代償4
「シュリアさまはご存じありませんか? アモル伯爵夫人がいらっしゃるのは都ではないのですよ」
カルディアがそう言うと、噂好きのキャナラが、ここぞとばかりに前に出てきた。
「アモル伯爵はそれはそれは美丈夫で罪づくりなお方と、もっぱらの噂なんですわ。今はコヴァルク伯爵夫人とよろしくしているとか。アモル伯爵夫人はずいぶん前に屋敷を追い出されたという話ですわ」
んまあ……。
呆れてものも言えない。
いくら才覚があって美丈夫でも、女遊びのために奥方を追い出すなんて、ろくなやつじゃないわね。
だけど、今はよその旦那のことをどうこう言っている場合じゃない。
「つまり、アモル伯爵夫人は都ではなく、ここから半日で行けるところにお屋敷を構えていらっしゃるのね? そこにイデルを助けられる薬草もあるかもしれないと」
「ええ、そのとおりですわ」
私は唇を引き結び、血の気のないまま体を丸めて眠りつづけているイデルの背中を撫でた。呼吸は荒く、時折激しくえずく。
「ラウラス、イデルはこの状態でどのくらいもつの?」
「九十九茸の成分が作用するのは約三日です。ナリアート嬢が摂取した夜狐の実の量にもよりますが、この状態を見ると、おそらく一日が限界かと」
私は頷くと、さっと踵を返した。
「どこへ行かれるのです」
部屋の扉を開けたところで、冷たく切りつけるような家令の声がした。
ほんとにまあ、イヤなところで出てくるおじさんだ。
「聞こえていたのではありませんか? アモル伯爵夫人のところに行くのです。使える薬草があるかもしれないと伺いましたので」
「令嬢自ら赴かれる必要はないでしょう。人を遣ればすむことのはず。それとも、そのまま逃げるおつもりですか?」
なに馬鹿なこと言ってるの、このおじさん。
逃げるって何よ。まだ訳の分からない疑いを私にかけているのかしら。私がお兄さまの指示でトルナード男爵を殺害しただなんて、そんな馬鹿なこと。
だいたい人を遣ればすむって、いったい誰を遣るというのよ。
お忍びに近い状態で来ているから、うちの供人たちは少人数で女ばかりだし、みんな馬での早駆けなんてできない。
かといって、この家令が遣わしてくれる人間なんて、とてもじゃないけど信用できない。
はっきり言って、イデルがどうなろうとバーン城の人たちには痛くも痒くもないのだから。
こっちは思い込みの激しいおじさんの妄言なんかに付き合っている場合ではないのだ。
無視を決め込んで行き過ぎようとしたら、すごい力で腕をつかまれた。
「何をするのです! あなたは私が誰かお忘れですか? 邪魔をするつもりなら、こちらも容赦しませんよ」
これでもかというくらい家令を睨みつける。
家のことを持ち出すのは不本意だけど、この際そんなことは言ってられない。
イデルは幼いころから一緒にいる、私にとって唯一無二の存在。イデルを助けるためなら、家の威光でも何でも振りかざすことに躊躇いなんかない。
「あの……お嬢さまを行かせてさしあげてくださいませんか。お嬢さまは身内を見捨てて一人だけ逃げるような、そんな方ではありません」
睨み合う私と家令の間に入ってきたのはラウラスだった。
「そのとおりですわ。もしもシュリアさまが戻ってこられなかったときは私が責任を取りますから、煮るなり焼くなりお好きになさればいいわ」
「キャナラ……」
勝ち気な大きな目でまっすぐに家令をとらえているキャナラは、胸を張りすぎてそのまま後ろにひっくり返りそうなくらいだった。
さすがおばあさまからお咎めを受けるかもしれない危険を承知でトゥーアルまでついて来るだけあって、私の側近侍女は肝が据わっている。
一歩たりとも譲る気配を見せない私たちに、家令もしぶしぶながらも折れた。
「ラウラス、キャナラ、ありがとう」
「いいえ、たいしたことありませんわ。どうぞ行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますわ」
すがすがしい笑顔を浮かべるキャナラに背中を押され、私は厩舎へと急いだ。




