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第60話 王国からの招待状──迫る選択の時

 朝。まだベッドと一体化していた俺──高野一朗──は、突如として耳元に響いた「コンコン」という上品なノック音に現実へと引き戻された。


「……むにゃ……まだ脳が起動してないぞ……システムエラー発生中……」


「一朗さん、おはようございますー。クラヴィスさんとユグさんも一緒ですよ」


 扉越しに聞こえてくるのは、安定の癒しボイス・葵。


「……やめて葵ちゃん……俺の社会的ライフはまだ夢の中なんだ……」


「寝ぼけた声で拒否られてる。よし、ユグ、ドア開けろ」


「おっけー」


 ──ガチャ。


「開けるなあああああああ!」


 強制的にドアを開けると、目の前には朝から完璧に髪が整ったクラヴィス(どんな寝方してるんだ)、バスケットを持ってにこにこしている葵、そして口にパンを咥えたまま無言で手を振るユグ。


「……おはよう。一朗。特級記録者として初の“朝寝坊記録”だな。貴重な統計がまたひとつ更新された」


「クラヴィス、お前、朝から統計とるのやめろや!あと人の寝起き顔を平然と記録するな!!」


「パン食べる?」


「ユグ、お前はそのパンを口から出してからしゃべれ!ていうか、朝から“カレーパン or チョコクリーム”って味覚が戦争や!」


「選択肢は人生やぞ」


 俺はぐしゃぐしゃの寝癖をどうにか水で押さえつけ、ゾンビのようにリビングへ向かう。すでにテーブルには王城から届いたという朝食が並べられていた。


「うわ……バターが……花……?芸術点高くない?」


「朝食は王宮料理班による直送。“本日の予定が過密につき、栄養価と美観を両立せよ”との通達だ」


「通達ってなんだよ!俺まだ“王国側の人間”じゃないんだけど!?」


 そこへ、クラヴィスがサッと封筒を滑らせてきた。見るからに公式っぽい金の印章つき。


「……まさか……」


「王国からの公式招待状。本日午後、王城にて“特別晩餐会”および“役職任命式”が執り行われる」


「ちょおおおお待てぇぇぇぇえい!?!? 任命!? 俺!? 聞いてない!通知一切来てないしメー……いや魔導板にも載ってなかったぞ!?」


「広報部の発表は当日朝刊にて掲載予定だったが、印刷ミスで『特級記録者に任命』が『特級記録者に煮込む』と誤植されたため、差し止めになった」


「何を!? 誰が!? 俺を煮込むなぁあああああ!!!」


 その横で、ユグがパンをもぐもぐしながら言った。


「任命式って、つまり晩餐会あるんやろ? じゃあ肉出るよな。牛か?猪か?伝説の幻獣ステーキか?」


「ユグ、お前が出席理由を“食”に限定してることに関しては後で説教だぞ」


「胃袋は正直や。だって昨日の記録庁、緊張して何も食えんかったし」


「俺もだよ!ってか今も胃にくるわ!!」


 そんな中、葵が柔らかく微笑みながら、俺の背中をそっと叩いた。


「でも、それって一朗さんが頑張ってきた証ですよ。ちゃんと見てる人がいるってことです」


「……うう……やさしさが……目にしみる……胃にもくる……」


「王国が任命しようとしてるのは、記録の象徴としてだけじゃなく、一朗さんの人柄とか、地道な努力も含めてだと思います」


「そういうことやな。あんた、すっかり“真面目な庶民派英雄”って認識されとるで」


「なんやそのスーパーの野菜売り場みたいな肩書き……」


「じゃあ“地域密着型勇者”?」


「ますます胡散臭くなってるぅうう!!」


 もはや逃げ道はないと悟った俺は、覚悟を決めて立ち上がった。


「……よし、わかった。王城でも晩餐会でも任命式でも、全部まとめて受けて立ってやるよ!どうせここで逃げたって、どっかの森で迷子になって、クマと遭遇して詰む未来しか見えんしな!」


「その意気です!一朗さん!」


「でも、その服のまま行くのはあかん。寝癖すごいし、パジャマやし」


「それ言うなユグぅぅううう!!!」


 朝の騒がしさとともに、俺たちは王都の中心──王城へ向けて歩き出した。


 胃の重みと、期待と、たぶんちょっとの楽しみと。

 笑って誤魔化すしかないこの状況を、俺は全力で受け入れることにした。

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