決断5
「あちらの木の陰に、誰かいました」
ラウラスはそう言って、私から見て左方向にある木を指差したけど、もうそこに動くものは何も見つけられなかった。
それよりも、木を指差すラウラスの手が震えていることのほうが目についた。
「ラウラス、傷が痛むの?」
「いいえ。傷はそれほどたいしたものではありません」
自らの手で刺さっている矢を引き抜くと、ラウラスは髪を結んでいる紐をほどいた。
「申し訳ありません。これで私の腕を縛っていただけませんか」
ラウラスの震えとその言葉にハッとする。
「なに……毒なの!?」
気づくなり、急いで傷口を確かめ、より心臓に近い位置を紐で縛った。そのまま毒を吸い出そうとしたら。
「やめてください!」
鋭く制止の声が飛んだ。
「口から毒が吸収されることもあるんです。万一にもシュリアさまにそのようなことがあってはいけません。それよりその……薬草茶の残りをいただけますか」
「もちろんよ。これをどうするの?」
「傷口にかけていただけるとありがたいです」
言われるままに処置するけど、暗がりでもはっきりと見て取れるほどラウラスの顔色は悪かったし、声も震えていた。
「ラウラス、早く馬に乗って。後ろじゃなくて、私の前に乗って! バーン城に急ぐわよ」
今は誰が何のために矢を放ったのかなんて考えている場合じゃない。
だんだんと脱力していくラウラスを支えながら必死に馬を操り、ただ無我夢中でバーン城を目指す。
一刻も早くと気は焦るけれど、十分な明かるさがないうえにラウラスを支えながらとあっては、思うように馬を走らせることができず、生きた心地がしなかった。
矢を放った相手が追撃してくる様子がなかったのだけが唯一の救いだ。
そうして、泣きだしそうになりながらやっとの思いでバーン城に帰りついた私を待っていたのは、まったく思いもよらない人物だった。
「ずいぶんと遅い帰りでしたね。待ちくたびれましたよ」
「お……おばあさま!? どうしてここに!?」
ラウラスのことで気が動転するあまりに、幻覚を見ているのかとさえ思った。
「なにをそんなに驚いているのです。私に隠れて勝手なことをできるとでも思っていましたか」
五十代後半とは思えないほどキリリとした目もとに、厳格さをただよわせる薄い唇。見間違えようもない。私のおばあさまだった。
「そんな……おばあさまはお父さまのところへ、私の結婚の承諾をもらいに行かれたんじゃ……」
「私がいつそんなことを言いました? 私は都に行くと言っただけです。たいした用でもないので、あなたがトゥーアルに向かったと聞いて引き返してきたのですよ。そもそもあなたの結婚の承諾など、とうの昔にもらっています」
出掛けたと思ったら、ブリアール城に私の見張りを残していたのか……。ほんとうに油断も隙もない人だ。
絶望感で全身から力が抜けそうだったけれど、腕の中に感じるラウラスの存在が私の意識を繋ぎ止める。
そうだ。今はラウラスの手当てが先だ。イデルにも早く薬を飲ませなければ。
「誰か手を貸して!」
バーン城の人たちに手伝ってもらいラウラスを馬からおろし、事情を話して城内へと運んでもらう。
私もすぐにあとを追いたかったけど、目の前に立ちはだかるおばあさまがそれを許してくれなかった。




