【記者】リモンド
「コッツティ語かトゥール語を使え。」
光羅謝が長身の体を折って、私の耳元で囁いた。コッツティ語に切り替えて答える。
「了解しました。」
彼はきょとんとしてから、訳知り顔で2、3頷いた。コッツティ語は知らないらしい。トゥール語も知らないはずなので、彼は自分が話せない言語で話せと言ったことになる。だから、わざわざ耳に口を近づけてまで、シャニ語で言ったのだろう。
しかし、確かにその警戒は正しい。私達が今いるここは、コッツティ王国なのだから。
1ヶ月前、突如コッツティ王国の王は譲位を宣言した。国民はどよめき、国外からも経緯説明を求める声が上がったが、王家は今だ沈黙を貫いている。それどころか、国境を事実上封鎖したのだ。
その鎖国とも言える王国に、蓮は取材を決めた。なんの相談もなしに、『フラ・アンブロシオ』の連絡先を尋ねてきたので、問い詰めたところ、そう吐いたのだ。りーくんを巻き込みたくない、でも1人では入国できないから連絡先を教えてほしい、と。
彼等に連絡先を教えないように頼んだのは、蓮に1人でこういう危険な仕事をさせないためだったから、私の思考は正解だったのだが、喜べはしない。彼は優し過ぎる。いざというとき己の身を捨てれる程に。だから、私は無理矢理付いて来たのだ。
明るい声が私の考え事を止めさせた。
「羅謝のバーカ、アーホ、マヌケ!」
コッツティ語でラオメが囁いた。通じなくても馬鹿にされたのは感じたのか、はたまた彼等の間には言葉など些末な問題なのか、光羅謝は舌を出して睨みつける。
蓮は彼をなだめつつトゥール語で、
「ホテルは予約してるから、そこに行こうか。約束の時間はまだだし。」
「ラオメ。」
光羅謝の呼び掛けに、ラオメはすぐ返した。
「ホ、テ、ル。」
トゥール語の簡単な単語は分かるので、それで伝わったらしい光羅謝は頷いた。
「それからアルシナさんに会おう。りーくんも来るよね。2人はどうする?」
2人、と言って『フラ・アンブロシオ』の方を見る。自分が行く側に入っていることに、私は内心ほっとした。最後まで私の同行を嫌がっていたから、ホテルにいろと言われる覚悟だったのだ。
しかし、入国後の蓮はいつも通りだ。嫌そうでも怒った風でもない。来たからにはいつも通りの方が仕事しやすいと判断したのだろう。彼は感情をはっきり示す一方で、そういう、割り切るのが素早いところがある。
私はちらと蓮を窺う。
ちょこんと後ろで結ぶ赭色の猫っ毛、日焼けした肌。仕事着としてワイシャツとスラックスであるが、水色のストライプと紺のチェック柄の組み合わせは、やや目にうるさい。そして、低い背や微笑みによる気弱な雰囲気を撃ち殺す、信念を貫くマリーゴールドの瞳。
「アルシナってどんな人?」
そう問う声。ラオメはシャニ語やトゥール語の他にも色々と話せる。私もトゥール語で返した。
「政治評論家です。長年コッツティ王国の王政を否定し続けていました。だから今回、受けてくれたのでしょう。」
「取り敢えず、さっさと行こ。うちの相棒が鼻歌してるよ。」
呆れ顔のラオメは、鼻歌を歌いつつ町並みを眺める光羅謝を指した。




