訪問者7
「だけど、サエウム伯爵が裏で悪いことをしていたことに変わりはないよね。誰かから恨みを買って殺されてもおかしくないような」
「まあ、サエウム伯爵はたしかに裏ではいろいろやっていたが、俺みたいに裏の裏まで足突っ込んでるやつじゃないかぎり、そういった方面でサエウム伯爵の名前は聞かなかっただろうし、恨んでるやつなんてほとんどいないんじゃないか。それだけサエウム伯爵ってのは頭がキレたんだよ」
ああでも……と、お兄さまは伸びでもするように頭の後ろで腕を組んだ。
「アモル伯爵はサエウム伯爵を恨んでいたかもなぁ」
「え? どういうこと? アモル伯爵ってサエウム伯爵と同盟組んでて仲良かったんじゃないの?」
「表向きはな。二人が手を組んでクロガル公を王位につけようとしていたことは事実だ。当時は隣国から戦を仕掛けられる恐れがあったとはいえ、アヴァルク国内は平和だったから、ほとんどの選定侯たちは隣国に積極的に攻め入ることを主張するオプスクリー公の意見に乗り気じゃなくてな。けど、だからといって、アモル伯爵が推すクロガル公を王位につけることにも諸手を挙げて賛成していたわけじゃない。境守伯以外の選定侯たちは皆しぶしぶだった」
「どうして?」
「アモル伯爵が国内の政治的腐敗を一掃しようとしていたからさ。クロガル公が王になれば、それを支援していたアモル伯爵は当然政治の中枢に配置されるはずだろ。さまざまな特権で甘い汁を吸っていた選定侯たちにとっては、アモル伯爵は煙たい存在だったのさ。けど、アモル伯爵の後ろにはサエウム伯爵がいた。さっきも言ったが、このサエウム伯爵っていうのは温厚な人物で通っていて、ふだんから選定侯たちに従順だった。だからこそ選定侯たちはクロガル公を推すことに同意していたんだよ。サエウム伯爵を使えば、自分たちの利益を守ることができると踏んでな」
実際には逆で、選定侯たちのほうがサエウム伯爵の手のひらの上で踊らされることになっていただろうがなと、お兄さまは笑う。
この国では、いくら有力な貴族が王の候補者を推したところで、選定侯たちが頷かなければ王にはなれない。
昔とちがって、今は実質的に王位の世襲制が容認されているので、選定侯が実際に機能するのは王統が断絶したときのみになっているけど、十年前はまさに王に子がなくて王統が断絶している状態だったから、選定侯たちの支持は絶対に必要になる。そのためにあれこれ策を弄するのは当然といえば当然。
「それぞれの思惑はどうあれ、ほとんどの選定侯はクロガル公を推す方向にあった。ところが最後の最後になって、選定侯たちがクロガル公を推すことを渋りはじめたんだ」
まるで当事者であるかのように話すお兄さまが怖い。
そして、実際に裏で暗躍していたであろうことが想像できるから、さらに怖い。
味方だととても心強いけど、敵にまわすとかなり厄介な人なのだ。ほんとうに裏社会で幅をきかせているのはお兄さまなんじゃないかと思うことさえある。
「選定侯たちが態度を変えたのは、サエウム伯爵が亡くなったから?」
「いや。そのときはまだサエウム伯爵は存命だった。どうやら三人目の候補者がいて、選定侯たちはそちらになびいたらしい。三人目の候補者が誰なのかは分からないんだがな」
「なにそれ。王位継承の候補者が誰か分からないって、そんなことがあるの? しかも、お兄さまでも知らないって……」
「まあ、あのときは俺も出来ることに限りがあったからな」
そりゃ、十六歳じゃあね。無理もないだろうけど。
「これはあくまで推測に過ぎないが、三人目の候補者を立てたのはサエウム伯爵じゃないかと、俺は睨んでる。態度を変えたのは、境守伯以外の選定侯たちだ。もともと境守伯は他の選定侯と違って、全面的にアモル伯爵を支持していた。その境守伯……まあ、おまえが嫁ぐこのメリディエル家だが、ここは態度を変えなかった。この意味が分かるか?」
うーん?
えっと、まず境守伯は他の選定侯たちと違って常に隣国からの脅威に直接さらされているから、利権云々よりも国境を守ることを優先しなくちゃいけないわけよね。だから、全面的にアモル伯爵を支持したっていうのは理解できるし、絶対に譲れない話だったのだとも思う。
対して、他の選定侯たちは我が身に直接的な危険が迫っているわけでもないから、利権のほうを優先させたとしてもおかしくない。つまり。
「態度を変えたのはサエウム伯爵についていた選定侯たちっていうこと?」
「そうだ。そもそもあの時点でサエウム伯爵やアモル伯爵を敵にまわして第三の候補者を立てようなんて度胸と実力のあるやつがいたとは思えないし、選定侯たちがそちらになびくっていうのはもっとありえない。選定侯たちを動かせるとしたらサエウム伯爵しかいない。七人の選定侯のうち、五人の賛成があれば王位は決まるしな」
「でも、いくらサエウム伯爵が背後にいたからといっても、そんなに簡単に選定侯たちが態度を変えるもの?」
「ああ、それなんだがな」
ぐいっとお兄さまは前屈みになって、組んだ両手を口もとを隠すようにおいた。




