決断6
「とんだ体たらくですね。イデルも倒れたとか。あなたが勝手をするからこんなことになるのですよ」
なにも反論できなかった。おばあさまの言うとおりだったから。
「あなたがなぜ急にトゥーアルを訪れたのか、理由は想像がついています。いいかげん子供のように駄々をこねるのはおよしなさい。みっともない」
うつむいて唇を噛む。
たしかに私が結婚を嫌がって破談なんて考えなければ、トゥーアルになんて来なければ、イデルもラウラスも命を危険にさらされることはなかった。
私がトゥーアルになんて来たから、二人は──。
……あれ。なんだろう。このもやもやとした感じ。
トゥーアルで、ブリアールの人間が二人も命の危険にさらされた。
よくよく考えたら、おかしくないだろうか。
ラウラスが射抜かれたときは冷静に考えをめぐらせる余裕がなかったけれど、ラウラスは私を庇って矢を受けたのだ。だったら、あの矢は本来、私を射抜くはずだったということだ。しかも、その矢には毒が仕込まれていた。いったいなぜ?
そもそもイデルだって食べ合わせが悪かったというけど、彼女は山のように香辛料を所有しているのだから、その中から夜狐の実を選ぶ確率というのはかなり低いはずだ。
しかも、毒性を発揮する九十九茸のパイが出ているときという、ものすごく低い確率を引き当てた。
けっきょくイデルも私を庇ったラウラスも毒で倒れているのは同じ。トルナード男爵が亡くなったのも夫人が倒れたのも、みんな毒のせい。
私は、ほんとうにトルナード男爵夫妻の事件と無関係なのだろうか。
知らない間に、深く関わってしまっているのでは?
もしそうだとしたら、いったい何がどこで繋がっている?
「あなたもこれで少しは懲りたでしょう。夜が明けたらブリアールに帰りますから、そのつもりで早く休みなさい」
「あの、でも──」
「口答えは許しません。早く行きなさい」
「……はい」
ダメだ。おばあさまには何を言ったところで聞き入れてもらえない。
イデルやラウラスのことは、ひとまずバーン城の人たちを信じるしかなさそうだ。
さっき出迎えてくれた人たちのなかには、私にアモル伯爵夫人のことを教えてくれた女中のカルディアもいたから、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、おばあさまの手前、おとなしく部屋に戻ることに甘んじた。
あまり抵抗すると、イデルやラウラスの命を盾にとられかねない。おばあさまは貴族以外の人間の命なんて何とも思っていないから、侍女や庭師を見殺しにするくらいのことは平気でやる。
もともとイデルは男爵家の娘ではあるけど、侍女として奉公に出た時点で貴族としてのデュ・マルピアの名前は失っている。
身を切られる思いで部屋に戻りながら、バーン城に来てからのことを最初からひとつひとつ思い返してみる。何か見逃していることはないかと。
もしもイデルが倒れたのが偶然ではなく必然だったとしたら、九十九茸のパイと夜狐の実をいっしょに食べるようにイデルを誘導した人物がいるのではないだろうか。
だけど、イデルは人が集まる食事の席では香辛料を使わない。食後に一人で口直しをする習慣を知っているのは、私と、ごく親しい侍女だけのはず。
香辛料を没収されて問い詰められたときでさえ、「大事なものだからいつも手元にないと落ち着かない」と、怪しすぎる理由で押し通していたくらいなのに、相手はいったいどうやってイデルが秘密にしている習慣を知ったのか。




