10.泥と砂
村の教会、その外壁。石造りの壁を背に正座し、両手を背側で結ばれ拘束されているのは、ガレの動きにまったくついていけずに降伏した五人の男たちだった。陽光があまり当たっていないのか、地面は雨の跡をまだよく残して柔らかい。
カーネルが男たちへの処置を手早く済ませたころ、ちょうど教会からテリアンが出てきた。一応のことを考え、ガレとライアはランゾウやネイがいる村長の家に戻ってもらっている。
「いまは安静にしてもらってる。見た感じ外傷はなかったわ。物理的な衝撃による失神じゃなくて、眠り薬かなにかを飲まされたのかも」
「眠り薬?」
テリアンの報告に、カーネルが首を傾げた。
「そんなに効きのいい睡眠薬を街のゴロツキが持ってるとは思えないが」
「街のゴロツキ?」
「ああ。カーネル、もう一回話してもらおう……なぁ、それはなんだ?」
カーネルが持つ松明を指す。松明といってもそれは筒状に丸められた紙に火が灯ったものであり、おれの目が正しければ、それは新聞だった。
「新しい新聞だよ。ランゾウが持ってきてくれたんだ」
「ああ。そいつはおれが頼んだものだけど、どうして燃えてる?」
「便利だろう」
「おれはまだ目を通していないんだが?」
無言で目を逸らしたカーネルに、おれはため息を吐いた。仕切り直して、おれは男たちに目を向ける。パラをテリアンに介抱してもらっている間、おれたちは男たちに事情を聞いていたのだ。
「どこからなにを話せばいいんだ」
反省をしているかは不明だが、少なくとも男たちは従順だった。おれは順序を問わずに、先ほどの話を繰り返すようにいう。
「俺たちはウィランドの街に住んでる。だからあの魔物に懸賞金がかけられてることを知ってた。んで、金欲しさにここまできた。これでいいか?」
左端の大柄なスキンヘッドがいった。テリアンがおれに頷いたのを確認してから、おれはまた口を開いた。
「ありがとう。じゃあここからは新しい話だ。パラに飲ませた薬はなんだ?」
男たちは互いに顔を見合わせ、それからおれやカーネルに目線を戻した。
「知りたいか?」
「拒否権があるように思うか?」
強い効能を持つ薬は副作用も大きいだろう。さらにパラは魔物であり、彼らが使った薬が合法なものであっても危険な場合がある。
「話していいか?」
「ああ。だけど全員が話す必要はない。代表してアンタが話せ」
大柄のスキンヘッドを指していう。男はしぶしぶといった様子で話し始めたが、話が二転三転する上にいまいち要領を得ない。意図的に支離滅裂な話題を続けているとわかったところで、おれは話を切り上げさせた。
「要は話したくないし話せないってことだろ?」
「そういうわけじゃない。ただ、ここで真実を話しちまうと俺たちを生かしておく必要がなくなるだろ?」
おれとカーネルは顔を見合わせた。カーネルがやれやれと肩をすくめ、一歩前に出る。
「よう、お前ら。俺はカーネル。カーネル・グランジェットだ。出身はアステラス共和国で、影の団ってのに所属してる。名前は大袈裟だが、やってることは単純だ。議会や行政と民間委託の仲を取り持つこと。もっとも俺はそんな賢くはない。下っ端だから、清掃や守衛っていう業務を平時下じゃやってる」
「な、なんの話だ?」
困惑する男たちの前に屈みこみ、その真ん中に座る小柄の男の肩に、カーネルが優しく手を載せた。
「でも、わかるだろ? いまは世界中で人間と魔物の争いが起こってる。国の重要な業務にかかわっていない俺たち下っ端は、だからこそこうやって前線に駆り出されるわけだ」
「テリアン。パラの近くについてやっててくれ。ここはおれとカーネルで充分だ」
カーネルが話す横で、おれはテリアンにいった。もちろんパラを心配するという理由もあったが、それ以上にこれから始まるかもしれない光景を、理由もなく彼女に見せる必要はないと思ったからだ。
なにかを察してくれたらしいテリアンは、頷いて教会へと入っていった。その間にも、カーネルの話は続いていた。
「まぁ、こいつは仕事じゃなくてベニーへの好意でやってることなんだが……ベニー。水をくれ」
「ないぞ」
「なに? まぁいいや。じゃあこの泥だ」
カーネルは持っていた新聞ランプを――まだおれが読んでいないというのに――地面に投げ、踏み潰して火を消した。それから革の手袋をつけ、足元の泥を手で抉り取る。両手で器用にそれを捏ね、両手で覆えるほどの小さな泥団子を作り出した。
「いいか? これは爆弾だ。爆弾ってのは恐ろしい。こいつがここで爆発すると、お前の頭の半分は簡単に吹き飛んじまう」
「脅しているつもりか?」
小柄の男は笑みを浮かべて問うたが、目は笑っておらず、歯も食いしばっている。わからなくもない。大人が急に眼前で捏ねた泥団子を掲げて口に出す台詞とは思えない。冗談に聞こえすぎて、逆に恐ろしいだろう。
「脅す? 違う。俺は常にお前たちの味方だ。だけれども名乗ってしまった以上、お前たちには義務が生じている」
「なにをいってる。そっちが勝手に名乗ったん……」
男の声が、爆発音と爆風にかき消された。もしくは最後までいいきれなかったのかもしれない。カーネルが背後のおれをさらに越えた位置に投げた泥団子が、地面に落ちる寸前で爆発した。
男たちの顔が戦慄に引きつった。
「お前ッ……お前も魔物なのか?」
震えて問う声に、カーネルは首を降った。
「いいや、生まれも育ちも人間だよ。ただの影の団で、ただの動物学者だ」
「動物学者? ああ、もしかしてテリアンにはそう名乗ったのか?」
たしかテリアンは当初カーネルの身分を、信頼できるものと説明していた気がする。彼はその身分証を以て勇者御一行に協力する国や地域に渡航し、情報収集などをおこなう。もっとも彼はもともと学者だったわけではないし、そもそも動物学者の身分自体が偽りのものである。あくまで国際的に信用され、かつ多くの国へ移動するための身分証として動物学者が選ばれたというだけだ。
「おっと。ベニーの前で名乗るには恥ずかしい知識量だがな、俺だって仕事の関係で勉強しているんだぜ?」
おれの心を読んだかのようにカーネルがいった。
「悪い、話が逸れたな。なぁお前たち。泥団子を食ったことがあるか? 俺は子どものころのままごとで一度食わされたことがある。文字通りの苦い思い出だ」
おれは思わず苦笑した。唐突なその昔話も、この状況下では脅迫以外のなにものでもない。スキンヘッドの男が慌てて口を開いた。
「俺たちはなにも知らない! 適当に買って、適当に使った! それだけだ! 信じてくれ!」
「だとよ。ベニー、どう思う?」
「それで偶然あの効き目か。まったく動かなくて最初は死んでるかと思ったけど……まぁ、残念ながらそれが事実なんだろうな」
計画的にことを為すにしては杜撰な計画と行為だった。金が目当てというのも嘘ではあるまい。考えかたを変えれば、生きたまま運ぼうとしてくれただけ感謝すべきなのかもしれない。
「それでベニー。こいつら、どうする? 勢いで拘束したはいいが、殺すか?」
「物騒な話はやめろ」
「じゃあ逃がすか? 反省しているようには見えないが」
男たちがぶんぶんと首を横に振った。
「反省してます! 赦してください! もう絶対にこんなことはしません!」
「たしかに反省しているようには見えない」
おれがいうと、男たちの顔が一気に青ざめた。実際には相当に怯え、相当に反省しているように見えるのだが、状況としては街から出ていた依頼に応えようとしていた図であり、その依頼自体も現在の情勢下ではおかしいものではない。この男たちにとっては正義を果たせるうえに金をもらえるおいしい話だったのかもしれない。
しかし。
「解放してやろう。カーネルの泥を塗りたくってな」
「はは。なるほど」
カーネルが笑った。彼は男たちの手の拘束を一つずつ丁寧に外していく。親指同士をきれいに固定しているのは、細いベルトのような白の結束バンドである――と思っていたのだが、取り外し、カーネルの手に握られたバンドの色に、おれは思わずあっと声を上げた。
「黒? なんでそんな高級品を?」
「少し増産されたんだ。残念だがベニーにプレゼントする分はないぞ」
形状こそ勇者御一行の一部に支給されている最新の結束バンドと同じだが、そのうちの一つが白ではなく黒色だった。黒色のバンドは樹脂を用いた新素材のもので、強度も費用も跳ね上がっていると聞いたことがある。
「こいつは再結束可能なもの。実はな、ほら、もう一つ」
カーネルの懐から取り出されたのは、似た形状の黒結束バンド。しかし手で取り外して再利用できるタイプではなく、一度固定すると専用の工具で切り外すしか方法のない強拘束仕様のものだ。
しかも黒版の特徴はそれだけではない。もう一つ重要な要素がある。
「試してみるか?」
「遠慮しておく。まだ死なせたくはない」
「わかってるよ。窮鼠疾走もガイデルシュタインも大事だもんな」
「ああ。それじゃ、パラの様子を見てくるよ」
背後で笑ったカーネルに疑問を覚えたらしいアッシュが口を開いた。
(ぶれい……なに?)
「おれの能力名」
カーネルに怪しまれないように、おれは教会のなかへと向かいながら小声でいった。
(死ぬの?)
「あの黒のバンドはな、能力を無効にする作用があるんだ」
(無効……使えなくなるってこと?)
「完全な無効化には至らないらしいけど、アレを外しても無効化された能力が戻らなかった事例がある。研究者間の話だし、いまも戻っていないのかは知らないけどな」
(へぇ……ねぇねぇ、じゃあもしアレをつけられたら、わたしって消えちゃう?)
「可能性としてはゼロじゃない」
(うっわ。じゃあなにがあっても絶対にダメだからね……え?)
「どうした?」
(アレをつけると能力が消えるんなら、吸血鬼の能力も消せるんじゃない?)
「賢いな」
(そうでしょ? って、そのいいかただと無理な理由があるのね)
「そんなんじゃない」
おれは教会の扉を開けてなかへ入った。
「ただおれはせっかく身につけた能力が惜しいし、バンドで能力がもし消えたらカーネルの責任だからな。それは避けたいんだろ」
(責任って?)
「おれの話す吸血鬼の力を信じてくれたのか、あるいはガイデルシュタインに奪われた古代の力がまだおれの体に残っていると信じているのか……どっちにしろ、カーネルはそれを持って帰りたいのさ」
(考えかたが少し捻くれてない? あの人、いい人そうだし、ただバネさんと帰りたいってだけなんじゃ)
「そう見えたんならなかなかに純粋だな」
アッシュがおれの言葉に頬を膨らませた。見えてはいないのだが、なんとなく感覚でわかるのだ。
おれはパラがいるはずの長ベンチがある本堂にたどり着いた。小さな灯りが二、三灯っているだけで薄暗いその空間は静けさに包まれていたが、横になっているパラはすぐに発見することができた。
そう、パラはいた。しかしそれ以外に人の気配がない。テリアンの姿がない。パラのかすかな寝息が彼女を視認したことで明確に聞こえるようになったが、それだけだ。
この村に二箇所ある正式なトイレの一つは教会の横にある。直接自然に還すのではなく、埋設された箱を定期的に入れ替えるタイプのものだ。彼女がそちらに行ったかもしれないと考えたが、そこにも彼女はいなかった。
「バネさーん!」
手がかりもなくパラがいる本堂へと戻ったおれに声をかけてきたライアは、いいタイミングだったといえる。壁をすり抜けてきた彼女に、おれは小さく手を振った。
「ちょうどよかった。ここにくる途中にテリアンを見なかったか?」
「いえ。あの、似たような質問なんですけど、ランゾウさんを見ませんでしたか?」
「いないのか?」
「はい。ネイさんはお部屋にいらっしゃったんですけど……」
「街に行くとか、そういう話は?」
「ぼくは聞いてないです。それにそもそもさっきまで腕相撲してたじゃないですか」
「だったら家に残ってたネイが……知らないからここまで飛んできたんだろうな」
扉の音におれたち二人は素早く振り向いたが、それがカーネルであることに気づくと揃って落胆した。
「傷つくぜ」
おれたちの反応にきょとんとしていたカーネルが苦笑した。
「重要な情報を持ってきてやったっていうのに」
「誘拐未遂がなにか吐いたのか?」
「いいや、あいつらが頑張るのはこれからだ。いまは別件。頼りの鼻を潰した俺からの詫びってところだな」
おれがその言葉に首を傾げると、カーネルは照れ臭そうに頬をかいた。
「わかりにくかったか? 要するにお前たちが知りたい情報だよ。テリアンを探してるんだろ?」
「知ってるのか?」
「ああ。村を出て東に向かった。複数の人間と一緒に」
「あいつらに仲間がいた」
「そうじゃない。別件だっていったろ? 別れの言葉が必要なら早く追いかけたほうがいい」
※
おれはカーネルとライアに村を任せて村を出た。ウィランドの街への方角、草原上に踏みしめられてできた道を、家に寄って拾ったガレとともにどの程度走っただろうか。おそらく数分もかかっておらず、それほど長くはなかった気がする。
幸いだったのはいまが夜であることだ。月の光は充分にあるが、一般的な人間は夜に適した目を持っていない。舗装されておらず、人通りもない――そんな場所において、周囲への警戒はしてもし足りないほどだ。さらに複数人での行軍はどうしても速度を落とす必要がある。彼らの中心に手縄をした女性がいるならなおのこと。
六人の男たちが囲む一人の女性。その集団はおれたちの接近に気づくと、すぐに立ち止まり、こちらに向けて陣形を整えた。その動きだけで、誘拐未遂の連中との練度の違いがわかった。統一感のある砂色の外套も、その雰囲気を重厚なものにしている。
先頭を歩いていた男が、おれたちの目の前に立った。そこにいる女性――テリアンを背に、男はまっすぐにこちらを見つめている。
「もう寝る時間だ。パラを置いてどこへ行く」
「仕事ならば昼夜を問うまい。いや、むしろお天道さまに顔向けできぬ職ゆえ、夜のほうが都合がいいともいえよう」
ひらりひらりと、外套が夜風になびく。長距離移動用の杖をついたランゾウが、この状況に一つの心の動きもないかのような、冷たい声音で答えた。




