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08.旧知の仲に一つ影

 昨日の雨はすっかりと止み、空には雲一つない夜空が広がっている。青空は恋しいが、代わりにおれは夜空について一家言を持つようになってきたらしい。快晴の青空にもその色や感じる空気による違いがあるのと同じだ。


 さて。驚くのはいいとして、まさかカーネルが気絶するほど驚くとは予想外だった。もしかすると外面に出ていなかっただけでネイのように長旅の疲れが蓄積していたのかもしれない。


 日没から約一時間。事情を聞いたネイの計らいで空いたベッドに寝かせていたカーネルが起きたというガレの知らせを、おれは外で受けた。


 その間なにをしていたかと問われると答えるのが少し難しいが、強いていうならば雑談だろうか。カーネル・グランジェットという男とおれがどういう関係なのかについて、アッシュとライアが執拗に聞きたがったのだった。


「ってことで、続きは本人を交えてな」


 話の打ち切りを残念がるライアを置いて、おれはガレとともに家のなかへと入った。もっとも広い応接間もいまの人数だと厳しいかと思ったのだが、入ってみれば人が少ない気がする。


 いないのがランゾウとパラのコンビであると気づいて、おれは質問を投げた。


「ランゾウは外でずっとなにをやってるんだ?」

「てんすいおけのせいび……です」


 ガレがぎこちなく答えた。そういえば口調の話もテリアン由来だったか。丁寧語はおそらく頭領(ちちおや)仕込みだろうが、いまの状態のテリアンと話すうちに影響でも受けたか。


 どんな話しかたでもいいと思うが、そのあたりは本人に任せるとしよう。それよりも――。


「てんすいおけってなんだ?」

「貯水タンクだよ。名称の違いだ」


 おれの問いに答えたカーネルが、ベッドから体を起こした。


「それで、お前、本当にベニーか」

「証明しようがないけど、おれはベニーだよ」


 カーネルは警戒した様子で立ち上がると、そのままゆっくりとおれに近づいてきた。眉間にシワを寄せたままおれの顔をじっくりと眺め睨んでいた彼は、小さく頷いたかと思うと唐突に低く()えながらおれを抱き締めた。ライアもガレもテリアンもネイも、もちろんおれも、その行動に各々声を上げた。


「いきなりなんだ、どうしたっ」

「おいおい、当然だろう! お前が生きてるだなんて思っても見なかったんだからよぉ!」


 カーネルは笑いながらおれを離すと、周囲の女性陣に順に目をやった。


「で、このかたがたは? 現地妻か?」

「いいかたよ」

「ハッ、悪い悪い。もしかして、ベニーの命の恩人か?」


 テリアンが困ったように唸った。


「どちらかというとわたしたちの恩人なんだけど……」

「そうですわよね……」


 そこで改めて新顔の存在に気づいたらしいテリアンとネイが二人で話し始めた。カーネルは鼻をすするガレを見て、次いでテリアンたちに同意するライアを見やって、ふむと首を捻った。


「よくはわからんが、この魔物のお嬢ちゃんや透けてるお嬢ちゃんもベニーに助けられたクチか?」

「そうですね。といってもぼくの場合はバネさんを助けてもいますから、そういう意味ではお互いに恩人……」


 流暢に返答したライアの動きがピタリと止まった。彼女は驚愕の表情で宙を後ずさり、一瞬で窓の外まで避難していた。


「み、見えるんですかっ!」

「ボヤッとな。あれ、もしかして秘密だったか?」


 なぜかおれに向かってカーネルが問うてきた。おれは肩をすくめてそれに答えてみせた。


「それにしても、どうしてこんなところまで? また任務なのか?」

「任務っちゃあ任務だな。とはいってもいままでの任務とはまったくの別口だ」


 カーネルはびしりとおれを指した。


「手短にいっちまえば、お前の後始末だよ」

「おれの……」

「質問です!」


 ライアが手を挙げた。カーネルがおれよりも早く質問を許可したが、ネイやテリアンには謎の光景だったに違いない。


「カーネルさんはバネさんの仲間だと聞きました。本当ですか?」

「ああ、本当だとも。厳密には違うんだが、広義の意味じゃ俺も勇者御一行ってわけさ」

「勇者? バネッダさまは勇者さまなんですの?」


 にわかに驚き騒ぎ始めたネイに、カーネルは一瞬おれを見てから、大きな咳払いで対応した。


「勇者に憧れる冒険者だな! 広義の意味じゃ俺たちだって勇者さ、そうだろ?」

「なるほど! さすがでございますわ!」


 カーネルは半ば強引に彼女を納得させると、おれをぐいと引き寄せた。


「お前、秘密にしてることが多すぎやしないか?」


 小声で問う彼に、おれはため息を吐いた。


「話す機会がなかっただけだよ」

「まだ話していないことをあとでまとめて教えろよ?」


 話すべきでないことは多いが、たしかに必要な情報の共有は早めに済ませておくべきかもしれない。


 場を流すためにカーネルと二人で高らかに笑いながら、おれは今後の予定を少しずつ考えていた。







 記念すべき仲間との再会ということで、おれとカーネルが二人きりになることは比較的容易だった。テリアンはガレと話したがっていたし、ネイは済ませるべき用事があるといっていた。


 おれたち二人は家から少しばかり離れた位置、切り株を囲うように丸太が置かれた休憩所――おそらく雨後にランゾウが設置したのだろう――へと場所を移した。


 もっとも実際には二人ではない。話の詳細を望むライアが、おれの後ろをついてきている。


「つまりカーネルさんは、勇者御一行の補欠なんですか?」


 ライアがいい、カーネルが苦笑した。


「補欠以下だよ。俺たちの任務は後方支援(バックアップ)。本隊の勇者御一行の旅を陰ながらサポートするだけさ」


 後方支援隊。おれたち勇者御一行が通った道程の後始末をおこなう影の集団。その任務は円滑な旅を進めるための全般を占めており、たとえばおれたちが『勇者払い』として半ば無料で利用した道具や施設への補填、破壊した市街や地形の調査、魔物残党の殲滅などはすべて彼らがおこなってくれる。後方支援はその文字通りの後方に留まることなく、斥候として旅程の先を回り、訪れる予定の土地に関する現況や文化、敵対する魔物の把握や分析、ときには厄介ごとの事前排除までおこなうこともある。


 カーネルはそんな後方支援隊のうち、現場班の長とも呼ぶべき存在である。おれを含めた勇者側にも顔が知られており、親しみやすく公私ともに信頼がおけるとされる人物の一人だった。


 他人(また)聞きのようにいってしまったが、もちろん、おれとカーネルはそれなりに会話をしたことがあり、一度だが魔物との戦いで共闘したこともある。勇者御一行ではないもののしっかりとした異能を有しており、単純な戦闘能力ではおれより上かもしれない。


 それはともかく。


「しかし、幸か不幸かおれは生きてる。複雑な事情がいくつも重なっていてな。悪いけど、報告書は相当に厚くなると思う」

「幸に決まってるだろ! それよりそうだ! すっかり忘れていたが呪いはどうした?」

「それがな。わけあって発症しなかった」


 おれの言葉に、カーネルが目を細めて口端を曲げた。


「ほう。そのわけを是非聞かせてもらいたいもんだ。なんせもともと、俺はそのためにここまで来たんだからな」

「……じゃあ、話すが、その前に」


 一つ間を置いて、おれがカーネルに顔を近づけた。


「カーネル。もしおれがガイデルシュタインを倒したっていったら、信じるか?」

「……お前、なにいってんだ?」


 眉間にシワを寄せて首を傾げるカーネルの反応はいたって正常なものだ。さて、おれは朝までに話を伝え終わることができるのだろうか。







 夜明けにはまだ少しばかり遠い夜更け。


 丸太に腰かけ、灯りをと準備した焚き火を囲む、おれとライアとカーネルの三人。


 こうやって野宿でもしているように焚き火を囲むのはここにきて初めてではないが、カーネルがいるだけで情景はまったく違うものになる。


 これは捨てたはずの、いや、呪いによって捨てられたはずの情景だ。魔物たちの蜂起を鎮圧し、魔王を討伐するためのかつての旅路が、否が応でも想起される。


 おれは独り苦笑した。捨てられたのは事実であっても、それを改めて捨てられたと表現するのはおかしいだろう。おれは自分の意思でここに残ることを選んだ。奇跡によって呪いから逃げ、生き残ったあとに選んだ道だ。さまざまな要因はたしかにあったが、それでもおれは自分でこの地でのスローライフを目指した。


 目指したはずなのに。


「お前、経験を脚色するようなタイプだったか?」


 カーネルの声に、おれはハッと我に返った。おれのいまの状況を話したのちの沈黙の間、どうも思考が別のほうへと逸れてしまっていたらしい。


 話自体はこの光の谷でおれの身に起こったことを簡潔にまとめたものだ。特におれの呪いの部分の報告を中心におこなったため、ガレやラブロスの話などは省いている部分も多い。


 それともう一つ。ガイデルシュタインとの戦いの話から、アッシュの話は意図的に抜いてある。おれの肉体のなかに別の精神があるなどという話は、たしかに関係こそ深いが混乱を招くと判断したからだ。


 カーネルがおれの話を半分信じずに聞いた現状ではなおさらである。


「まぁ生き残ってるってのは事実だからいまは百歩譲るとしても……偶然ここに敗走して傷を癒やしていたガイデルシュタインがいて、紆余曲折を経てお前がそれを倒したってのはさすがになぁ……」

「事実です。ぼくがこの目で見ています」


 そういって唇を尖らせたライアを、カーネルがなだめた。


「別に全部を信じていないわけじゃない。たしかに話の辻褄は合っているんだ。なるほどそれならこの状況にも納得はいく。だがお前、カナンやラスタにもその証言をするつもりか?」

「そりゃ……会って訊かれればするだろうな」

「本当か? まぁあの二人はなんだかんだで赦してくれそうだが、各国へ提出する報告書をとなると事情はまた変わってくるぜ?」

「事実だからしょうがないだろ」

「証言台に立つことになってもそういえるか?」

「ああ。というか、どういう話だよ」

「戻るんだろ?」


 何の気なしに放たれたカーネルの言葉に、おれは硬直した。


 先ほどの思考が、一気に逆流する。


「全部信じるとして、その吸血鬼の異能はちょいと不便すぎる。しかし異能が人体にどのような影響を与えるかの研究は日進月歩。魔王軍八傑から譲り受けた力となれば皆がデータを欲しがるだろうし、そのうち陽光を克服して異能のいいとこ取り(・・・・・・)ができるようになるかもしれない」

「カーネル……」

「そうなりゃ百人力だ。古代の呪いの力に吸血鬼の異能。もしかしたらカナン以上かもな」


 そういってカーネルが笑った。


「どうだ? それになにより、みんながお前の生存を知れば絶対に喜ぶ。カナンも、ラスタも……あとほら、あの子も」

「ちょっと訂正するが」


 カーネルの言葉を遮るように、おれが口を開いた。


「古代の呪いの力は、さっきもいったように奪われた。もう残ってない」

「本当か? 本当にそう思うか?」

「え?」

「まぁ、こいつはまだ確証を持てないから話半分に聞いていてほしいんだが……俺はそうは思わない。たとえガイデルシュタインが呪いの力で弾け飛んだことを事実と認めるとしてもな」


 おれはその妙に自信ありげな言葉に、ただただ困惑するだけだった。







 タイムリミットが迫っていたため、おれは話を切り上げた。カーネルの寝床については彼自身が星空の下を望んだため、適当な毛布を渡すのみで任せることになった。


 おれは外でカーネルと別れ、ライアとも別れて地下の寝床へと向かった。突然おれ以外に視える人物が現れたことで、彼女も精神的に疲れたようだった。


 そうして明日に向けて眠ろうかと目を瞑ったとき、アッシュが小さく咳払いを響かせた。話したいことがあると彼女はいった。


(ねぇ、どうしてわたしのことは話さなかったの?)


 どうやら就寝前の議題はこれらしい。おれは寝返りを打ったが、それでアッシュとの距離が変わるわけでもない。小さくため息を吐いて、小さく口を開いた。


「一気にいっても混乱するだろ。またあとで話すつもりだよ」

(なーんだ)

「なーんだ、とはなんだ」

(てっきりわたしのことはバネさんだけの秘密にしときたいのかなぁって思って喜んでたのに、がっかりね)

「おれだけ? ライアもガレも知ってるだろ」

(そういう話じゃなく)


 体を巡る彼女の声に、おれは口端を曲げた。少し迷ったが、アッシュには話しておいても問題はないと思った。


「理由、聞きたいか?」

(え?)


 目を瞑り、かたちだけは立派な睡眠の姿勢を取りながらも、現在はアッシュとの会話中である以上、眠れるはずもない。ましてやカーネルの存在で気が高まっている状態だ。端的にいって、おれはよく目が冴えていた。


 どうせしばらくは眠れなさそうだし、いまのうちなのかもしれない。


「率直にいうが……おれはあまりカーネルを信じていない」

(え? どういうこと?)

「カーネルがいっていた後始末はおそらく、呪いによって破裂したおれの回収(・・)と、おれの道中で起こったことや支払われた金銭などの調査。それは別にいい。疑う要素はない」


 しかし、だ。


「おれがここに来たのは……いつか話したと思うが、おれがここに来たいと思ったからだ。この光の谷についての情報なんて、それこそ偶然頭の片隅にあったからに過ぎない。いや、たとえば仮にここの情報がカーネルからもたらされたものだとしても、そんな話は周囲に明かしていない」

(……尾行されていた、ってこと?)

「もしかするとな。そのへんはガレに訊いてみるか」

(ガレ? たしかにあの子はそういう気配を感じやすいとは思うけど……)

「それ以外にもある。まぁ、そういうことだ。そろそろ寝ていいか?」


 いくつか間を置いたあと、アッシュはささやくようにいった。


(戻りたくはないの?)


 アッシュと同じ程度の間を沈黙で満たしてから、おれは鼻を鳴らした。


「たしかに、おれたちがもと(・・)に戻る近道かもな」

(そういうことじゃないわよ)


 静かだが、強い口調だった。彼女のいいたいことはわかっている。それでもいまのおれには、はぐらかすことしかできなかった。すぐに明確な答えを出せるほど、おれは達観できてなどいない。

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