第18話 敵の正体は元・転生者!?「失敗した勇者」が生み出した魔物
──違和感は、最初からあった。
初ダンジョン《旧ラゼロ監獄跡》の最深部。重く閉ざされた鉄の扉の前に立った俺は、スキル《万能記録》を発動させた。反応は、すぐにあった。
【変異個体:田代 圭吾】
《元職業:勇者(仮)》《出身:異世界転移者(地球)》《現在:精神汚染・魔族融合体》
「……っ」
画面に浮かんだその名を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「高野さん? どうかしました?」
篠崎さんが心配そうに声をかける。が、俺の脳内では、別の記憶がフラッシュバックしていた。
田代──田代圭吾。
かつて俺と同じ派遣会社にいた、営業部所属の男。明るく、声が大きくて、少し暑苦しいが根はいいやつだった。
親睦会の席では、場を盛り上げようとしていた。
あのとき、異世界転移に巻き込まれた会社のメンバー。
だが、その後、彼の姿は見なかった。
そう──行方不明になっていたうちの一人。
そして、今、目の前の扉の奥で……彼は「魔物」となっている。
「この反応……たぶん、中にいるのは、田代って男だ」
「え?」
「俺たちの会社の仲間だった……でも、失敗した。スキルにも、運にも、環境にも見放された。……きっと、絶望したまま変異したんだ」
「……」
篠崎さんは、一瞬だけ沈黙した後、静かに言った。
「だったら、救ってあげましょう。せめて、苦しみから」
俺は頷いた。
「行こう」
扉が、軋むような音を立てて開く。
中にいた“それ”は、もはや人間ではなかった。
巨大な肉塊のような身体に、異様に長い腕と脚。背には歪んだ骨のような翼が生えている。顔には仮面のような瘴気の塊が張り付き、かつての面影は微塵もない。
だが──名だけは、まだあの頃のままだ。
「田代……!」
声をかけた瞬間、その“魔物”がこちらを向いた。ぐしゃりと歪んだ顔の奥に、一瞬だけ……確かに人間の瞳があった気がした。
だが、それはすぐに深い闇に飲まれ、咆哮とともに襲い掛かってきた。
「来るぞッ!」
俺は即座に《記録》を展開し、田代の動きを解析。魔族との融合によって異常強化された身体能力と、勇者スキルの断片が混在している──それが、逆に攻撃パターンの混乱を生んでいた。
「篠崎さん! まずは足止めだ!」
「了解、《ホーリーミサイル》!」
篠崎さんの放った光弾が、田代の足元に炸裂。だが、瘴気が霧のように広がり、ダメージは思ったよりも浅い。
田代は、叫びながら腕を振り上げ、魔力の奔流を放つ。床が爆ぜ、壁が崩れる。吹き飛ばされそうになった俺は、床に転がって回避した。
「攻撃力……異常すぎる……!」
《記録》を更に深堀りし、異常の根源を探る。
──そこには、とんでもない記述があった。
【融合因子:精神汚染装置“ネガティブ・コア”】
《勇者適正失格後に魔族実験体として転用》《自我喪失》《深層トラウマ:社内孤立・パワハラ・成果主義・数値評価地獄》
「……なんだよ、これ……」
田代は、異世界に来たあとも“会社”に苦しめられていた。
スキルが使えない。成果が出せない。元の世界と変わらない環境に、心が耐えきれなかった。
そして、魔族に拾われた。
“勇者候補の失敗作”として、実験体にされた。
心を壊されたのは──異世界のせいだけじゃない。元の世界が、彼を壊していたのだ。
「篠崎さん……この戦い、俺たちが終わらせよう」
「うん。救おう、高野さん」
篠崎さんの顔は真剣だった。
彼女がロッドを高く掲げ、詠唱を開始する。
「《セイクリッド・バインド》──光よ、迷える魂を縛れ!」
光の鎖が、田代の身体を絡め取る。動きが一瞬止まった。
俺は、その隙を逃さず《記録》の奥深くにアクセスした。
「最後に……お前に、言葉をかけたい」
目を見た。自我を取り戻しきれないその奥で、何かが揺れていた。
「お前は……悪くない。頑張ってた。あの地獄みたいな職場で、ずっと、踏ん張ってたよな」
田代の体が一瞬だけ震えた。
その隙に、俺は告げる。
「《記録・改変》──『安らぎ』」
スキルが発動し、田代の精神領域に記録された“絶望”を一時的に凍結させた。
直後、篠崎さんの《ホーリーフラッシュ》が直撃し、田代の身体が淡く光って崩れ落ちる。
戦いは、終わった。
田代の残骸が静かに散っていく中、瘴気の仮面が割れ、ふと元の人間の顔がのぞいた。
そこには──安らかな、微笑のようなものがあった。
「……おかえり、田代」
誰に聞かせるでもなく、俺は呟いた。
──この世界は、優しくない。
スキルがなければ見捨てられ、成果がなければ存在すら認められない。
でも、俺たちはまだ、人としての誇りを持って、生きていく。
「次は、俺たちの番だな……高野さん」
篠崎さんの言葉に、俺は小さく頷いた。
「そうだな。ここから、変えてやるよ。少しずつでも」
その日、俺たちは一つの戦いを終え、仲間の最期を見送った。
次のダンジョンが、どれほど過酷であろうと──もう、逃げはしない。




