訪問者1
私はバーン城を濃紺のドレスを着て出た。
ミリッシュの仕立ててくれたものはさすがに用意できなくて、トルナード男爵夫人が持っていたものを急遽お借りした。
この国の娘は嫁ぐために家を出るとき、濃紺の衣装を着るのが慣わしだった。それは花嫁を花の種に見立てたもの。
婚礼の際には芽生えになぞらえ、萌黄色の衣装。新郎と初めて新居に入る際には花に見立てた白い衣装を着ることになっている。
とはいえ、そんな慣わしを律儀に守っているのは裕福な貴族だけだと、いつだったかブリアール城の使用人が話していた。庶民は、そういう色のものを身につけるだけなのだそうだ。
何にしろ、私にはどうでもいいことだったけど。
三日間、音と色と皮膚感覚を失った世界で過ごすことになったのは、私にとっては幸運なことだったかもしれない。
たった一人で、静かに心の整理をつけることができたから。
副作用が消えて世界が私のもとに戻ってきたときには、新しく生まれ直したような気分だった。
ソルラーブに着いてもすぐに婚儀があるわけではなく、いきなり本邸として使われているシカトリス城に押しかけるわけにもいかないので、私はしばらくメリディエル家の別邸でお世話になることになった。
別邸といっても、主にキツネ狩りをするための滞在地だそうで、ふだんはまったく使われていないらしい。
キツネ狩りができるくらいだから、その敷地は広大で、丘の上から目を凝らしてやっと見えるか見えないかというくらい遠くに街があった。
建物も立派なもので、主人はキツネ狩りの時節にしか訪れないものの、使用人は常にいるので、私が急に訪れても快適な環境が用意されていた。長らく主人がいなくて張り合いがなかったせいか、過剰なくらいもてなされて怖かったくらいだ。
メリディエル家の嫁になるという立場のせいもあるのだろうけど、入れ替わり立ち代わりやってくる使用人たちに耐えかねて、最初は庭に出たりしていたものの、そうすると今度は使用人だけでなく庭師まで寄ってきてあれこれ話しだす始末で、三日目くらいからはもう書庫に籠もるようになった。
別邸の使用人たちとはいえ、メリディエル家に仕える人たちだから、今から仲良くなっておいて損はないと思うのだけど、今の私にはそれよりも優先しないといけない案件があるのだ。
「シュリアさま、今日も書庫籠もりですか?」
「ええ。あとは適当に頼むわ」
キャナラは不可解だと言いたげに首を傾げた。
「たしかにこちらの使用人たちの好奇心の強さには困ったものですが、これだけ広い敷地なのですから、庭園の外の草地にまで出れば、さすがに付きまとったりは致しませんでしょうに。……その、差し出がましいようですが、あまり狭いところに籠もっているのはよくありませんよ」
「大丈夫、心配しないで。そういうのじゃないから。ほんとうにただ本を読みたいだけなのよ」
キャナラはバーン城でよけいなことをしたと、いまだに気に病んでいるようだった。
何回も違うと言っているのに、私が気を遣って言っていると思っているらしい。
でも、ラウラスから離れる決意をしたのはほんとうにキャナラのせいではないし、むしろキャナラがあの時間をくれたからこそ、悔いなく別れられて、気持ちが楽になった感じさえする。
だから、ウジウジした気持ちで書庫に引き籠もっているわけではなくて、ほんとうに用があって籠もっているのだ。
大丈夫だからと、念を押すようにキャナラの肩をたたき、私はひとり書庫に向かう。




