訪問者6
イデルはこの屋敷の管理人に挨拶に行くと言ってこの場にはいなかったけど、ミリッシュのことをお兄さまに話していないのは事前に確認済みだ。
「それはそうと、お兄さまってば、なんでバーン城に間諜なんて送り込んでいたの? 家令はお兄さまがモリフ家の資産を奪おうとしてるとか言って私を疑ってくるし、訳が分からなくて困ったわ」
「ああ、あの家令な。スカラだっけ? あいつはちょっと思い込みが激しくていただけないな」
そうボヤいて、お兄さまは肩をすくめた。
「俺はべつに男爵の家の資産を奪おうとなんてしちゃいないさ。興味もない。あいつのことだ、おおかた俺が夫妻を亡き者にして息子の後見人になるつもりとでも思ってんだろ。普通に考えろよ。そんなことありえるか? まったく……どんな思考回路をしているんだかな。むしろ逆で、あっちがレールティ家の資産を喰おうとしていたんだよ」
「え……。あの家令が?」
お兄さまは気だるげに頬杖をついた。
「ちがう。執事だ。以前からうちの船が海賊に襲われることはあったんだが、ここ最近、数が増えてきていて。裏で海賊を支援しているやつがいることは想像に難くなかったんだが、なかなか尻尾をつかめなくてな。いろいろ調べていくうちに、バーン城の執事が怪しいってことになったんだ」
「じゃあ、トルナード男爵が海賊の後ろにいた人物?」
「いや、男爵は何も知らなかったはずだ。最近、トルナード男爵領で銀鉱が見つかっただろ。その利益の一部を執事が横流ししているようなんだが、なにぶんそれが海賊と繋がっているという証拠にまで結び付かなくてな。尻尾を出さないなら、こっちから引っ張り出してやろうと思ってカルディアを送り込んでいたんだよ」
「もしかして、その尻尾を引っ張り出す方法っていうのは、サエウム伯爵の呪いの噂?」
なんでここでサエウム伯爵が出てくるのかは分からないけど、噂を流したのはカルディアだし、そう考えるのは自然だろう。
お兄さまもあっさり頷いた。
「そう。サエウム伯爵も裏で海賊と結託していた人間だからな。俺の推理が正しければ、あの執事は過去にサエウム伯爵が大事に隠していたあるモノを掻っ攫っていった可能性がある。もしそうであるなら、サエウム伯爵の恨み云々の話を出したら慌てて何らかの動きを見せるんじゃないかと思ったんだよ。呪いに信憑性を持たせるために仕掛けはすることになっていたが、殺人事件はさすがに予定外だった。けど、カルディアは事件を利用してサエウム伯爵の噂を流したわけだ。あいつもなんだかんだ言ってあざといよな」
いや、あざといなんてお兄さまに言われたくはないと思うけどな、カルディアも。
「でもまあ、それも意味があったんだかなかったんだか、けっきょく今となっちゃよく分からないけどな」
「ふぅん? お兄さまのほうの計画はうまくいかなかったの?」
「さあ、どうだろうな」
気のない様子で返事をするお兄さまは、最初から詳細なんて私に話すつもりはないんだろう。
だけど、私はお兄さまがトルナード男爵夫妻の羽舞草事件とは関係がないと分かっただけで十分だわ。
それにしても。
「サエウム伯爵って悪い人だったのね。裏で海賊と結託していたなんて」
「まあ、悪いといえば悪いが、表の顔は至って温厚だったぞ。裏のことはほとんどヴァデラーにやらせていたしな」
「ヴァデラー?」
「サエウム伯爵の子飼いだったやつさ。殺しとか裏の汚れ仕事を担っていて、俺も顔を見たことはないが、ちょくちょく一杯食わされていたからな、よく憶えてる。サエウム伯爵が他界してからは行方知れずで、名前も聞かなくなったがな」
一杯食わされていたって、お兄さま……。
サエウム伯爵の亡くなった十年前って、お兄さまは十六歳でしょ。そんな頃からなにやってたのよ。




