11.貧しき風貌
疑問に思っていた。テリアンの警戒度、カーネルの考察、そして見つかったパラの誘拐未遂犯たち。それらがいまひとつ噛み合っていなかった。カーネルの能力によってガレの周辺察知は封じられていたが、それでもこの村には少なくない人数がいるのだ。おれたちに見つからず、しかしテリアンにだけはその存在を気取られていたという状況は、少しばかり違和感があった。
つまり。
おれは対峙している者たちを順に見ていく。鋭い眼に、鋭い気配。いずれもその立ち姿に隙はなく、それはもちろん、前に立つランゾウも同様だった。初対面のときとはまったく違う身なり。髪と髭は整えられ、服もまとっている外套もきわめて清潔で、もともとの体躯の良さも相まって威圧感すら感じる。
村を外から監視していた存在は二つあった。パラを誘拐しようと企んでいた者たちと、テリアンを借金取り立てのための重要人と見ている者たち。二つの監視の練度の違いが、違和感の正体だった。
「パラに挨拶もせずに行くのか」
「彼女の意見を尊重したまでのこと」
彼女といって首で示されたのは、背後のテリアンだ。
「質問の答えになってないだろ」
「それがしは他の者に迷惑をかけたくないと出立を急いだ彼女の意見を聞いた。これで答えになっておるか?」
「なってない。パラを悲しませるな」
ランゾウはおれの言葉に薄く笑みを浮かべた。
「悲しんでくれるものだろうか」
「ガレ以外にはまだ馴染んでいないからな。勝手に逃げるなって陰で泣くだろうさ」
ランゾウが、今度ははっきりと笑った。
「面白い。しかしこれも仕事ゆえ、ご容赦を」
「断る」
おれはそういって、テリアンを見やった。
「ラブロスやテリアンの話はおれには関係ないし、こっちがどうこうできる問題じゃない。だけどパラの件は別だ。別れの言葉くらい直接いえ」
「その語気の荒さ……なるほど。バネッダ殿の経験談か……」
顔を合わせての別れの言葉など、少しの時間もかからない。いまから戻ったとしてもそれほどのロスにはならないはずだ。ランゾウかパラか、あるいは双方にそれができないなんらかの理由があるのは確実だが、さて。
「なぁ、ここでいい争う時間があるなら、この時間を使って一回村へ戻ろう。パラを起こして、挨拶をして、テリアンを連れていく。問題があるか?」
「いまはゆっくりと寝かせるのが良かろうに。彼女の肉体は相当に疲弊しているはず」
「なんだ、知ってるんだな。テリアンから聞いたのか?」
「いいや。その件に関しては申し訳ない。まさか監視報告を聞きにいっていた最中に事件が起こるとは思わなんだ」
ランゾウの話をまとめると、彼と彼の仲間の目が外れたときに運悪く誘拐未遂犯が動いたようだ。これも偶然と流すには少しばかり違和感がある。
「まぁいいや。肉体はともかく、精神の疲弊はそれなりの手段が必要だろ。ガレみたいな友人も必要だし、あんたみたいな友人もまた必要だ」
「しかし、戻って顔を合わせたあとはどうすればいい。別れを告げれば、おそらく彼女は……」
「悲しむだろうな。それかあんたについていこうとするかもしれない」
話の流れとしてはそれなりに良い方向へ進んでいる。おれはそう思っていたのだが、ランゾウは急に口をつぐんだ。
「これについてはパラに訊いてみるしかないだろうけど……どうした?」
ひとまずおれは話を続けたが、ランゾウからの反応はなく、彼は俯いたままになってしまった。
助け舟はランゾウの横に立った男からだった。
「残念だがそれは叶わぬ願い。しかしどうかランゾウさまを責められぬよう」
「口を挟むな、ケイジ」
ランゾウがケイジと呼んだ男は、たしなめるような言葉に小さく首を振った。頭の天頂まで髪を上げて高く結っているため、その部分が首に合わせてゆらゆらと揺れる。
「伝えたところで状況は変わりませぬ。ならばランゾウさまの事情を話しても責められますまい」
「事情って?」
「はい。わたくしめがお話いたします」
「おいケイジ……」
ランゾウを半ば無視して、ケイジはおれに背を向けた。外套に大きく縫われた紋は、おそらくなんらかの所属を示すマークだ。黒い三脚を持つ巨鳥の刺繍は、ランゾウたちの国に伝わる神話上の魔物であると、ケイジは簡潔に説明してくれた。
「わたくしたちの国……ゲッコウは、長きに渡り外界との交流を遮断し、国内に巣食う魔物たちとの戦いに明け暮れておりました。いまは少しばかり事情こそ変わり申したが、他国からの、それも魔物を国へ連れ帰るなど、法の面からも倫理の面からも言語道断。ゆえにあの子を連れて帰ることはできませぬと、わたくしたちがランゾウさまを説得したのです」
「ゲッコウ……むかし調べたことがある。資料は少なかったけど、たしか厄介な魔物が多いところだ」
「おや、知っておられたのですか」
ゲッコウ君主国家。国家の特色や文化については詳しくないが、魔物についての情報をいくつか収集したことがある。おれがいった『厄介』とは、もとから人間と敵対しているという一般的な意味合いである。記憶では直接的な攻撃ではない搦め手を用いる魔物が多かったはずだ。
「魔王の宣戦布告は、わたくしたちの国にとっては良き結果をもたらしました。外交における悩みの種となっていた国内の魔物を研究し、撃退すべく、国には多くの研究者が出入りするようになり、対策がなされ、ついには一般人の国内外移動も解禁され……いまこしてわたくしたちがここにいるのも、これらの流れのなかの一つにございまする」
「金貸し業。テリアンからはそう聞いているが」
「はい。わたくしたち天玄配為は、通常おこなわれる金貸しとは違う、長距離間契約を可能にした貸金業。逃げのリスクを伴うなかでこの運用が可能になったのは、ひとえに魔物が持つ能力の研究と技術の応用によるもの」
ケイジがテリアンの首を指した。正確には、彼女がラブロスと奴隷契約を交わしている証である鉄の首輪を指したのだと、おれは少し遅れて気づいた。
「最新の小型発信器をこの鉄輪に装着しております。世界中のどこにいても発せられる信号を受信することで、わたくしたちは迅速な業務をおこなうことが可能なのでございまする」
魔物の能力を技術転用した発信器は本来、勇者計画の関係機関にのみ出回っているもののはずだ。とはいえこの発信器をはじめとしたいくつかの独占技術はすでに市場に流れていることが確認されており、ランゾウたちもそれを入手したのだろう。
「ゲッコウか」
話を戻して。おれはため息を吐いた。なるほど、彼らの出身がゲッコウならば、彼らのいい分も理解できる。
「さっきの話からして、どうやらまだ外来種は厳重に管理しているらしいな」
「はい。それに関してはわたくしどもではなく国の問題……ご容赦されよ」
「外からの魔物はいまだに一切受け入れてないってわけだ。それじゃあ、それをランゾウの口から直接説明してやれ。それで別れる。パラだってわかってくれるさ」
ランゾウは変わらず口を閉ざしたままだった。その表情から、おれは一つの仮説を思いつく。
「わかりたくないのはパラのほうじゃないってことか」
ケイジが先ほどのおれよりも重いため息を吐いた。
「街のなかでの生存修行など、許可するべきではありませんでした。まさか……」
「まさか仕事中にもかかわらず魔物の子に情などを覚えるとは、か? なるほど。あの身なりも生活もあくまで修行の一環ってことなら、それがなきゃ魔物とかかわることもなかったってわけだ」
ケイジはおれの言葉に頷いたが、そこでようやくランゾウが口を開いた。
「しかし結果として客の情報を掴むことにはつながった。そうであろう?」
そういいながらランゾウが取り出したのは、どこかで見たことのある小型の書物。いや、よく見るとそれは、黒革を表紙にして束ねられた小さなメモ帳だ。ここにいた元村長が残していた、吸血鬼への生贄を記した損益計算書。
「いつの間に」
「村の調査ついでに。そもそもそれがしがここにきた理由は……これはパラ殿には内密に願うが」
おれとガレが頷くと、ランゾウは久しぶりに小さく笑みを浮かべた。
「リンダがこの村へと呼んだ者の一部は、天玄配為に融資を受けている者たちであった。リンダはかかわりこそあまりなかったが一応の同業であり、それがしたちよりも優しい金利で金を回しておった」
「リンダ……村長も金貸しだったのか?」
「元、であるがな。その縁で脛に傷ある者たちを集め、ここで働かせていたというのがそれがしたちの推論。もっとも実情についてはバネッダ殿のほうが詳しかろう」
そうはいわれてもまったくの初耳で、おれはなにも答えられなかった。この美しい土地を純粋な気持ちで開拓しようとしたなかに運悪くガイデルシュタインの干渉を受けたと考えていたが、そうなると少しばかり見方も変わってくる気がする。
しかしそれはあくまで過去の話であり、重要な要素ではないだろう。ランゾウもわかっているようで、おれの返答を待たずにふたたび話し始めた。
「大口の債務者であるラブロスがこの村の近くで消息を絶ち、ウィランドでテリアン殿を発見するもその行方はわからぬ様子。足取りを調査するなかでこの村を訪れたそれがしは、そこでこの村を興したのがリンダであることを知り申した」
「そのあとおれに隠れて村の燃え跡を探り、その帳簿から村長とラブロスの関係を知ったってことか」
「しかしながらラブロスの現在につながる情報は発見できず、それがしたちの頼みの綱は、ウィランドの街で独りきりとなっていたテリアン殿に絞られてしまった」
「テリアンの監視でガレを知り、ガレとともに村を訪れて手がかりを見つけるも、結局そこからはなにもつながらなかったってわけだ。もっとも仕事以外だと成果があったようだが」
「勘の良いおかたよ」
ランゾウが口端を曲げた。
「街での生活で知り合ったパラ殿を保護するための場所として、バネッダ殿たちはうってつけであった。それにパラ殿はそれがしが動く際の隠れ蓑にもなってくれる……」
「結果的にランゾウの動きでパラは街から逃れることができた。別に秘密にしておくことでもないだろ」
「結果的にというならば、パラ殿が襲われたこと自体、それがしの責であろう! それがしのせいでパラ殿は……!」
「長々となにを無駄話しておるのだ! 話の中心は俺だろう?」
おれもランゾウも、その怒声に驚き体を震わせた。もっともその声の主に気づいていなかったのはどうやら話し合っていたおれとランゾウに、中央に囲まれたかたちになっているテリアンだけだったらしい。ガレもランゾウの仲間たちも、いつの間にかその関心は会話ではなくそちらへと向いていた。
「まったくグダグダと関係ない話をしおって。そしてこれはいったいどういう了見だ、テリアン!」
テリアンは、最初の声の段階でその正体に気づいていたように見えた。そして名前を呼ばれて、改めてその表情が変わった。姿勢が一瞬にして整い、顔から表情が消え、初めて会ったときのような、知性と冷静さがにじみ出る女性の姿へと変貌した。
「ラブロスさま……」
「ご主人さま、だろう。それすらも忘れるとは、ずいぶんと怠けていたようだな?」
月と星の光のもと、おれたちのもとへと歩いてきたのは、テリアンの主人であり、ランゾウたちから融資を受けていた男・ラブロス本人だった。
おれは思わず息を呑んだ。
たしかにそこに現れたのはラブロス本人だ。しかし印象がまったく異なる。髪は整っておらず、服装はきわめて簡素なものであり、周囲に護衛は一人としていない。顔はもとを知らずともわかるほどにやつれており、髭は無意味に伸びている。豪華なネックレスも外套もなく、十の指にはめられていたきらびやかな指輪が一つもない。
まるでガレとともに初めて村を訪れたときのランゾウのような風貌。おれだけではない。ランゾウもテリアンも、彼の姿に驚いているようだった。
「ラブロス……ここがよくわかったな」
ケイジが呟くようにいった言葉に、ラブロスは強く鼻を鳴らした。
「テリアンの発信器を辿ったまでのこと。ああ、そうか。受信器を俺も持っていることについては教えていなかったな」
「ご主人さま、なぜここにきてしまったのです?」
「俺の行動に文句をつける気か? まぁいい。どうだ、ケイジ。契約の際にいった通りだったろう? 俺はテリアンという優秀な奴隷を置いて逃げるような真似はせん。俺に発信器を取りつけずとも、必ず俺は現れる」
その言葉にケイジが唸った。ラブロスはケイジの横を過ぎ、テリアンを鋭い眼光で見下ろした。
「街に身を隠すようにあれほどいっておいたにもかかわらず、のこのこと外に出るような真似をしおって」
「……申し訳ございません」
「しかしこいつらも騙されたのだろう。街を出たテリアンは俺の居場所を知っているものと勘違いし、慌てて確保へと動いた。そんなところか」
「わかっていてなにゆえここに現れた」
「それはな、こういう理由だ」
ケイジの問いに振り向いたラブロスは、背負っていたものを地面に放り投げた。一度見たことがある。重い音をして着地したのは、彼の金庫だった。
「まさか、返済金を?」
「見てみるか?」
ラブロスが金庫を開け、ケイジが慌てて確認する。仲間たちが灯した松明のなかで作業を始めたケイジは、しかしすぐそれに気づいた。
「とても足りているようには見えないが……?」
「バカめ。誰がすべてを返済といったのだ」
「待て。期日はとうに過ぎておる。一部を返済したからといって、すでに容赦できる時期ではない」
「すべてを、とはいっていないが、一部、ともいっておらんぞ?」
ラブロスはそういうと立ち上がり、ランゾウの前に立った。次の行動に警戒するケイジたちを横目に、彼はゆっくりとテリアンを首で示していった。
「テリアンの名義で借りている返済金の全額分だ。こいつを解放しろ」
静寂に響いた言葉に、おれを含めた皆が硬直した。




