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容疑者6

「これは推測の域を出ませんが、毒が仕込まれていたのは、おそらくあそこだと思います」


 ラウラスが指差したのは、私が化粧台のうえに置きっぱなしにしていたクリスタルの小瓶だった。それは紅をさすときに使う水を入れるもの。

 ラウラスが来るというから、せめて紅だけでもと思って、慌てて使って、そのままになっていたんだわ。


 私の慌てぶりを見透かされたようで、一気に頬が熱くなり、思わずうつむいてしまう。

 だけど、ラウラスの声の調子には何ら変化は見られなかった。


「羽舞草は水中に毒が溶け出すため、羽舞草を活けた水も有毒になります。犯人は小瓶の中身を、毒を溶かした水と入れ替えていたのでしょう」


 もともと紅は牛舌草(ぎゅうぜつそう)の根を使ったものが多いけど、今は東方から伝わった紅花の紅を愛用している貴族も多い。どちらにしろ、たしかに使うときには水を必要とする。


「化粧室で口にするといえば、この水か紅しか思い当たりませんでした」


「じゃあ、亡くなった男爵のパイにも羽舞草の毒が溶けた水がかかったりしたのかしたら。男爵の部屋にも羽舞草を活けた花瓶があったわ」


「いいえ。羽舞草の毒はたしかに強烈ですが、その毒を溶かした水で致死量を摂取することはまずありません。他の部分も同じです。羽舞草の毒を摂取すると即座に唾液分泌が低下して舌が乾くために、時間をかけての大量摂取は不可能なのです。一度の摂取で致死量に達し得るのは種だけですよ」


「種だけ?」


「ええ。小指の爪ほどの量を摂取すれば、大人でも命を落とします」


 私は腕を組んで唸った。

 近くでこまかく見たわけじゃないけど、男爵の部屋にあった羽舞草は、今を盛りと花を咲かせていたように思う。


「男爵の部屋にあった羽舞草には、種なんてなさそうだったけれど? それに、たとえ種があったとしても、それをどうやって男爵に食べさせるというの?」


「これも推測の域を出ませんが、活けられていた羽舞草は、男爵の死とは直接関係ないのではないでしょうか」


「それはどういうこと?」


 ラウラスは姿勢よく座ったまま、首にかけている革紐の先にある小さな翡翠を指先で転がした。それが考えごとをしながら話すときの彼の癖であることを、私は知っている。


「お嬢さまは羽舞草の種を見たことがおありですか?」


「ええ、あるわ。胡麻みたいに小さくて黒い種でしょう」


「そうです。胡麻みたいに小さい種です。東方の地域には黒い胡麻もあると聞きますが、このあたりではほとんど流通していません。そのまま使えば違和感をおぼえられるでしょう。ですが、羽舞草の種が熟す前に種を採取して乾燥させておけば、素人目には胡麻と見分けがつかなくなります。男爵の死因はパイに仕込まれていた毒だと伺いましたが、羽舞草の種が使われた可能性は十分に考えられます。男爵にパイを運んだのはお嬢さまだそうですが、そのときにどのようなパイだったかご覧になりませんでしたか?」


「いや、その……そこまでよく見てなかったから」


 さすがラウラスと言うべきなのかしら……。

 めったにお目にかかれないほど容姿が綺麗なラウラスを前にしたら、ふつうの女性ならぼーっとして自分からペラペラとあれこれ喋ってしまっても無理はない。

 きっと下働きの年若い女性たちが競ってラウラスに情報提供をしたに違いない。

 その光景を想像するとなんか腹が立つけど、今はそれよりも、どうして私が女中の真似事なんてしたのかを訊かれたら何と答えればいいのかと、そっちのほうが気になってしまい、思わず目が泳いでしまった。

 縁談だの破談だのという話は、できればラウラスには知られたくない。


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