第20話 選別の塔と、“転生拒否者”たちの墓標
翌朝、俺と篠崎さんはギルド本部の裏手にある“選別の塔”へと向かった。
「本当の選別って、どういう意味なんですか?」
受付にいた見習い冒険者に尋ねると、彼は不安げな表情を浮かべて答えた。
「ここに入ったら……出てきた人、あんまりいないんですよ」
「……いや、それ絶対やばいやつじゃん」
塔の内部は無機質な石造り。外観は五階建てに見えたが、内部にはさらに深い地下が存在するらしい。空気も冷たく、なんというか、“やる気のないダンジョン”感が満載だった。
「ギルドの中でも、選ばれし者しかこの塔に入ることは許されません」
現れたのは黒服のクラヴィス。
背筋は相変わらず軍人並みに伸びている。
隣には、昨日の対戦相手マリーもいた。
彼女はどこか吹っ切れた表情で、こちらに軽く会釈してくる。
「さあ、高野さん。第一階層、“転生拒否者の記憶域”へようこそ」
「……記憶域? なにそれ物騒。名前だけで胃がキリキリするんだけど」
扉が開くと、そこには異様な空間が広がっていた。
無数の石碑が立ち並び、どれも見覚えのある名前が刻まれている。
「これ、うちの……会社のメンバーじゃないか?」
その通り、とマリーが答える。
「ここは、転生を拒否した者……あるいは、この世界で精神が崩壊し、力を失った者たちの記憶が封じられた空間です」
「いや、なんでそんなホラーテイストにすんの……」
石碑のひとつが光を放つと、そこから人影が浮かび上がる。見るからに錯乱したスーツ姿の男──
「……え、あの人……経理の鈴木さんじゃね?」
彼の目は虚ろで、口から泡を吹きながら叫ぶ。
「やめろ……俺に責任はない……! あれは経営判断だ……!」
「うわぁ、PTSDが再発するレベル……」
次の瞬間、男の身体が変質し、歪んだ“怨念型魔物”へと変貌した。
「来たわよ、一朗さん! 魔物化です!」
篠崎さんが杖を構える。どこかワクワクしているようにも見える。
「ちょっと楽しそうなのやめて! 俺の職場の元同僚なんだからな!」
「でも一朗さんが、かっこよく倒してくれるから!」
「……よし、解析開始──《記録》発動!」
魔物の動きは荒く、だが一定の法則がある。両手を振り下ろす前に必ず左足が軸になる──それを読みきった俺は、木剣を手に飛び込んだ。
「ここだ! ……《急所突き・補正》!」
記録したデータから導き出した一撃が、魔物の胸に命中。怨念は裂け、男の顔が一瞬だけ人間に戻る。
「……俺は、間違って……」
そう呟いて、静かに消滅した。
しばしの沈黙の後、マリーが口を開いた。
「これが、あなたの元同僚の最期です……高野さん。それでも、先に進みますか?」
俺はゆっくりうなずいた。
「もう、戻れないしな。鈴木さんも見送ったことだし」
「なら、次の層へ。そこは“運命干渉区”──他者の未来を視る力が試されます」
すると、篠崎さんが俺の手を取り、小さく笑った。
「だったら、私は信じてます。一朗さんの未来は、希望が詰まってるって」
「……その言葉、ちゃんと記録しとくわ」
そして俺たちは、次なる階層へと足を踏み入れた。