真実の向こう側7
「ア、アモル伯爵! 私も少しあなたにお話があるのですが」
「なんですかな?」
くっ。
夫人に向ける優しげな声とのこの落差。
お兄さまとはまた少し違う、練り上げられた大人の威圧感がある。
しかし、負けるものか。
「ここではちょっと……。外で話せませんか」
何も答えないアモル伯爵を見つめていたら、冷汗がだらだらと背中を流れていった。
断られたら、なんと言って返そうかと必死に思考をめぐらせる。
アモル伯爵は女性関係についてはだらしないと聞いていたから、女の私ならその場の勢いでなんとかなると思っていたんだもの。私があまりにも幼児体型で女として見られないとか、そもそも色仕掛けするだけの色がないとか……そういうのは頭になかった。
そうよね。アモル伯爵にだって好みくらいあるわよね。
……いや、そんなつもりで連れ出そうとしているわけじゃないけど。
とにかく断られた場合のことなんて考えてなかったし、私だって男の人を口説いたことなんてないんだから対応に困る。
「──まあ、いいでしょう」
長い沈黙だと感じたのは私の気のせいかもしれないけど、とにかくアモル伯爵が頷いてくれたときには心底ホッとした。
「それで、話とは? 初対面の若い令嬢に、このようなところに連れ込まれるとは意外ですね」
大祭のときに具合が悪くなって倒れる貴婦人がいるのはもはや恒例のようで、事前にそういう貴婦人専用の部屋が複数用意されていることを教えてくれたのは、もちろんお兄さまだ。
その部屋のひとつにアモル伯爵を誘導したのはいいけど、やっぱりどうしても緊張する。
窓の外にはイデルが控えていて、私が合図したらガラスを割ってくれることになっている。そして、お兄さまの配下の人たちが助けに来てくれる手はずになっているのだけど、できればそんな事態にはならないことを願いたい。
「伯爵、とりあえず座ってください」
ベッドに近づいてはならないと警戒するあまり、異常なくらい椅子を引いてしまったけど、まあいい。このあたりは多少不自然でも気にしてはいけない。
異常なほどテーブルから引き離された椅子を見てどう思ったかは分からないけど、アモル伯爵はごく自然な動作で腰かけた。
私もまたアモル伯爵から少し距離を置いたところに椅子を移動して腰かける。
「単刀直入に話しますが、アモル伯爵夫人が命を狙われているかもしれないんです」
「ラエティアが?」
アモル伯爵はすこし表情を険しくしたものの、思ったほど驚く様子は見せなかった。
「あまり驚かれないんですね。何か心あたりでもおありですか?」
アモル伯爵はつまらなさそうに笑った。
「デュ・レールティ嬢は、探偵ごっこでもしておいでなのですかな。メリディエル家に嫁がれると伺っていますが、あまりいつまでも子供気分でいると苦労しますよ」
「ご忠告ありがとうございます。しかと胸に刻んでおきますわ。ですが、私は真面目にお話ししているんです。遊びではありませんわ。ずばりお訊きしますが、伯爵は十年前にサエウム伯爵の暗殺を企てましたよね? それで、城に火を放ち、サエウム伯爵を殺害した犯人として無実の少年を捕らえて処刑しましたよね? 犯人は、その少年の恋人である可能性があるんです。もう実際に、トルナード男爵が殺されているんです」
「男爵が?」
さすがに今度はアモル伯爵の余裕の表情が少しばかり崩れた。
「犯人と思われる人物は私の知り合いなんです。アモル伯爵も会ったことがあるはずです。以前、仕立て屋の娘に髪留めを贈ったことがありますよね。憶えていますか?」
「髪留め?」
「紫水晶と銀の髪飾りです」
「……ああ、あの娘か」
「彼女にこれ以上の罪は重ねてほしくないんです。どうか協力してもらえませんか」
しばらく黙り込んでいたアモル伯爵は、ややあってゆっくりと口を開いた。
「デュ・レールティ嬢はなにか勘違いをしているようだが、私は無実の少年を捕らえて処刑したおぼえはない」
「でも、実際に火あぶりにしたじゃありませんか!」
「それもおぼえがない」
「あなたはっ、この期に及んでシラを切るんですか!? 実際にさらされた遺体を見たという人もいるのに!」
「それはおぼえがあるな」
ふふと、アモル伯爵はおかしそうに唇を歪めた。




