がある。
グエン提督の乗艦は撃破され、提督は行方不明というのが公式見解だが、彼は今、ランツフォート軍の施設内で長い眠りについている。その夢うつつの中で、彼は無意識のままに心中を吐露していて、そこからは様々な、関係者でなければ知り得ない言葉が掬い上げられた。
自分が何をしゃべったのか、当人には朧げな夢でしかないので自覚もなければ自制もない。やっている事はレオンがカプセルベッドでアリスに施された睡眠学習と似たようなものだが、拷問とは言えないまでも、人権やプライバシーを無視したやり方ではある。
カプセルで眠り続ける彼の夢の中では、見知った人物、或いは見知らぬ他人が現れてはさりげなく言葉を交わす、という事が繰り返されていた。なかでも、とりわけ大きく反応したのは、ノーマ・フオンが登場した時だ。
魅力的な女性だから、ではなく、畏敬すべき存在としてグエン提督は強く認識していた。その際使われたのはアリスが記録した映像を基にした立体モデルと声色だったが、グエン提督は躊躇わずに平伏したのだ。
更には、ノーマ・フオンと深く関連して「セレネにおわす」「あの方」という言葉が浮かび上がった。ノーマ・フオンとは別の、しかし何らかの関係性を持つ「あの方」が、「セレネ」に居ることを示唆するものだ。そして、グエン提督は自らのことを「あの方」の使徒と称した。
しかし「あの方」に関する事柄は、彼の意識を大きく掻き乱すようで、それ以上の情報は採取できていない。
「セレネ……、地名には使われんな。施設あるいは法人の名称か?」
ローレンスの問いにしかしランツフォート軍のAIは確度の高い情報を抽出できなかった。ポイントαにレオンを遣わし反応を探ることは出来たが、まだ黒幕にまでは辿りつけていない。
「怪しい、というだけで地球にこの話をするわけにもいかんわな」
いつの間にか、大きなマグカップの中身は空になっていた。それをどうやって察知したものか、小柄な副官がおかわりのマグカップをトレイに乗せて現れた。
「うまい珈琲だな」
「ありがとうございます。…………それで、その、騎士レオンのふるまわれた珈琲と比べてどうでしょうか?」
「レオンの……? 」
彼女、ケイトリン・ロイドは至って真面目に、尚且つ真剣な眼差しでローレンスに伺いを立てた。彼女はレオンの淹れた珈琲をローレンスが褒めて以来、まるで張り合うようにコーヒーの淹れ方を工夫するようになった。もちろんその他の仕事もキチンとこなしたうえで、なので咎めるような事でもないのだが。
「うーむ、比べて、と言われてもな。俺も批評出来る程ではないし、どちらもうまい、ではいかんのか?」
「方向性は確認させて頂きました。今後も宜しくお願い致します」
あまり見せない和やかな表情からすると、うまい、と言われたことだけは喜んでいるようだ。ロイド副官は空のマグカップをトレイに乗せて一礼すると、無駄のない動きで退出していった。
ローレンスは、兵士としては華奢な後姿がスライドドアの向こうに消えるのを、なんとなく眺めてぼそりと呟いた。
「そのうちクッキーまで焼き始めたら、さすがに面倒だな」
とはいうものの、ロイド副官がクッキー作りに勤しむ姿をローレンスはどうしても想像できなくて、そんなことに難儀する自分に苦笑いしてしまった。
§
もはや解体を待つばかりに見える古い軌道ステーションには、業者の解体船が横付けして遅々と進まぬ作業を続けている。という偽装の裏で、ラーグリフはこのメガストラクチャー内の一番大きなドックに入渠していた。
解体船と共に、塗装の掠れた旧式の駆逐艦も横付けされていて、その外装にはアームローダーが複数動いている。業者に見立てたランツフォート宇宙軍の工兵部隊が目立たぬよう煤けたままのセンサーポッドを設置しているが、これはアルラト星系内に広く展開した観測網を制御する基地としての役割を、このメガストラクチャーに与える為のものだ。
どこにも明示はないが、この中古ステーションを関係者の間では秘かにガラノス、と呼称している。
プロミオンは、くくり付けたまま運んできた大きな部品を引き渡すと、速やかに現行の軌道ステーションへと向かった。ラーグリフの修理はランツフォート軍の管理下で速やかに行われることになるが、そもそも百余年前のラーグリフ船体の建造は、公式記録には無いがランツフォート軍にて行われているのだ。
莫大な建造費用を隠匿するのには好都合だったようで、一方でランツフォート側では様々なノウハウの確立に寄与したようだ。よって修理は全くの手探りという訳でもなく、むしろ長期にわたる経過データの取得などに都合が良い。
遠ざかるガラノスを舷窓から一瞥したアリスが、ぼそりと呟いた。
「あの旧ステーションを、いえ、ガラノスを、全部青く塗りたいですね」
「目立っちゃだめだろ?」
あくまで解体途上の大規模構造体という設定なので、きれいに塗り直したりはしないのである。重要なのは、ラーグリフのメンテナンスを行える環境をさりげなく整えることだ。
「それよりもさ、せっかくだからラーグリフをパワーアップさせたくなる展開だよな?」
レオンはわくわくが止まらないとばかりにアリスに話しかけたが。
「強化パーツが付いたりですか? やめてください」
「じゃあ、ほら、人型に変形したりとか、どうよ?」
「愚かな。むしろ弱点が増えます」
にべもない。
愚か者を見る目がレオンに向けられた。
「おまえなー、今そのセリフで大きなお友達をたくさん敵に回したぞ?」
「私にそんなお友達はいません。むしろお断りというか……」
アリスの抗議を聞き流し、レオンは腕組みをして天井を見上げた。プロミオンの航海艦橋は最前列に大気圏内飛翔時用の操舵席があって前後には長いが、キャプテンシートが据付けられた後列では上下方向の高さがやや不足している印象だ。
「低いな……、じゃなくて。お友達……大きなお友達か……」
「レオン? なにか良からぬことを考えていますか?」
怪しげに微笑むレオンに冷たい視線を刺して、アリスはちょっと身を引いた。
「なーに、アリスにお友達を紹介してあげようかと思ってな」
「却下します」
「そう言うなって」
なにか良からぬことを思案している様子ではあった。
可動部が増えると信頼性は低下します。
これは工業製品としては仕方ありません。
が、ロマンとかやる気とかは増えます。むずかしいところです