第9話「ギルドに出荷してみたら“王都で農業革命の兆し”って大騒ぎされた件」
「で……これをギルドに出荷すればいいんですね?」
受付の兄ちゃんが、俺の出した麻袋を覗き込んで、眉をひそめた。
「青い……草?」
「名前は《青煌草》、効果はMPと体力の回復、あと疲労軽減。再現性高し。無農薬有機栽培」
「説明が妙に現代的だな」
──というわけで、俺は作った農作物をギルドに出荷することにした。
なんかこう、売れるか売れないかは別として、
せっかく育てたし、試しに経済流通に乗せてみたかったんだ。
「ほう……これは良品ですね」
ギルドの鑑定担当が現れ、手際よく草を検分する。
「分析結果を記録します。ふむ、即効性あり、耐性なし、副作用ゼロ。成分安定……これは──」
「おいおいおい、これはヤバいんじゃねえか!?」
なぜか急に、鑑定士が叫んだ。
そして、なぜかそのままギルド奥にダッシュしていった。
「え、何?」
「え、俺なんか悪いことした?」
──数分後。
ギルドの中がざわつきはじめた。ざわざわ……ざわざわ……
「農作物出荷らしいぞ」「王都で不足してた素材だってよ」「新種!?」「誰が持ってきた!?」「あの地味なおっさんらしい」
……地味って言うなや。
「……あなたが《青煌草》の開発者?」
──その声を聞いた瞬間、俺は凍りついた。
この声、知ってる。
なんなら、会社のエントランスで毎朝「おはようございます♡」と俺に笑いかけてくれてたあの人の声だ。
「し、篠崎さん!?」
異世界には存在しないはずの“日本風の美人”が、そこにいた。
清楚系ロングの銀髪プリースト姿で、俺を見下ろすように微笑んでいる。
「高野さんですよね? やっぱり……!」
「し、篠崎さん……なんでここに……!? てか美人すぎません!?」
「えへへ、転生したら何故か“奇跡の聖女”って呼ばれてて」
「いや、むしろリアルより強化されてません?」
元・会社の受付嬢。癒しの女神。社内唯一のオアシス。
その篠崎さんが、今、俺の目の前で──
異世界で神聖スキルを使いこなす美人プリーストになってた。
「えっと、その草、本当に高野さんが作ったんですか?」
「う、うん。畑で。種まいて、スキルで観察して、記録して」
「……すごい。私、今まで王都中の神殿で祈っても作れなかった薬草、こんなに綺麗に、こんなに元気に……!」
「だって、毎朝5時に起きて水やりしたし、土のpHも測ったし、腐葉土も混ぜたし──」
「そこまでしたんですね!? まるで……神農さま……!」
篠崎さんの瞳がキラキラと輝く。
俺の人生で、こんなに真剣な目で“農作物”を褒められたことがあっただろうか。
「高野さん……お願いがあります。王都に来て、“聖農庁”で技術顧問になってもらえませんか?」
「えっ」
──なんかすごいことになってきた。
農業スキルしかないと思ってた俺に、異世界の“省庁”がスカウト。
ギルドの冒険者たちが騒ぎ、聖女(元・受付嬢)からお願いされ、
俺の育てた野菜が、国の“戦略資源”として扱われ始めている。
「ていうかさっきからギルドの掲示板見てたら、こんなクエスト出てるんだけど」
佐藤が持ってきた紙には──
《急募:青煌草の栽培者、高額報酬にて王都招聘。農業革命の鍵となる英雄を探しています》
「ちょっ、俺のこと!? 英雄って!? 俺、ただの派遣のおっさんだぞ!?」
──こうして、俺の農業チートが“世界”にバレた。
異世界に舞い降りた地味な派遣おっさんが、今や王都で英雄候補。
もちろん、コツコツ畑仕事は続けるつもりだけど──
美人聖女(元・受付嬢)と目が合って、
ニコッと微笑まれたその瞬間、
「もう、ちょっと頑張っても……いいかもな」
と、俺は思ったのだった。
(第10話へつづく)