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1-1 現実

「いやぁ、どこで間違えたんかなぁ……」


今日は12月30日。


例年よりも大分暖かいといわれているが、23時をまわってしまえば寒いものは寒い。

気温は5度を下回っているだろう。


私は真っ暗な公園のベンチに座り、大きなため息をつきながら独り言ちる。

公園の外に申し訳程度に立っている街灯の光を白いため息が濁す。


ダウンジャケットのポケットから煙草を取り出し、かじかんだ指で火をつけた。


あぁ、不味い。


増税増税で煙草の代金はほとんどが1コインでは足りなくなった。

吸い始めたころは300円程度だったことを思うと恐ろしい変化だ。


私は1日に2箱近く煙草を吸うので、下手をすれば月間の食費と同額になる程度の煙草代となる。

それはまずいと、1ランク安い煙草に切り替えた。

360円。

煙草を吸い始めたころはご老人か、少し嗜好のおかしな奴が吸うと思っていた名前もパッケージも安っぽいダサい煙草である。

まぁ、不味ければ煙草を辞めてやろう。なんて考えていたものの、存外煙草の依存症というのは怖いもので不味い不味いと思いながらやめられずにいる。


怖いのは依存症なのか、自分の意志の弱さなのか。

改めてこうやって不味いと心の底から思いながらも吸うようになって良くわかる。

私は煙草が好きではないらしい。



ここは大都会東京。

とはいえ、ビル群が乱立する都心から埼玉よりの板橋区は大山という住宅街である。

池袋から私鉄で2駅。時間にして10分もかからない。


駅前から大きな商店街のアーケードがあり、シャッター街というわけではなく夕方になれば多くの買い物客でにぎわう。


駅前には何故か10店舗近いパチンコ屋が乱立しており、激戦区らしくサンドウィッチマンとなった店員がそれぞれの店の新台などのアピールを大声で叫んでいる。そこに無音の時間はない。


しかし駅から数分歩けばそこにあるのは閑静な住宅街。

遠くに車の走る音がする程度のもので、いかにもベッドタウンといった街だ。



ここに住みだして2カ月近くになる。前職を辞して、山梨の借家を引き払いこの街に家を借りた。


私は今年で34、来年には35になる。


大学を卒業して、なんとなく大型車両の輸出輸入を行うベンチャー企業に就職した。


入社3カ月でリーマンショックによる為替損の影響、社内の不正等によって債務超過状態だと発覚し、親会社に転籍した。

転籍先では営業として1600名いる営業マンの中で良好な数字をたたき出し調子に乗った。

それがいけなかったとは言わない。


問題は私の性根だ。


私は負けん気が強く、仕事に真面目な反面、自尊心が強く他人を見下しがちであった。

転籍先は典型的な成果主義であり、悪い体育会系の典型であった。


指導と称してアルミの灰皿が飛んでくるのはしょっちゅうであったし、責任者が成果の出ない営業マンを壁際に押しより大声で恫喝するのは日常茶飯事であり、私も半年ほどはそれの餌食であった。


流石に暴力はまずいと思った本社が灰皿はガラスではなく、アルミの物にするように通達したのは有名な笑い話であり、責任者たちも対策として改造エアガンを”指導”に使うなど労働局も真っ青な状態であった。


転籍先で初めて自分の名前がベスト3に入った途端、私の扱いは一変した。

”お前はできると信じていた””ついにお前もこちら側に来たな””あいつの頑張りを見ろ、お前ら恥ずかしくないのか”

そこから退職間際まで私の名前は必ずベスト30に載り続け、全国1位も何度も経験した。


そこに才能の開花などない。


血の滲むような働き方をして時間を供物にしたからだ。

朝8時から夜の8時まで店舗で働き、サービス残業をこなしつつ、ポスティング資料や後追い資料の整理をし、ポスティングに会社を飛び出す。

家に帰りつくのはいつでも1時をまわっている。

休みは返上し、休日出勤で案件数を稼ぎ、粗利と売上高を稼ぐ。


私は知っていたのだ。そのランキングから外れた時こそ破滅だと。


誉め言葉の裏に潜むサディズムに気づいていた。


考えすぎだとは思わない。そうやって結果を出せなくなった途端にボロボロにされた同僚を見てきたからだ。


新卒3年目の私は副店長となり、4年目には店長に。

7年目にはエリア長となっていた私ははた目から見れば順調なキャリアを積んでいただろう。

しかし、殺伐とした職場、平均睡眠時間が4時間の毎日ですっかり私は崩れてしまっていた。


忌み嫌っていた力で周りを押さえつける指導方法を身に着け、私は周りを見下し、若い芽を摘んだ。

気に入らない部下をどなりつけ、物を投げ、恐怖でいうことを聞かせるという楽な方法を選んだ。


なりたくない自分に、見事になっていた。


社内で純粋に友人と呼びあえるような同僚はおらず、上司や役員との腹芸を繰り広げる事ばかり上手くなった。


薄々違和感を感じてはいたものの、これが自分の努力の結果だ、同じ努力の方法や結果を求める意志が弱いから周りはついてこないのだと思い込み、自分を正すことができなかった。


「あいててて……」


吸殻をスニーカーの裏で踏みつぶし、ゆっくり立ち上がる。

連日のアルバイトですっかり筋肉痛だ。


年末はどこも忙しいらしく、日雇いのアルバイトは多く、少し高額な日当の物も多い。

今日は冷蔵・冷凍の宅配物の仕分け作業の5日目だった。

自分より若い社員にどやされながら、ひたすらに派遣社員が仕分けをする。

今日配置された部門は何故か東南アジアや中国からの若者が多かった。

10代後半から20代前半くらいだろうか。間違いなく私よりは年下だろう。

母国語で笑いあう彼らに混ざって一人黙々と仕分けをした。

分からない言葉、単調な作業、絶え間なく流れてくる荷物。


今の自分は何者でもないと自覚するには十分な環境だった。


駅から徒歩10分の家路にあるこの公園で一服をするのが日課となっている。

毎日毎日私は冒頭の言葉を独り言ちている。

「どこで間違えたのだろうか」

言葉通りの意味はない。自然と漏れ出ているのだ。

正直どこであろうと意味はない。間違えばかりに感じるし、間違いなく失敗したと感じているからだ。



(あー。思い出したくねぇ、思い出したくねぇ)

痛む足を引きずりながら頭を振る。

脳裏に浮かぶのは初夏に入りかけた湿度の高い、あの6月であった

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