門の内側4
「ずいぶんたくさんお集めになったのですね」
ラウラスの言葉に、アモル伯爵夫人は小さく笑った。
「クランさまはあまり体が丈夫ではありませんから。すぐに熱を出すんですのよ。でも、根が強がりな人ですし、国務大臣ともあろう人がたびたび寝込んでいては国も治まりませんでしょう? いつも無理ばかりするので、心配で……」
つまり、このたくさんの薬草たちは夫であるアモル伯爵のために集められたものということか。
裏切られて屋敷まで追い出されたのに、それでも一途に夫を想いつづけているなんて、なんという健気さだろう。
百薬園と呼ばれているらしいそこは、ブリアール城やバーン城の庭園とは違い、緑で埋め尽くされていた。
長方形の植え込みがいくつもあって、そこに様々な植物が植えられていたけれど、花はあまり見当たらない。
「アモル伯爵夫人、こちらに赤鐘草はございますか? 名前のとおり、真っ赤な鐘状の花を咲かせるものなのですが」
「それはたしか南方の植物ですよね? 胃痛にとても効果があるというので、十年ほど前に取り寄せて、クランさまによく煎じて差し上げていたおぼえがありますわ」
正妻を堂々と捨てて女遊びをするような無神経男が胃痛……。
いや、そんなのは優しい夫人を騙すための言い訳か何かだろう。
疾しいことがあっても、胃が痛いとでも言っておけば、きっとアモル伯爵夫人の気持ちはそちらに向くだろうから。
たぶん健気でおっとりしているアモル伯爵夫人が真実に気づいていないだけだ。
「まあ、シュリアさま、そのお顔は信じていらっしゃいませんわね? 本当ですのよ。あのころは国務大臣ではありませんでしたけど、彼はろくに睡眠もとれないほど多忙だったのですわ。おまけに、サエウム伯爵が亡くなってしまわれたので、ますます追い込まれて、いつも綺麗なお顔をしかめていらっしゃいましたわ」
「サエウム伯爵?」
思わず訊き返していた。
その間にラヴァンは木と硝子でつくられている温室の鍵を開け、私たちを中に招き入れてくれた。
温室の中は、外以上に緑の匂いが強く香った。
「ええ。当時、クランさまは王位継承問題をめぐって、サエウム伯爵と共闘関係ありましたから。……ああでも、シュリアさまはまだ幼くていらっしゃったから、ご存じではありませんよね」
「ええ、まあ、あまり詳しくは。おおまかなことは学んでおりますけれど」
たしか十年前に病で亡くなった国王には子供がいなくて、王位継承をめぐって争いが起きたという話だったはず。
それだけならよくある話なのだけど。
当時はちょうど隣国が地下資源の採掘量の減少で、他国を攻めようと画策していると囁かれているころで、我がアヴァルク王国は隣国が攻めてきたら駆逐しようという考えの人間と、この機に積極的に隣国を攻め落とそうという考えの人間の間で対立していたのだそうな。
それが王位継承問題にも絡んできていて、国は大きく揺れていたとお兄さまから聞いたおぼえがある。
「アモル伯爵は当時、クロガル公を王に推していたんですよね?」
クロガル公は、現在の国王だ。
「ええ、そうですわ。選定侯たちの言いなりになる者が王になれば、この国は外敵以前に内部から崩壊すると、クランさまはよくおっしゃっていました。隣国を攻めている場合などではないと。当時、選定侯たちの抑え役になっていたサエウム伯爵がクランさまに同調してくださっていたので、はじめは良かったのですが、対立していたオプスクリー公側の陰謀でサエウム伯爵が亡くなると、状況が一変して……」
ふむ。ところがどっこい。サエウム伯爵が亡くなったのは、オプスクリー公の陰謀でも何でもなく、トルナード男爵夫人の追い詰められた恋心のせいだったのよね。
トルナード男爵夫人が毒さえ盛っていなければ、サエウム伯爵はあるいは炎上する城から脱出して助かることができていたかもしれない。
だけど、最終的には当時のアモル伯爵が推していたクロガル公が王位についているわけだから、サエウム伯爵が生きていても死んでいても、結果は変わらなかったということかしらね。
なんだかすこし虚しい気もするけど、それが時代の流れや勢いというものなのかもしれない。
夫人もそういう時代のなかで政略結婚させられて、こんな暮らしを余儀なくされているのかと思うと、無力さを感じる。けっきょく時代の波には逆らえないのかなって。




