封印された記憶1
私とイデル、ラウラスの三人は小さなテーブルを囲んで、それぞれ集めてきた情報を交換し合った。
普段のイデルなら、私とラウラスが同じテーブルにつくなんて絶対にいい顔をしないはずだけど、今回ばかりは切羽詰まっている問題があるせいか、表立って文句を言うことはなかった。
ただ、少しでも私とラウラスの距離をとろうとしたのか、最初に椅子の位置をあれこれ動かしていたのが必死すぎて笑えた。円卓なので、いくら頑張ったところで意味なんてないのに。
幼い頃からいっしょにいるイデルは私にとって親友と呼んで差し支えない相手で、何でも気兼ねなく話せる仲ではあったけど、唯一私の片恋についてだけは理解を示してくれなかったし、よく思っていないようだった。
私がラウラスの話をすると、いつも苦々しい顔をするので、普段はイデルの前ではなるべくラウラスの話題は出さないように気をつけているのだけど。
だからって、庭師に片想いをしているだなんて、他の人には軽々しく話せるはずもなくて、ラウラスとの話をできるのは自然とミリッシュだけになっていた。
そのミリッシュも結婚して私のそばからいなくなると言うなら、この先私はもう秘密の片恋のことは口にできないし、誰ともこの気持ちを分かち合うことができないんだろうな……。
そう思うと、つい溜息がこぼれてしまった。
「お嬢さま大丈夫ですか? やはりお疲れなのでは?」
気遣わしげに声をかけてくれるラウラスは、今日も見惚れてしまうほど綺麗で、とても姿勢よく椅子に座っていた。
でも私は正直なところ、ラウラスの容姿よりも、彼の優しい声が好きなのよ。ほんの少しだけハスキーで、耳に心地よく残る穏やかな声。音楽に耳を傾けるように目を閉じて、ずっとずっと聴いていたいと思ってしまう。
「いいえ、大丈夫よ。あなたのくれたお茶のおかげでよく眠れたから。──それで、イデルのほうは何か収穫はあった?」
私は安心させるようにラウラスに微笑みかけてから、意識を切り換えてイデルのほうに顔を向けた。
「トルナード男爵夫人の紅の水が用意されたのは当日の朝だそうですが、用意した女中は井戸から直接水を入れたと言っておりまして、たしかにそれを目撃している下働きの者もおりましたわ」
あくまでもラウラスから私を隠すつもりなのか、イデルは妙に身を乗り出していたけど、はっきり言って無駄な抵抗だし、逆にその不審な動きがラウラスの意識を捉えかねない。
いや、むしろそれをちょっと期待したけど、ラウラスがイデルの行動を気にしている様子は微塵もなくて、私のほうが打ちのめされただけだった。
テーブルの下で足を蹴ったら、イデルは不服そうな顔をしつつも、おもむろに体を引いた。
「化粧室にあった羽舞草ですが、あの花瓶にはもともと違う花が活けられていたそうです。そもそも夫人は羽舞草がお嫌いだったようで、庭園にも城内の装飾にもいっさい使われていないのだそうです」
水面下での攻防のことなど何も知らないラウラスは、いたって真面目な顔で話す。
私も他ごとに気を取られている場合じゃない。真面目にやらないと。
「たしかに男爵の部屋で羽舞草を見たとき、夫人は怒っていらしたわ。それで? 化粧室の花がいつ入れ替えられたのかは分かっているの?」
「夫人が化粧室に入ったときにはすでに羽舞草が活けられていたとのことです。花を見た夫人が顔色を変えて声を荒らげたと複数の侍女が証言しております」
ラウラスがよどみなく答える。
つまり、花が入れ替えられたのは、女中が紅の水を用意した後から、夫人が化粧室に入るまでの間ということね。紅の水もそのときに入れ替えられたと考えて間違いないだろう。
「トルナード男爵夫人は朝食後に化粧室を使っていたと聞いたのだけど、それってどこの化粧室なの?」
「あの……どこの化粧室、とは?」
ラウラスが首を傾げたのを見て、私は「ああ……」と、扇を広げて口もとを隠した。
庭師のラウラスは普段、ほとんど居館に足を踏み入れることがないのを忘れていた。貴族の生活や化粧室のことなんて知らなくても無理はない。




