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第5話 完全に嵌められたんだが

 グラディマーグ王宮の謁見の間にて。

 俺は事の顛末を皇帝陛下へお伝えした。

 俺の傍らにはアガサが控えている。


「……と、いう訳で学園へ攻め込んだ龍は討伐されました。ナディア王女殿下が、自身の実力で」

「う、うむ……。よもやたった一日で龍を倒せる程まで成長させるとは」


 陛下は半信半疑といった様子で顎髭を撫でる。

 だが水龍討伐の件に関する話は俺との面会前に既に粗方耳に入っていたのだろう。

 未だ現実味に欠けると感じているらしいが、それでも俺を疑う様子はなかった。


「流石剣聖エルドレッドっと言った所か」

「いや、確かにサポートはしましたけど。ナディア王女殿下に関しては元から素質がありましたよ。日々の彼女の努力の積み重ね、後は磨かれた戦士としての感覚。それらが備わっていたからこそ、些細な助言程度で目まぐるしい成長を見せた訳です」

「そうかそうか」


 陛下は嬉しそうに目尻を下げる。

 皇帝としてもだが、一人の父としても我が子の成長を喜ばしく感じているのだろう。


「それと、例のナディア王女殿下暗殺について」

「うむ。お主がこっそりひっ捕らえてくれた奴らじゃな」


 俺は頷きを返す。

 あの後俺は姿を晦まそうとする暗殺者達を先回りし、無力化した上で王宮の関係者へ突き出していた。


「地下牢へ閉じ込めておるが、どうにも口を割る様子はない。暗殺者というのは任務失敗と死が同義のような奴らじゃ。情報を引き出すのも中々骨が折れることじゃろう」

「ですよねぇ。まあでも、ナディア王女殿下ならこのまま鍛錬を積めば刺客に対処できるようになるでしょう。少しの間だけ護衛を固めてくれれば充分かと」

「う、うむ。そうであるな」


 陛下が物言いたげに俺を見ている。

 だが俺はその視線に気付かないふりをした。

 彼が何を考えているかはわかる。だが生憎とそれを汲み取って気を配ってやるほど俺は出来た人間ではない。

 自分の利益が第一。

 だからこそ今回の仕事は引き受けた。それだけの事。

 これ以上誰かの世話を焼くなどごめんだった。


「それで陛下。今回ナディア王女殿下が出した功績は勿論、誰もが満足するようなものでしょう」

「う、うむ。そうだな」

「では俺の役目はここまでですね」

「え、エルドレッド」

「俺は契約に従い、使命を全うしました。さあ、陛下。俺に報酬を!」


 先程から何度も話を切り出そうとする陛下の意志に気付かないふりをして俺は報酬を急かす。

 これ以上厄介事を請け負うなどごめんだった。


「さあ陛下!」


 気まずい静寂が訪れる中、俺は高らかに声を上げる。

 陛下は視線を逸らし、顎髭を弄び始めている。


「……どうしました? まさか陛下ともあろうお方が契約をお忘れになった訳ではありませんよね?」

「あ~、エルドレッド? ちょっといいかなぁ」


 期待した返事が一向に返されない俺は陛下へ返答を急かす。

 だがそんな空気を壊したのは俺の傍で膝を付いていたアガサだ。

 彼女は咳払いを一つし、俺の視線を自分へ誘導させる。

 そして指を鳴らし、王宮の遣いに一枚の紙を運ばせた。


「これ、覚えているよねぇ」

「ああ。俺と陛下の間で交わした契約書だな」


 アガサが見せつけたのは間違いなく俺がサインした契約書だ。

 俺が頷いたのを確認してからアガサは鼻で笑う。


「キミねぇ。こういうとこの詰めの甘さは相変わらずガバガバだねぇ」

「は?」

「昔からわたし達は何度も言ってるはずだよぉ。君が契約書にサインをする時は、誰か仲間を呼ぶか――きちんと最後まで目を通すように、てね?」

「ま、まさか……っ!」


 俺はアガサから契約書をふんだくる。

 確かにアガサの話は正しい。俺は魔王討伐の旅先で何度も詐欺被害に遭っていた。

 剣や戦いが絡めば冴える頭は小難しい事になると途端に機能しなくなるのだ。

 故に契約書を流し読みしてしまう癖は確かに、ある。


 だが……英雄となった今、俺に詐欺をけしかけようなどという命知らずな人間は激減していたし、何より契約相手は陛下だ。

 まさか世界を救った英雄を陥れるなどといったことはしないだろう。そう思っていたのだ。


「嵌めたのか、俺を!?」


 俺は契約書の文章を目で追う。


「心外だなぁ。契約書にはすべてが書いてあるよぉ。ねぇ、王様? やっぱりわたしの言った通りだったでしょぉ~?♡」

「ほっほ、お陰で助かったぞアガサ」


 必死に契約書を確認する俺の傍では和気藹々とした会話が聞こえている。

 それを聞き流していた俺は契約書の最後の方に小さな文字で書かれた文章を見つける。


『尚、上記の報酬は国の将来を担う国立学園の生徒の戦力、その平均値の底上げが完了した後から与える物とする』

「その悪癖、早く治しなよぉ。元同志クン?」


 全てを理解した俺は肩を震わせる。

 そこへ手を置きながらアガサが嘲るように話し掛けた。


「な……な……っ」

「という事じゃ。使命を全うするまで(・・・・・・・・)、これからもよろしく頼むぞ。エルドレッド」

「なんっじゃこりゃぁぁァァアアアッ!!」


 一件落着とでも言うように微笑んでいる陛下とアガサ。

 二人の前で俺は膝から崩れ落ち、絶叫するのであった。



***



『まあ要は、王女殿下一人が強くなったからって国の危機を救える訳じゃないでしょって話だよぉ』


 俺は学園へ向かう道を走りながら、傍らを飛ぶ使いぬいぐるみの言葉に耳を傾ける。


『魔王の脅威は去った。けど魔王軍の残党は未だ多くの危険を孕んでいる。……今回の水龍のようにね』

「それを全滅させるだけの……そして今回のようなイレギュラーに対応しきるだけの戦力が国全体で必要になる。そういう事だろ」

『よくわかってるじゃあないか。どーしてその頭を書類関係でも使えないのかなぁ』

「うっせ……! クソ、嵌めやがって……ッ」

『いや、契約書読まないキミの落ち度でしかなよぉ』

「グゥッ」


 森を抜け、学園の門を潜り抜ける。

 時計は既に授業の五分前を指していた。

 教室へと一直線に走る俺は途中で自主練中の生徒とすれ違う。

 体幹や体格、動きの癖など。彼らに足りないものを一目で分析しながら俺はその場を去る。


(何が無駄で正しくないのか。それは瞬時にわかる。問題なのは……正体を明かす事無くそれを修正させる事、そしてその修正の対象が学園の全生徒って事だ)


 こんな仕事、どうやって対応していけばいいのだと内心で頭を抱える。

 そして俺は教室へと足を踏み入れた。


「ッ、セーフ……っ」


 教室の時計を見れば出欠確認の一分前。

 教壇には既に教師が立っていた。


 呼吸を正しながら、空いている席を探す。

 すると……


「エル」


 とある席から俺を呼ぶ声がある。

 ナディア王女殿下だ。

 彼女は笑顔で俺に手を振る。

 それに応じながら俺は彼女の隣へと座った。


「また遅刻?」

「いえ、今回はぎりぎり間に合ってますよ!」


 揶揄うような声に背筋を伸ばしながら答える。

 すると彼女はくすくすと品の良い笑いを零した。


「そうね。……おはよう、エル」

「おはようございます、ナディア王女殿下」

「ナディアでいいと言っているのに」


 不服そうな声が返されたその時、教師が始業を告げる。

 次々と呼ばれる名前、返される短い返事。

 窓の外からは演習に勤しむ別クラスの生徒の姿があり、賑やかな声が響いている。


(そういや、学校生活なんてこれが初めてだな)


 見慣れない景色に新鮮さを感じながら俺は一つ息を吐く。

 焦ったところで仕方がない。

 陛下から課せられた使命はあまりに果てしないものだ。

 ならば落ち着いて一つ一つ、着実にやるべきことを潰していくべき。


 その為にもまずは学校生活に慣れるくらいの心の余裕は持たせるべきだろう。


「ナディア王女殿下」


 俺は王女殿下へ小声で話し掛ける。


「この後、学園を案内していただけませんか?」

「……構わないわ」


 瞬きを数度繰り返した後、彼女は微笑んだ。

 そして同意を示した彼女は次に、何か物言いたげな顔をして……


「あの、エル」

「……はい?」


 彼女がどこかを見やる。

 その視線を追おうとしたその時。


「エルッ!!」


 怒号に近しい声が俺を呼んだ。

 教壇から聞こえたその声に肩を跳ね上げさせた俺は慌てて声を絞り出す。


「ッ、は、ハイィッ!」


 点呼の存在をすっかり忘れていた俺の様子を見て、ナディア王女殿下は肩を震わせながら大きく笑う。

 それを横目に見ながら、俺は居心地の悪さから体を縮こませる事しかできなかった。


 開始早々、悪目立ちしまくりの学校生活。

 俺はこの新天地で、最強の後世を育てていく事になったのだった――。

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