真実の向こう側3
あわてて床に落ちた本を拾おうとしたら、またべつの本の山を派手に崩してしまって、イデルにあからさまに白い目を向けられた。
「シュリアさま? 弁償しろと言われかねませんから、本は大切に扱ってくださいね」
「わ、わかってるわよ。それより、今の話はほんとうなの? 処刑された人物が十七歳っていうのは」
イデルも私といっしょになって本を拾い集めながら頷いた。
「ええ。ほら、いつだったかバーン城でそんな話題になって、ラウラスが言いかけて途中でやめたことがありましたでしょう。オプスクリー公は失脚に追い込まれて、火を放った犯人もまだ若かったのにそのまま……って。こんなことをシュリアさまのお耳に入れるのはどうかと思うのですが、犯人は火あぶりにされて、その遺体はしばらくさらされていたんです。私、直接見たのでよく憶えていますわ。……あ、いえ、アトラグさまが見るなと言って庇ってくださったので、遺体自体は見てないのですけど。そのあと、アトラグさまがおっしゃっていたんです。俺とさして歳が変わらないのに哀れなことだ、俺も気をつけないとな、と」
「ちょっとあなた、私のお兄さまとなにやってるのよ」
お兄さまが裏でいろいろお忍びをしていることは知っていたけど、まさかイデルまで私に隠れてこそこそと何かしていたなんて。
「あ、えっと……少しお忍びで同行を願われて。畏れながらそのときは従妹のふりを……」
あっ、そ。
イデルの髪はお兄さまと同じダークブロンドだし、私よりイデルのほうが美人だしね。それは獲物も引っかけやすいでしょうよ。
お兄さまは私のお兄さまなのに。なんか妙に悔しい。
いやいや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「ミリの想い人が、その火あぶりにされた人物だったというのは考えられるセンね。サエウム伯爵の殺害を裏で操っていたのはアモル伯爵だと考えられるわけだから、その処刑された人物は無実の罪を着せられただけっていう可能性は高いわ」
もしも何らかの事情で、サエウム伯爵の死の真相──トルナード男爵夫人が毒を盛ったということをミリッシュが知ったとしたら。
きっとトルナード男爵夫人を恨む。
少年が無実であることを知っていながら、サエウム伯爵の殺害に関わった当人が知らん顔をして見殺しにしたことになるのだから。
「あれ? でも、そうしたら、サエウム伯爵はトルナード男爵夫人が毒殺したと思ってることになるから、話が合わないか。実際はサエウム伯爵って、羽舞草の毒では死んでないんだものね」
「いえ、話が合わないこともないのでは? 問題は、処刑された少年が無実であることを知っていて知らぬふりをしたのかどうかでございましょう? サエウム伯爵の生死の問題云々は関係ないと思いますわ」
「なるほど、それもそうね」
つまり、トルナード男爵夫人が少年の無実を知っていれば、それだけで犯行の動機が成立するわけね。
「でも、そしたらふつう、アモル伯爵のことも恨みますよね。伯爵が裏で糸を引いていたと知らなかったとしても、ちゃんと調べずに処刑を決めたってことになりますもの」
「まあ、たしかに裏で糸を引いていることを知っていれば、アモル伯爵にも殺意をおぼえるだろうけど。知らなければ、恨みには思っても殺そうとまでは思わないんじゃない? そもそもアモル伯爵は捜査の指揮をとっていたというだけで、実際にはもっと多くの人が関わって動いていたはずだもの。アモル伯爵だけを恨むのはおかしいでしょう」
そう。きっとミリッシュはそのとき知らなかったのだ。アモル伯爵のことは。
だって、知っていたら、アモル伯爵から貰ったという髪留めなんて大事に持っているわけがない。
だけど、今は……?
今は、ミリッシュはあの髪留めを持っていない。薬草を買うために手放していた。
それはかつてのアモル伯爵の陰謀を知ってしまったからではないだろうか。
羽舞草の毒に侵され、胸の奥底にしまっている秘密を守れなくなったトルナード男爵夫人の口から、真実を聞いてしまったからなのでは。
サエウム伯爵の暗殺を企んだ真犯人がアモル伯爵であることを。
そして、真犯人でありながら、何食わぬ顔で無実の少年を犯人として処刑したことを。
「まずいわ、イデル」
ミリッシュはきっと、次の復讐を考えている。
ミリッシュがあのとき、髪留めと引き換えに手に入れていたのは心臓の薬。即効性が高い心臓の薬なんて、ふつうの人が使えば確実に毒になる。




