2-7 加護
加護。
その言葉の指す内容は、ユニークスキルといえる物だろう。
身体強化から、呪術的な意味合いを持つものまで確認されているものは様々で、遺伝によるものもあれば、突然変異的なものもある。
書物の記載によるものだけを考慮するのであれば、対象に何らかの変化を加える能力だと言えるだろう。
肉体が異常に頑強となり、刃を通さなくなるような自己の肉体に変化を与える物。
手に持った物体がどのような衝撃を与えても壊れなくなるような、物体に変化を与える物。
特定の条件をクリアすると、相手の視界にとらえられなくなるといった相手の肉体に変化を与える物。
相手に自分が”夢の中にいる”と思い込ませる、相手の精神(この場合は脳神経になると思われるが)に変化を与える物など様々だ。
しかし、効果に差異があることから自覚できるレベルで加護を持つものは少数であり、加護を持っているかどうかを判別する方法も現在はごく一部の国々にしか存在せず、その技術体系は公にされていないらしい。
共通する認識として、加護持ちは総じて厄介な存在だ、という認識が根強いようだ。
これは、長い騒乱の時代の中で加護持ちの多くが罪人として検挙された反面、英雄視されている人物の多くも加護持ちであったことや、各地に伝わる寓話の多くで加護持ちと思われる登場人物が悪役であったことに起因すると思われる。
まぁ、確かに、理解の及ばない加護という力を隣人が所持していたと想定すると、それがどんなものであれ不気味に感じることは自然だろうし、揉め事の火種にはなりやすかろう。
加護持ちは平和な日常から見れば、その能力を持つ人物が善人であろうとなかろうと不安を煽る異物なのだ。
それゆえ、各地では加護持ちへの村八分や虐待、虐殺なども多く確認されており、加護持ちの判別技術がごく一部の公的機関しか所持されていないのもそういった風潮に対する配慮だとの事だ。
逆に、東部帝国においては初等教育の時点で加護持ちを選抜し、加護持ちだけを集めた学園もあるとの噂もある。
ウェルンガルにおいては、士官候補生や投獄される犯罪者へのチェックが義務付けられているものの、割合で言えば人口の1%にも満たない、極々わずかな人数であるとの事だ。
東部帝国の発表する統計は見つからなかったから分からないが、いずれにしても加護持ちは非常に数少ないと思われる。
「なるほど」
なにが成程なものか、とは思うものの、一度整理する必要があった。
情報が渋滞している。
転生者である自分は罪人(詐欺師)であり、鼻つまみ者の加護持ち(内容は分からない)であるらしい。
加護は封印されており、内容を知らされることは無い様だから、自力で知ることができたとしても10年後。
ウェルンガル最大の牢獄であるここには所謂加護持ち、と言われる人間が少なくとも数十人捕らえられているらしく、同室のシュウさんもその一人だ。
牢獄の中でも加護持ちは鼻つまみ者であり、多くはそれ以外の囚人に淘汰される傾向がある。
加護持ちの多くは、自覚がある無いに関わらずその加護を用いての犯罪を起こしており、それを封印されればその他大勢のチンピラ、不良と条件が変わらないことが多い。
囚人の多くは加護持ちの番号囚人を試し、組み伏せられる事が分かると奴隷のように扱う。
今までの鬱憤を晴らすかのような仕打ちで、過去に何人もの加護持ちが自ら命を絶ったり、命を奪われている。
可愛そうなのは自覚のない微々たる力しか持ちえなかった加護持ちだ。
何せ自覚がない。
それどころか、加護持ちを敬遠していた側ですらあった人間にも関わらず、猛烈な差別、暴力、迫害に見舞われる。
自分の加護が何なのかすら知らないにもかかわらず、だ。
特にウェルンガル牢獄においては軽犯罪の”4”,重犯罪の”7”,終身刑レベルの”9”と番号で分けられているせいで、4番台の囚人への辺りは特別強いのだという。
つい先日、自分を襲ったトラブルも、そんなことが背景になっていたらしい。
シュウさんが席を外している間に、食堂で10人近い囚人と揉め事になった。
シュウさんがトイレから戻ってきたタイミングでは既に食堂はさながら闘技場のような様相だったとの事。
罵声と指笛が飛び交い、止めに入ろうとする看守を人の壁がブロックする。
その輪の中心で、7人を叩きのめした俺の脇腹を一人の囚人が刃物で刺した。
シュウさんが輪を飛び越え、そいつを組み伏したときには俺は左わき腹を複数回刺され、意識を失っていたらしい。
「まーさか、刃物が出てくるとは思わなくてよ、ちょいと高みの見物決め込んでたらそんな感じになっちまってなぁ」
シュウさんはケラケラと笑う
「いやー、生きててよかったじゃねぇか、なぁ!」
何も良くはない。
「まぁ、目を覚ましたら急に口調は丁寧になるわ、所作まで変わっちまってびっくりしたけどよ。まぁ、上々だったんじゃねぇの?当分目立ったちょっかいは出してこないと思うぜ。少なくとも人数かけてかじゃないと手は出してこないだろ」
上々の意味が隔絶してる上に、最悪のケースで俺を待っているのは圧倒的なリンチだと思うんだが。
そうは思うものの、日々暴力にさらされることはないのだろうから、この体の持ち主には感謝しよう。勿論、最低限の感謝だが。
「まぁ、しっかし、嘘だと思ってたんだがなぁ。本当に覚えていないってか?困ったもんだ」
「もういい加減信じてもらいたいもんですよ?僕は身に覚えのないことが大渋滞していて吐きそうですよ」
「まぁお前さんはどうやら有名な詐欺師様らしいから何とも言えんよ。まぁ、俺からすればどっちでもいいさ。この糞退屈な日常に少しでも華が添えられるんなら、騙されてやってもいいかな、くらいには思ってるよ」
「へぇ?てっきり、俺のことを騙したら分かってんだろうな、位の事言われると思ってましたよ」
「いや、まぁ、そうなったらそうなった時だがね。それでも退屈な事には変わりねぇし、お前さんが利口ならここをお前さんがオサラバする時まで俺とは同じ臭い飯を食う羽目になるんだ。そんなバカなことはしないだろうさ」
「俺からすれば、シュウさんと10年同室ってのは眩暈がしますけどね」
「馬鹿野郎、そいつはお互い様さ。それにそのうち泣いて感謝することになるだろうよ」
不敵に笑うシュウさんを尻目に、俺は本棚の群れに身を投げる。
情報が足りない、足りなさ過ぎてどの程度まで情報を集めれば十分なのかが分からない。
数多ある前世との相違点を洗い出さないことには、自分の取るべき立ち振る舞いが読み取れない。
歴史書は必読だろうし、この国の行政に関する情報も、宗教や民族に関しての情報も欲しい。産業に関する情報も、地理に関しての情報もとにかく必要だ。
なにせ、今ある情報だけで言えば、間違いなく揉め事に巻き込まれやすい環境に身を置いていることは明白だ。
予感がするのだ。
このまま放っておけば、自分は詰む。
揉め事に巻き込まれるだけ巻き込まれて、気づかぬうちに足を滑らせて死ぬ。
そんな危機感がある。
「おーい、ゲン!ご指名だぞ!!」
5冊ほど書籍を手に取った後に、机の方からシュウさんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
返事をして、本を胸に抱えながら机に向かう。
俺はもうすでに十分すぎるほど面倒な状況に巻き込まれていることを、すぐに知ることとなるのだった。




