真実の向こう側15
気づけば、使用人を押しのけて走りだしていた。
玄関ホールに所在無げに立っていたその人は、私を見たとたんにほんのちょっぴり表情を和らげたような気がした。
「ラウラス! どうしてここに!?」
「お約束していた月下香をお届けに上がりました」
手にしている鉢植えを掲げてみせたかと思うと、ラウラスはすぐにその手を下げた。
「──というのは口実で、ほんとうはお嬢さまがどうしていらっしゃるのか気になって。すこし様子を見に来ました」
「様子って……。私なら平気だと伝えてあったはずよ。イデルからちゃんと聞いたでしょう?」
「ええ。たしかに伺いました。ですが、私は残念ながらお嬢さまの大丈夫とか平気とかいうお言葉はあまり信用できないと思っておりますので。自分の目で確かめないことには納得できなかったんです」
ばか。なんでそんなことのために、わざわざこんなところまで来たりするのよ。
天然もいい加減にしないと、おばあさまに殺されるわよ。ほんとに。
と言うか、そもそも……。
「あなた、庭師でしょう? よくそんなにあちこち自由に動けるわね」
「ああ、それは……。以前にも申し上げませんでしたか? 私は自由にさせてもらっていると。約束さえ果たせば、大抵のことは許してもらえることになっているんです。それが私がブリアールで庭師をする条件でしたから。それより、お嬢さまはお顔の色があまりよくありませんが、ちゃんとお食事や睡眠はとられていますか?」
「私ならへい……」
平気よと、言葉にしかけて口をつぐむ。
「そうね。あまりよく眠れていないわ。でも、その月下香を枕もとに置いておいたら眠れる気がするわ」
こちらから手を出して、花を受け取る。ちょうど穂状に白い花がいくつか咲いていた。風信子に少し似ているかもしれない。
「あなたが私のために用意してくれたものが一つでもあって嬉しいわ。大事にするわね」
私がそう言うと、ラウラスは笑った。
「お嬢さま。私がブリアールで育てた花は、すべてあなたのためのものでしたよ」
「え?」
「庭を嫌って外に出たがらない妹がいる。母親が愛した庭を嫌うのは不憫だ、なんとかしてやってほしい。そう言って、グラースタ伯爵が私を雇われたのです。お嬢さまの気に入ってくださる庭園をつくること。それがグラースタ伯爵との約束でした。ですから、私がブリアール城の庭園で育てた花はすべてお嬢さまのためのものでしたし、お嬢さまが花たちに会いに来てくださるようになって、私はとても嬉しかったです」
……ああ。
私、やっぱりこの人が好きだ。
優しく微笑むこの人が好きだ。どうしようもなく。
「ラウラス、私は──」
ほんとうは花ではなく、あなたに会いたくて、それで。
「きゃああ!」
「え、なにっ!?」
空気を切り裂くような唐突な悲鳴に、私もラウラスもとっさに身構えた。
廊下の向こうから箒やらシーツやらを持った人たちがいっせいに押し寄せてくるのが見えて、思わず後ずさる。
いったい何ごとなの。
「シュリアさま! 目をお瞑りになって!」
「は?」
こんな状況でいきなりそんなことを言われても、急に目を瞑れるわけなんてなく。
むしろ目なんて瞑ったらそのまま殴りかかられるんじゃないかと思うほど殺気立っている集団から、目を離すことなんて出来るはずがなかった。
そんな異様な集団の先頭を走っているのは──。
「早く捕まえて! シュリアさま! 何も見ていらっしゃいませんよね!? ねっ!?」
「いや……、あの、それって……」
「おや、こちらのお屋敷は珍しいものを飼っていらっしゃるんですね。頭が二つある蛇なんて初めて見ました。ちゃんとケンカせずにまっすぐ前に進むんですね」
のほほんとした様子で天然っぷりを炸裂させるラウラスに、使用人たちの鋭い視線がいっせいに突き刺さっていた。
「えーと……私、なにか……?」
さすがのラウラスも空気がおかしいことに気づいたようで、おたおたと周囲の人たちを見まわす。
そんな彼とふと目が合って、私は思わず吹き出してしまった。
そうか。さっきバーン城から届いた荷物って、この蛇だったのね。
蒐集品のひとつに、ということは……、あの赤毛の女中の仕業ね。やっぱり彼女はおっちょこちょいで思い込みが強いらしい。私はべつに蛇集めが趣味だなんて言ってないのに。
「ラウラス、やっぱりこの花はブリアール城の庭園に植えて」
「え? お嬢さままで、何かお気に召さないことでも……」
返された鉢植えを抱えながらあからさまに不安そうな顔をするラウラスの様子に、ますます可笑しくなってしまう。
「違うわ。私もブリアールに帰るのよ」
「えっ、ですが、お嬢さまはご結婚が……」
「いいのよ、もう。神さまの思し召しよ。この結婚はダメだって」
途中で諦めたりもしたけど、けっきょく私の最初の目的は達成されたわけだ。
これでメリディエル家との縁談は完全に破談だわ。
ミリッシュのことを考えると、とても明るい気持ちにはなれなかったし、私のラウラスへの気持ちもおばあさまに知られてしまっているから、この先なにを仕掛けてこられるか分からない。
不安は尽きないけれど、なにはともあれ、双頭の蛇を手土産にして私はその日のうちにブリアール城へと帰った。
ここまでお読みくださいまして、本当にありがとうございました。
これにて第一部は終了です。
ここから先は不定期更新となります。
いったんラウラス視点の番外編を挿み、再びシュリア視点の本編となる予定です。




