19.夜更けの集会
火災被害を受けなかった家屋でもっとも広い、という理由で、おれたちは村長の家へと集まっていた。おれとライアを入れて十人、少し狭い来客用の広間。光を灯し、しばらくしても、誰も、なにも声を発しなかった。思いおもいの場所に立ち、あるいは座り、誰かが話しだすのを待っているようだった。
椅子が足りないという理由で、おれは窓側に立っていた。隣にはライアが浮いていて、その様子をじっと少女が眺めている。少女は並べられた椅子と毛布を使った簡易ベッドに横になっていて、意識は先ほどよりもずっとはっきりとしているようだった。
先ほど――三十分ほど前の出来事だ。少女が目を覚ましたことを喜んだおれとシスターは、彼女を安静にさせるために村長の家まで彼女を運んだ。現在できる鎮火作業を終えたマチェたちも、ほどなくしておれたちへと合流した。外ではまだいくらかの家が燃えているが、よっぽどのことがない限りこれ以上の延焼はないだろうとのことだった。火が小さくなってから水なり土砂なりで対応すればいいし、雨でも降れば解決するだろうとはシスターの言だ。
「その子、助かったのですね。安心いたしました」
沈黙を破ったのは、そういって少女に笑みを投げたテリアンだった。少女の横に座るシスターが、おかげさまでと頭を下げた。
テリアンのおかげで緊張が少しだけ解けたらしい。マチェは小さく咳払いをし、ラブロスはため息を吐いて部屋を見回した。
「しかしなにもない家だな。おい、飲み水と食糧を出せ」
「かしこまりました」
何事かと思って眺めていると、顎で指示されたテリアンが村長邸の近くへと移された馬車からそれらを運んできてくれた。
「……ありがとうございます」
「いい丁寧語だ。立場というものがわかったらしい」
頭を下げたマチェに、ラブロスは気分を良くしたらしい。護衛や村人二人に手伝わせ、あっという間に積まれた食糧すべてが部屋の机に並んだのだった。
「いいのでしょうか……?」
護衛がまた外に出ていったのを見てから、シスターが眉尻を下げていった。ラブロスはうむと頷き、特に誰が聞いたわけではないなかでその理由を話し始めた。
「混乱で馬が一頭逃げてな。すぐに街に戻ることもあって、重い荷物は不要なのだ」
「街へ?」
シスターが相槌を打ち、ラブロスが頷く。
「そしてもう戻ってはこない。おさらばだ」
「ここに住むって話は……」
今度はマチェが問うた。ラブロスは肩をすくめた。
「こんなところにいられるわけがなかろう」
「しかしバネッダさんの話じゃ、脅威は去ったって……」
「はっ。とぼけるな村人。ここに住んでいてわからぬはずもなし。どうしてメタルクローがここにいる」
その言葉におれとシスターはハッとして少女を見たが、どうやらラブロスの話はこちらに関するものではないらしかった。
「俺は下調べを入念におこなった。ここがほとぼりが……ゴホン。いや、別荘に相応しいかどうかをな。この谷に住み着いていたメタルクローは、決起して前線へ赴いたという話だった。だがこの現状はなんだ」
決起して前線へ赴いた、という表現は、魔物に対して使用された場合、通常は魔王や魔王軍八傑の動きに賛同しておれたち人間との戦闘に参加したという意味を持つ。ラブロスの話によれば、メタルクローは各地を転戦しているという情報が残っているらしい。
「情報に齟齬があるうえに、見ろ、これを」
机に無造作に投げれられたのは、束ねられた小さな手帳だった。
「先ほど家を見回った際に見つけた。リンダの損益計算書だ」
「損益計算書?」
マチェがそれを手に取りめくるうち、彼の表情は怪訝なものになっていった。
「これは?」
「商人らしいといえばらしいが、お粗末ともいえる。そいつは生贄のリストだ」
マチェから手帳を受け取り眺め、おれはなるほどと頷いた。日付と名前がいくつも並んでおり、いくらかの名前の横には詳細が記されている。村外れ、洞穴、損壊、臨時。意味は不明だが、まったくわからないわけではない。そしてそこには、ラブロスらの名前も記されていた。
「リンダは俺たちをはめようとした。ツテを使って隠れ家を探す俺に接触し、生贄にしようとしたのだ。おおかたメタルクローに人間を提供し、見返りを得ていたのだろう。お前らも俺たちも、やつにとってはブタの餌でしかなかったというわけだ」
「違う!」
「待ってください!」
起き上がり叫んだ少女を、ライアが抑えた。ライアの姿や声は皆には聞こえていないはずだから、傍から見れば単に反論しようとした自分を抑えたように見えたことだろう。
少女を恐れるマチェは怯え、少女の正体を知らぬラブロスは困惑していた。
「ここは一旦、抑えてください」
そういって少女の肩に手を置いたライアは、少女の眉間のシワが取れるまで、じっと少女を正面に見つめていた。おれは小さくホッと息を吐いてから、ラブロスに手帳を返した。
「おれたちの血を欲しがっていたのははぐれ吸血鬼だよ。メタルクローじゃない」
「ふん。どっちでも構わん。その手帳によれば、俺たちの生贄によってリンダは『味覚』を得られるらしいぞ。恐ろしい恐ろしい。魔物に近づくあまり、人間の味に興味でも湧いたか」
ああ。なるほど。
おれは一つの疑問が解決したことを嬉しく思い、同時に少し落胆した。村長がいっていた『褒美』は味覚のことだったらしい。しかしガイデルシュタインの異能付与や交換が、そういった繊細な部分の調整までできるかどうかは不明である。彼の嘘を何度も聞いていればなおさらだ。結局、村長もラブロスも口車に載せられた被害者なのかもしれなかった。
「なんにせよ、ここに残るリスクは享受するには大きすぎる。俺たちは明朝、ここを発つ予定だ」
「……なぁ、ラブロスさん」
マチェと村人二人が揃って彼の前に立った。ラブロスは口端を曲げる。
「わかっている。お前たちも村を出たい。しかし三人では心細い。こちらには馬車があり、テリアンとキャスパーがいる。一緒に街まで行きたいんだろう?」
キャスパーというのが、おそらく先ほど部屋から出ていった護衛の名前なのだろう。しかし、そういえば彼はなぜ戻ってこないのか。
おれが疑問に思っているうちに交渉は進んでいた。燃えず残った財産のほとんどをラブロスに払う代わりの護衛業。双方が合意したらしく、マチェとラブロスが握手を交わしている。
「あんなこといわなきゃ、教えてあげたのになぁ」
そういって笑みを浮かべるライアの視線は外にあった。おれも窓から外を見るが、遠くの火の手以外は死角になっていてよくわからない。
「どうしたんだ?」
小声で尋ねてもライアは教えてくれなかったが、どうやら少女もなんらかの気配を察知しているようだった。
その理由は握手を見届けてから部屋を出たテリアンがしばらくののちに戻ってきた際、明らかになった。
「ご主人さま、馬車がありません」
「はあ!?」
目を見開いたラブロスが机を叩いて声を上げた。
「お前ッ……! いつからだ!」
「わかりかねます。しかしお花を摘む前にはすでに無かったので、少なくとも五分は経っているかと思われます」
「ちょっと待て! 俺はたしかにトイレを許可したが、気づいたならば戻ってくるべきでは?」
「申し訳ございません。我慢できず、報告を先延ばしにしてしまいました」
「外からちょっと声を出すだけだろうが! え、まさか金庫もないのか!」
そういって外へ駆け出したラブロスを、ライアは変わらずニコニコしたまま見送っていた。
「ライア……」
「なんですか?」
「まぁ……気持ちはわからなくもない」
おれはそれだけいってラブロスを追った。馬車があったらしい場所に残っていたのは、車輪の跡と膝をついて絶望の形相を地面へ向けるラブロスだけだった。
「お給料日はもう過ぎておりますのに、困りましたね」
あくまでマイペースな口調のテリアンに、ラブロスはもはや反応しなかった。
「その首の鉄輪。教育係でもやっていたんですか?」
テリアンの言葉の圧にふと気になり、おれはちょうどいい機会だと問うてみる。
「いえ、もとは書物管理の担当だったのですが、いまは財務や旅程に関するもろもろも兼任しております」
「なるほど」
奴隷という言葉でわかるのは誰かの所有物であるということだけで、その種類や待遇は多岐にわたる。単純な労働力としての存在、負債の対価として自由を奪われた存在、肉体的、精神的な暴力によって支配された存在、非人道的な人身売買に根ざす存在。
彼女の場合、どうやらそれは高級財産の一つとして所有される存在らしかった。書物管理といえば貴族や富裕層がステータスとして持つ蔵書を整理したり新たに収集する役目であり、それをおこなうことができる奴隷は非常に優遇され、高値で取引されるという。彼女の白で統一された綺麗な身なりやラブロスとの会話からも、大切にされていることは明らかだった。
そして所有物とはいえども多くの場合、金銭面の問題は致命的なものになりがちなのである。
「待てテリアン。金ならある! あるんだ! 生活に必要な費用がわからなかったから出せなかっただけなんだ!」
「それで三ヶ月出し渋った結果、仲間すら失ったキャスパーさんに逃げられてしまったというわけです」
顔を上げたラブロスが必死に言葉を続けるなか、テリアンはそれを聞こえないかのようにわざわざおれのほうを向き、丁寧に説明してくれた。
「だいたい、護衛業務なんて危険を承知で、しかも仲間といっても仕事仲間だろう!」
「仕事仲間だから、というのもあるやもしれません。お墓を建てるお金を出してあげたと考えれば……」
「生者のほうが重要だ! そうだろう! はっ……」
その光景を見るマチェたちの姿に、ラブロスは引きつった笑みを浮かべた。周囲を見回すと、なぜかおれのもとに駆け寄ってきた。
「頼む、キャスパーを……おれの護衛を追うのを手伝ってくれ!」
「窃盗を赦すつもりはないが、夜も深い。なにもない場所で朝を迎えるわけにはいかないからな。明日の夜まで待ってくれるなら協力できるが」
「バカめ! そんな悠長に待っていられるかッ! だいたいどうして朝じゃなくて夜なんだ! 協力する気がないのならそういえ!」
事情が説明できずに少し申し訳ない気持ちになったが、事実は事実だ。そして同じように申し訳なさそうにそれを眺めているライアに、おれはつぶやくようにいった。
「後悔するのならそういうことはやるなよ」
「だって、さっきは……」
そこで口をつぐんだライアに、おれは口端を曲げた。
「まぁ、気にするなよ。いまさらどうこうできるものでもない」
「はい……」
おれたちが話している間に、なぜか事態はラブロスの土下座という展開を迎えていた。
「いや、土下座されても夜は無理だぞ……」
マチェの言葉に、ラブロスは首を振った。
「違います。馬車も護衛もいませんが、どうか街までご一緒に行ってはいただけぬかというお願いです」
「そんなへりくだらなくても、一緒には行くって。でも、明日の朝だ」
テリアンが、少女と手を繋ぐシスターに声をかけた。
「シスターさんたちもご一緒しますか?」
その言葉にシスターはテリアンを見て、少女を見て、それからマチェを見た。マチェははじめ、眉尻を下げて目を逸らしていたが、やがてゆっくりと目線をシスターの側へと戻した。
「……すみませんでした。謝って赦してくれるとは思ってませんが、その……もしまだ俺のことを信用してくれるのなら、一緒に街まで行ってくれますか」
「ありがとうございます。そういっていただけて、本当に嬉しいです」
シスターは微笑んでいった。一時は少女のために疑われ命まで狙われたというのに、その笑顔に曇りは一筋もなかった。
「けれど、返事はあと少しだけ、待ってはいただけないでしょうか? 明日の朝までには決めますので」
「そ、そうですよね」
マチェが頭を下げる。
「ずっと一緒に暮らしてきたのに、勝手な疑いをかけたのは俺たちの側だ。でも、だからこそ、一緒に街へ無事にたどり着くことで、少しでも罪滅ぼしがしたいんです」
「違います。そういうことではなくて……」
シスターは、少女と目線を合わせるように屈んだ。
「どうする? 一緒にくる?」
問いそのものにおれは驚いたが、外見は少女でも彼女はメタルクローである。たしかに人間の街で暮らす必要も、シスターについていく必要もないのか。
しかしおそらく、この谷のメタルクローは彼女以外、もういない。
どうするのだろうかと成り行きを見守るなか、少女は顔を上げていった。
「……かんがえます」




