容疑者7
「だ……だけど、ほんとうにパイに羽舞草の種が使われていたとするなら、偶然とか衝動的にとかではなくて、犯人は手間ひまかけて準備するほど明確な殺意を持っていたということよね?」
「まあ、そういうことになるでしょうね」
微妙に話を逸らして誤魔化したけど、それがうまくいったのかどうかはわからない。
ちらりと窺い見たラウラスの静かな表情からは、どんな感情も読み取れなかった。
だからこそ、ラウラスが今なにを考えているのか知りたくなってしまう。
私には《真実の雫》があるから、知ろうと思えば知ることはできるけど、どうやって力を発動させる状況にもっていけばいいのか分からない。
口づける場所はどこでもいいし、衣服越しでも大丈夫だけど、どう考えたって私が彼に口づけること自体が不自然な状況としか思えない。
おかしなことをして、彼と気まずくなるのだけは避けたい。
「お嬢さま、もう時間も遅うございますし、そろそろお休みになったほうがよろしいのでは? 話の続きは明日に致しませんか」
私は細く息をついた。
「そうね。トルナード男爵夫人はほんとうに大丈夫なのよね?」
「ええ、大丈夫です。私が請け合いますよ」
席を立ってかるく一礼したラウラスは、「ああ」と、何かを思い出したように右手を持ち上げた。
「お嬢さま。よろしければ、これをどうぞ」
「これは?」
ラウラスがテーブルの上に置いたのは、小さな茶缶だった。
「香水薄荷です。神経の鎮静作用がありますから、これでお茶を淹れて飲むとゆっくりお休みになれると思います」
一瞬、返すべき言葉を見失ってしまった。
もちろんちゃんと分かっているわ。ラウラスは私のことを見透かしているわけじゃない、って。
あくまでも一般的に考えて……の範疇で動いているに過ぎないことくらい分かってる。こんな状況では、不安で眠れないこともあるだろうと。
ラウラスは優しいし、気遣いの人だもの。
こんなことで勘違いするほど、私は単純バカじゃない。
胸の中が空っぽになるくらい深く息をついて、笑ってみせる。
「ありがとう。今日はゆっくり休むわ。無理を言って急にトゥーアルまで呼びつけた上に、こんな遅い時間まで付き合わせてしまってごめんなさい」
「いえ、私なら全然構いませんので、気になさらないでください。それよりも、お嬢さまはずいぶんお疲れのように見えますよ。先日も頭痛がするとおっしゃっていましたし、無理なさらないでください。私にできることでしたら何でもおっしゃってくださいね」
「ありがとう。私なら平気よ。あなたこそ疲れているでしょうから、ゆっくり休んで」
ラウラスが退出したあと、私はしばらく香水薄荷の茶缶を手にしたまま動けなかった。
茶缶にはまだ彼の体温がほんのりと残っていて、温もりを確かめるように両手でぎゅっと包み込む。
彼の行動にとくべつな意味なんてないと分かっているのに、それでもやっぱり口もとがほころぶのを抑えられないなんて……、我ながら手に負えない。




