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代償3

「これは夜狐の実ですね」


「ヤコノミ?」


「東のほうで使われている香辛料です。ナリアート嬢はよくこんなものをお持ちですね……」


 珍しい植物をいろいろ集めているラウラスが驚くくらいなのだから、イデルの香辛料集めはやっぱり相当凝ったものだったようだ。


「どうやらナリアート嬢は毒を盛られたわけではないようですね。食べ合わせがまずかったのです」


「食べ合わせ?」


「ええ。この夜狐の実はもともと毒性のあるもので、通常は人には害がないのですが、他の動物が口にすると中毒死することから、東のほうでは農作物を動物から守るための罠に使われたり、長期の保存食に使われたりしているものです」


 なぜ人が中毒を起こさないのかというと、夜狐の実の毒を打ち消す力を生まれつき身の内に備えているからなのだそうだ。


「ですが、このパイに使われている九十九茸(つづらだけ)というキノコは、人が夜狐の実の毒を中和するために必要な働きを阻害する作用を持っているのです。つまり、他の動物たちが夜狐の実を口にしたときと同じ状態になるのです」


「それじゃあ、イデルは他の動物みたいに死ぬっていうの!?」


「キノコの作用さえ消すことができれば問題ありません。ですが、そのような作用をするものは……」


「ないの!?」


「いえ、あるにはあります。ただ、それは遥か南方の薬草なので、このあたりで手に入れるのは無理かと……」


「そんな……」


 一気に膝から力が抜けた。


 イデルはこのまま死ぬっていうの?

 イデルったら何をやっているのよ。刺激を求めるにもほどがあるでしょう。命まで落としたらシャレにならないじゃないの。


 ほんとうに? ほんとうにイデルはこのままいなくなってしまうの?


「シュリアさま、シュリアさま! しっかりなさってくださいませ!」


 それはラウラスの声ではなかった。

 視界がぐらぐらと揺れていて、何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。


「カルディア……?」


 何度も瞬きをして、ようやく女中のカルディアが私の肩を揺さぶっているのだと気づく。


「諦めるのはまだ早うございましてよ」


「それはどういう……?」


 《真実の雫》の副作用が消えたようで、カルディアの声ははっきりと私の耳に届いた。

 ついさっきイデルが倒れているのを見つけたばかりのような気がしていたけれど、いつの間にか結構な時間が経っていたのだと思い知らされ、背筋に寒いものが走る。


「アモル伯爵夫人の百薬園には珍しい薬草がたくさんあると聞きます。その侍女の方に必要な薬草もあるのではないでしょうか」


「アモル伯爵夫人って……、国務卿アモル伯爵の奥方のこと?」


「ええ、そうです」


 私は思わず顔をしかめた。

 国務卿アモル伯爵といえば、言うまでもなく都人だ。屋敷も当然のことながら都にある。

 ここから都までは、どんなに馬を飛ばしても往復で十日はかかる。途中には山もあるし。


「とても無理だわ。そんなに時間がかかったのでは……」


「百薬園があるのはアモル伯爵のお屋敷ではなくて、アモル伯爵夫人のお屋敷です。ここから陸路で行けば二日ほどかかりますけど、湖を渡れば半日で行けますわ」


「あの……、何を言っているのか全然分からないわ」


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