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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
ヒロインなのに悪役令嬢のバッドエンド迎えました
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17



 セドリック殿下からの無罪通達から数日、ユリウスとの面会がようやく叶った。


 母さんが亡くなってから半年、私が私でなくなったその日、私とユリウスは親戚の家へと別々に引き取られた。平民の間では、経済的負担が大きいため兄弟そろって子供が引き取られることはほとんどなかったため特に珍しいことではない。

 幼いユリウスと引き離されないように、親戚からの申し出を断り続けていたが、母さんが亡くなった小さな家で13歳と8歳の子供二人で暮らすには限界だった。よく半年も持ったと思う。

 日に日にボロボロになり、痩せ細っていく私たちの姿を見て親戚達が痺れを切らして半ば強引に引き取られることとなったのだ。


 その後、前ハイム子爵に引き取られてからも、私達は別々に育った。

 前ハイム子爵は、金の卵になり得るエレーナのみに金をかけ、ユリウスには必要最低限どころか虐待すれすれの世話しか行っていなかったらしい。前ハイム子爵にとって、ハイム家創始者以来の女性の紋章持ちと、平凡な男の紋章持ちとでは天と地の差だったのだろう。

 以来ユリウスは、小さな離れで1人の使用人とひっそりと暮らしていたらしい。エレーナは、そんな弟の様子を知っていても特に気かけることもなかったので、ユリウスと離れ離れになってしまって会えないまま五年も経ってしまった。

 幼かったユリウスがどんなに心細かっただろうと思うと胸が痛くなる。母を亡くしてたった一人の家族と離れ離れになり、不安だっただろう。ハイム家に引き取られてから一度も会いに来ない姉を恨んだかもしれない。

 私はユリウスにすごく会いたいが、ユリウスはどう思っているのだろうと思うと心底怖かった。

 やっと念願だったユリウスに会えるという嬉しい気持ちと、嫌われてるかも知れない、恨まれているかも知れないという気持ちがグチャグチャになって渦巻いていた。


 無罪判決が決まってから簡単な手続きが終わるまで引き続きお城に滞在するようにと言われ、これまで過ごした真っ白い無機質な部屋から、豪華な客室へと部屋移動が行われた。と言っても、私の私物は皆無だから身だけの移動だ。

 平民にはあまりにも豪華すぎる部屋に、あの無機質な白い部屋とはまた違う居心地の悪さを感じていた。

 正式に客人として扱われることになったので、侍女までついてしまい、ここ数日ありとあらゆることまで世話を焼かれ逆に疲れ果ててしまった。

 客人として扱われるようになっても、お城ですることといえばレイチェルさんとお会いすること以外は何もすることがないので、これまで通り部屋でレイチェルさんに借りた本を読んで過ごしていた。

 家に帰れるまでもう少しかかってしまうということもあり、レイチェルさんの配慮で今日、ユリウスがお城に招かれることになったのだ。

 昨日、レイチェルさんからユリウスに会えると聞いてから、ずっとソワソワして身も心も落ち着かない。

 ほとんど眠れず朝になってしまい、準備を整えてからもどうにも落ち着かず部屋の中をうろうろと徘徊していたところに、ノックと共に近衛兵が入って来る。

 この豪華絢爛な客室に移ってからは、さすがの近衛兵もノックをしてくれるようになった。


 世にも恐ろしい縁談を断ってしまってからは初めて顔を合わせることになる。内心冷や汗をかきながら、朝の挨拶とともに軽くお辞儀をすると、「あぁ」とだけ返された。元平民である子爵令嬢ごときに縁談をあんな形で断られ相当怒って居るかもしれないと思い注意深く観察してみるが、私と会うときはだいたい不機嫌だったこともあり、いつもとさほど変わらない気がした。

 少し長い間見続けたからか、近衛兵に「なんだ?」と言われてしまい、私は慌てて頭を振ってなんでもないと答える。


「……弟君は、レイチェル嬢が開かれる午後3時の茶会へ招待されて居る」


 今は10時を少し回った頃なので、まだまだ時間がありそうだ。緊張のあまりこのままずっと先延ばしにならないかなという思いと、いっそのこと今すぐ会ってバッサリと裁かれたい気持ちが入り混じる。


「……それまでの時間だが……」


 急に言いにくそうに口籠もり出した近衛兵に違和感を感じながら、彼の言いたいことを聞けるまで大人しく待つ。


「……その……俺に……くれないか」

「……え?」

「だから! その……貴方の時間を俺にくれないかと聞いている」


 ……時間ってあげられるものだっけ? と考え出してしまう私は、この質問に相当参って居るのだと思う。あげられるものならもぎ取ってでもあげてしまい、早く部屋から出て行ってほしいなんて考えてしまう。

 しかし、頭の中で「誰にでも親切に接するのよ。優しさを忘れちゃダメ」という母さんの口癖を思い出して、自分を軽く叱咤した。


「……おま……いや、貴方に……これまでのことを詫びる時間が欲しい……」

「……詫びる……とは? 私にはそんな心当たりはないのですが……」

「……それは謝罪も受け付けたくないということか?」


 近衛兵の眉間にグッと皺がより、思わずヒッと声が漏れる。それに気づいた彼は片手で眉間のシワを隠すように当てて、バツが悪そうに「すまん」と短い謝罪を述べた。目の前の近衛兵が何を言いたいのか、何がしたいのか理解不能の域だ。


「……いえ、こちらこそ申し訳ありません……でも、私、クリスフォード様に何か謝ってもらうようなことに心当たりがないのですが……」

「……その……これまでの俺の貴方への態度を……謝罪したい……」

「……私への態度……ですか?」


 近衛兵はコクリと頷くと、氷の冷たさを思わせる銀の瞳で私を射抜いた。その色を見ると思わず条件反射のように後退して白旗を揚げてしまいたくなるが、今のそれには何故か少しだけ暖かみを感じる。


「……必要以上に貴方にキツくあたってしまった……それのせいで、貴方が俺を怖がっていることも分かっている……だから……その済まなかった……」

「――い、いえ……そんな……貴方は職務を全うして居ただけだと存じます……なので、謝っていただく必要はありません……」


 まさか謝罪を述べられるとは思っても見なかったので、内心これ以上ないぐらい戸惑っていたが、先日私が「怖い」と無遠慮に配慮に欠ける言葉を投げつけてしまったことが原因なのだろうと察した。


「……その、私の方こそ、無礼なことを言ってしまい申し訳ありません」

「――かまわない……それで……その」


 どこか落ち着かない様子のままチラチラと私を伺う近衛兵の言葉を待つ。


「……俺は、貴方の時間をもらえるのだろうか?」

「あ……えっと……謝罪であれば、本当に必要はないかと……」


 嫌だとは口が裂けても言えないが、本気で謝罪は必要ないと思っているのでその旨を伝える。だが近衛兵が望む返答ではないらしく、再び眉間にしわが寄ったが、それも一瞬で彼はまた思い出したように片手を眉間にかざした。

 そして、どこか決心した様子でずっと後ろに隠していた方の手をグッと私の方へと差し出した。思わず後退しそうになる足を精神力で必死に地面に縫い付ける。差し出された手元を見ると花束が握られていた。


「……受け取って欲しい……」


 そう言う近衛兵の顔と手元を何度も交互に確認する。最初の方からどこか居心地が悪そうだったが、いまではもう私の目も見れないといった態度にさらに戸惑う。


「……あの……もしかして」

「……偶然通りがかった店にあった……好きだと言っていただろう」


 何も悪いことをしていないはずなのに酷く気まずそうな近衛兵の手に握られた花を良く見ると、それは白いマーガリオンの花束だった。だが、私が知っているものより随分と質が良い。こんなに質が良いマーガリオンは初めて見る。

 マーガリオンは平民街で自生している花の一種でもあるため、貴族たちにはそれほど人気ではないはずだ。貴族は、希少な花を愛する傾向にあるため、平民街で自生する花をここまで質が良い状態で育てる店は珍しいだろう。そんな店を偶然通り掛かれるものなのか……。


「……もらっても良いのですか?」

「無論だ! そのためにわざわざ……いや……なんでもない……とりあえず、これは貴方に受け取って欲しい……俺が持って居ても枯らすだけだ」


 そっと花束を受け取ると、懐かしくて良い香りが鼻をくすぐった。マーガリオンは母さんが大好きだった花で、ユリウスとよく摘みに行って母さんにプレゼントしていた幸せだった頃の映像が脳裏に流れて自然に笑みが溢れた。


「……ありがとうございます」

「……っ!」

 

 私がお礼を言った途端、なぜか固まって動かなくなってしまった近衛兵を不思議に思っていると、しばらくして意識を飛ばしていた彼がハッとして現実へと帰還した。


「……昼を準備してもらっている」

「……え?」

「……これまでの謝罪は無論、挽回の機会をくれないか?」

「……挽回……ですか?」

「あぁ……貴方の中での俺を変えたい……貴方が俺にそうしたように……」


 私がしたようにとは一体どういう意味なのだろうか……?

 私は特にこれと言って彼に何かをしたことはないはずだと振り返りながら考えていると、かつて紋章が刻まれていた箇所が熱くなったような気がして、衣服の上からそっと手で押さえる。


「……だから、まず……貴方と過ごす時間をくれないだろうか……」


 思い返せばここ数日、彼の知らない一面を見続けている。鋭く光る銀の瞳は相変わらずだが、その瞳は何故か不安に揺れている。まるで私の一言で人生が左右されるといったような態度を見せる近衛兵に、私が取るべき返答は一つしかなかった。

 彼の目に宿る不安の色はとても既視感のあるもので、私はそれにとても弱いのだ。


「――……はい……」


 こうして、私はまた近衛兵に見られながら、王城の一室で食事を取ることになったのだった。

 あの時と違うことは、近衛兵も座って一緒に食事をとったということと、豪華すぎる食事の内容だ。


 こんなにたくさんの豪華な食事を王城の一室で近衛兵と二人で食べるという非現実的な光景に目眩がしそうだ。きっとセドリック殿下が絡んでいるのだろうと考えながら、漏れそうになるため息を堪えた。

 あの方のレイチェルさんへの執着は少々過剰なものだと、あの短い時間で感じた。異性ならまだしも同性である私にまで焼けつきそうな嫉妬の炎を飛ばしてくるのだから、レイチェルさんが息苦しくなってしまわないか内心とても心配だ。

 しかし今はそれよりも自分の心配をしないといけないのだろうか……。

 運ばれてきた豪華な食事を口に入れる際にずっと見られ続けている。視線に耐えきれず近衛兵を見返すと、さっと目を逸らされ話を逸らすかのように「美味しいか」と聞かれる。正直、あなたが必要以上に見てくるせいで味なんて分かったものではありませんと答えたかったが、「はい、美味しいです」と無難に平和な返答を返せば「そうか」とだけ返ってきた。

 今までは怖くて、表情を確認することはよっぽどのことがない限りしなかったので分からなかったが、私に短く返答した近衛兵の表情は見たことがないぐらいに優しいものだった。

 まさかこんな表情をしているとは思わず、ひどく驚いて咀嚼がうまくできない。なんだか私まで視線をどこにやれば良いか分からなくなってしまって困っているうちに、彼との食事は終わった。


 以前のように、味どころか食べ物が口から入っているのか鼻から入っているのかさえ分からなくなってしまうような緊張ではなかったものの、落ち着いて味わえる食事ではなかったなと苦笑いが溢れる。


 時計を見るともう1時を回っていて、ユリウスと会えるまでもうすぐだと気づいた。きっとこれから侍女に手伝われて準備を整えるのだろう。

 とても楽しい食事というわけではなかったものの、ユリウスのことをもんもんと考えて落ち着かない時間を過ごすよりは有意義なものになったと思い、素直に近衛兵にお礼を言うと、なぜか彼の頬が赤く染まった。

 

 今日もまた、この近衛兵の知らない一面をたくさん見たなと考えながら滞在している部屋へと彼に連れられ戻る。そして私を送り届けて別れる際も、何故か近衛兵の頬には赤みが残っていた。




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