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市場を抜けたすぐ横の、よく手入れされた緑が広がる公園に、サーカスの巨大なテントが鎮座していた。その隣には遊具も併設されており、家族連れや恋人達でにぎわっている。
見えるだけでも、空中を転がる大玉転がしや、鉄を使った西の島のおもちゃ、珍しい動物に、手足の長いピエロの姿がある。
中でも、ひときわ目を引くのが。
「わあ、クレッセルが新しくなってる! 豪華! 綺麗! 素敵!」
白い屋根の下に、装飾された乗り物がいくつも並ぶ“移動式回転木馬”。人を乗せる白い馬や栗毛の馬、装飾過多の大きな丸い馬車はどれも、宙に浮く対龍賊戦の戦闘機“騎乗型飛行機”を基にしたものだ。
通常、小型且つ高性能を謳うガーディアンは、素材から特別に選び抜かれた物を使っている。よって価格が高く、庶民が手を出せるものではない。今のところ騎士団など限られた公の団体にしか使用が許可されていないのが実情だ。
遊興施設である移動型のサーカスのクレッセルは、その特別なガーディアンを疑似体験できる。
クレッセルはガーディアンに比べれば玩具のような性能しかない。が、一般人は龍賊と戦うわけではないので、このくらいでちょうどいいのだ。満員御礼のクレッセルには、子供達のみならず大人まで、わくわくした顔で並んでいた。
「乗りたかったら、乗ってこい」
今にも駆け出しそうなフィーナに、カイザードが珍しく促した。少女は照れたように笑って、首を振る。
「カイザードと一緒にいる方がいい」
青年は目を細めた。その瞳に困惑の色があるような気がして、フィーナは微笑む。
「無理なんか、してないよ? 私はカイザードの傍が一番好き。カイザードは私の英雄だもん。オーラットの戦いで、私は育ての親を亡くした。その時、一緒に龍に殺されるはずだった私を救ってくれたのは、あなただったから」
「……俺は単に目の前の敵を倒していただけだ」
周囲の人々がカイザードに気づき、声をかけようかと話し合っている。このまま入口に立ち止まっていたら、周りを囲まれてしまいそうだ。
フィーナはカイザードの背を押して歩きながら、にこやかに告げた。
「わかってる。私だから助けたってわけじゃないくらい。でも、私にとっては、大切な人を失った代わりに、運命の英雄に出会えた奇跡の出来事だったの。私はカイザードに憧れて、生き方を変えたんだから」
「……お前のように、憧れですまずに実際に騎士団に入団するヤツも珍しい」
切れ長の目が細められる。呆れているのだろう。
フィーナはすん、と鼻をすすった。カイザードから視線を外し、潤んだ瞳を見られないようにする。
今の話を彼にするのは初めてではない。
カイザードは生活に関する最低限以外は、無関心な人だ。自分に対しても、他者に対しても興味がない。だから、いくら話してもフィーナの話を覚えないのは、仕方がないのだ。そもそも……フィーナの名前すら覚えているのかどうか。
でも。くじけそうな心は、とうの昔に心の隅に追いやった。
亡き人を思い出すと、未だに胸が痛む。
育ての親が死んだとき、フィーナは落ち込むことを拒否した。代わりに、必死になってあの日の英雄の姿を探した。
失ったものが大きすぎて、できることよりやりたいことを優先させることで、どうにか心の均衡を保っていたのかもしれない。
その中で、龍賊との戦いで多くの騎士を失った、英雄のいる騎士団が入団者を募っていると知り、猪突猛進気味に入団した。
正確には、試験を受けて入団するのに一年もかかった。フィーナが女だったからだ。
「私は誰も、龍賊の犠牲にさせたくないの」
低い声のフィーナに、カイザードが無言で目を瞬かせた。フィーナは顔を上げ、にっこりと笑った。
「いざという時は、私があなたを守る。信頼してね」
「フィーナ!」
呼ぶ声に振り返ると、ひらひらの衣装に身を包み、顔にペイントした少女がこちらに向かって駆けてくるところだった。
「ロロナ、久しぶり!」
少女は、フィーナと手を取り合い、飛び跳ねる。
十代後半だろうか。茶髪を短く刈り込んでいる。ペイントしていても、少女がとても美しいということがわかった。フィーナが向日葵なら、彼女は大輪の薔薇の花のような華やかさがある。
「久しぶりね! サーカスを突然辞めて、そろそろのたれ死んでるんじゃないかと思ってたわ」
「失礼ね。私がどこでも生きていける器用な女だってことは、知ってるでしょう」
「神経の図太さは、うちの中でも一、二を争うもんね」
「そう言うロロナの口の悪さは、文句なく一番だと思うわ」
フィーナとロロナは気安い者同士の軽口の応酬をしたあと、互いにぎゅっと抱きしめあった。そして、体を離した時。
ロロナの榛色の目には、腕組みをして遠くを見つめていたカイザードが映っていた。
「その銀の髪に騎士団の制服。もしかして、オーラットの戦いの英雄様?」
一瞥もくれないカイザードの代わりに、フィーナは自慢げに腰に手を当てる。
「そうよ。カイザード・アレス。カイザード、こっちは私の幼馴染みのロロナ。騎士団に入る前、私がサーカスにいたっていう話をしたのは、覚えてる?」
カイザードをふり仰ぐと、青年は片眉を上げて「……ああ」と短く答えた。覚えてなかったのかもしれないが、今の説明でわかっただろう。
大きな目を輝かせて、ロロナは両手を後ろに組んだ。
「英雄様が見に来るとなれば、団員も張り切っちゃうわ。っとと、そうじゃなかった。いいところに来たわね、フィーナ」
「もしかして」
フィーナの顔がぱっと輝く。ロロナはにんまりと笑った。
「風邪で一人、休んでるの。ニ年前に団員が龍賊に殺されたでしょ。多少は増えたけど、まだぎりぎりの人数でやってるのよ。あんた、今日の演目に出ない? もちろん、顔はペイントするし、服だって騎士団の服で出ろとは言わないわ」
フィーナは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「大歓迎よ! 体を動かしたくて、うずうずしてたの。騎士団の鍛錬くらいじゃ、体がなまってしょうがなくて」
腕をぐるぐるを回し、やる気にあふれたフィーナは笑顔のまま、青年を見上げた。
「カイザードはどうする? 退屈はさせないと思うけど……」
「ぜひ見て行ってちょうだい。フィーナは看板娘だったんだから。この子の芸を見るだけでも、一見の価値ありよ。もちろん、空中ブランコや猛獣つかい、航空機を使った斬新な演目もあるわ。ここでの興業はあと七日しかないから、見ていくのなら今しかないわよ?」
フィーナの言葉にかぶせて、すかさず興行を売り込むロロナ。カイザードがその勢いに押されたはずはないが、とにかく「見る」と呟いたものだから、フィーナのやる気は更に燃え上がった。
「楽しみにしててね、カイザード。私、やるわ」
「そのいきよ、フィーナ。あなたの取り柄は、そのアホみたいな身体能力なんだから」
「あんたは一言余計なのよ」
軽口をたたきながら、二人の少女は楽しげにその場を離れて行った。
一人、残されたカイザードは、ぐるりと周囲を見回し、香ばしい匂いを漂わせている屋台へと足を向けたのだった。




